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第26話 笑わない神様

 待ち合わせ場所には、既に真紘がいた。


 黒のジャケットに、首元が少し開いたゆったりめの白Tシャツ。黒のデニムに、控えめなシルバーのバックルが付いたベルト。


(普通に綺麗めだ……)


 思わず足が止まった。


 真紘は腕を組み、壁にもたれかかっていた。


 ここまでは想像と同じだった。


 ただ、軽く視線を落としているその表情は何かを考えているようで、笑みはなかった。


(でも、一人で笑ってるのも変だよね)


 私は再び歩き出した。

 

 近づく私に、真紘が気付いた。


「……待った?」


 普段の自分より小さな声だった。


「そんなに待ってないよ」


 真紘は小花柄のワンピースを着た私を見下ろした。


「……可愛いね」 


 真紘は涼しげな目で、静かにこちらを見つめていた。


 そのまま目を伏せ、前を向いた。


「行こうか」


(何やねん。不機嫌なんか? 誘ったのお前やからな?)


 私は少し前を歩く真紘を見上げた。


「普通の服着るんだね。

 ってか、現世に馴染めるやん。

 南青山5丁目にいそう」


「……褒めてくれてる?」


「うん」


「そっか。ありがとう」


 真紘は軽く笑った。


「ところで、どこ行くの?」


「あれ? 言わなかった?」


「聞いとらん」


「言ったよ」


「じゃあ……聞いとらんかった」


「………」


「……文楽か? 雅楽か? 狂言だったか?」


「あ、聞いてはいたんだね」


「マジでそれ寄りなの!?」


 ショッピングモールの奥には幾つも大きな建物があった。

 

 その一角に真紘が入っていく。


(私、古典芸能なんて見たら眠くなくても寝てしまう自信がある……5分持つか?)


 正面入口の横に貼ってあるポスターが目に止まった。


(何やこれ。黄色と水色のビリケンさんみたいなやつが並んどる)


「莉奈、こっちだよ」


 並んでいる人たちの手前にある別のレーンを通り、会場に入った。


 真紘が腰を下ろした隣の席に座る。


「……随分前の方なんだね」


「うん。関係者席だから」


(誰の関係者やねん)


 開演時間になって照明が落ちた。


 幕が上がった。


「どーもー」


 舞台に現れたのは、先程のポスターの二人だった。


(あ、黄色いビリケンさん?と水色のビリケンさん?)


 全身黄色と全身水色の見た事のない姿。

 それにやけに小さい。


(あれ、神様なんだろうな)


「ワイはボケの神さん、やらしてもろてますー」


「ワイはツッコミの神さんで――」


(……これ、お笑い単独ライブだ)


 会場に笑い声が響く。

 私も思わず笑ってしまった。


(真紘にとっては、お笑い=狂言なんか?)

 

 私は隣の真紘を見た。


 真紘は、笑っていなかった。


 その後もちらちら真紘を盗み見た。


(段々わかってきた。コイツは付き合いで渋々来たんやな)


 真紘は舞台から目を離さず、静かに座っていた。


(長く生きてると、ちょっとやそっとのお笑いでは笑えないんかな。世知辛い人生やで)


 ビリケンさん?たちに視線を戻すと、また笑ってしまった。


 私はふと思った。


(笑わない神様VSボケとツッコミの神様。

 ……真紘、営業妨害じゃない?)


 お笑いライブは大盛況のうちに終了した。


「莉奈、楽屋に挨拶行こうか」


「え!? 私はいいよ」


 私は首を横に振った。


 真紘が首を傾げる。


「そう? 僕軽く挨拶して来ていいかな?」


「うん。待ってる」


(知らない神様と何話していいかわからないしね)


 ロビーで待っていると、他のお客さんたちがグッズを買う為に行列を作っていた。


(人気なんやな。ビリケンさんたち)

 

「莉奈ごめんね、行こう」


 振り返ると、真紘が立っていた。


「……どこへ?」


「少し話そう」


(何を?)


 真紘と私は施設を出た。


 ショッピングモールとは反対方向へ、さらに奥へと進む。


 やがて、店舗らしい看板もない、何の変哲もないビルの前に着いた。


「何ここ?」


 真紘は壁と同じ色の目立たないドアを開けた。


 その先にあるもう一つのドアを開けると、広い空間にバーカウンターが現れた。


 漆黒のカウンターの背後の壁には植物が巻き付いていた。


 天井と奥のガラス扉から自然光が差し込み、カウンターがきらきらと輝いていた。


 そのまま奥へ進み、ガラスの扉を開けるとテラス席に出た。


 壁に囲まれ、その壁にも植物が巻き付いている。


 テラスの一部には屋根があり、そこからも植物が垂れ下がっていた。


(本当に南青山5丁目に着いたんか?)


ソファ席に座り、紅茶を注文した。


 しばらくすると、ガラス製のポットが私の前に置かれた。


 真紘の前には、縦長のガラスの容器に入った珈琲が置かれた。


 真紘は私に視線を向けた。


「どうだった?」


「面白かったよ」


「そっか」


 真紘は珈琲を一口飲んだ。


「それで?」


「……何がそれで?」


「どうかな?」


「えーと……

 何を求められてるんでしょうか?」


 私は紅茶を一口飲んだ。


「あの二柱のどちらかを、君の結婚相手として」


 私は思わず吹き出しそうになり、咳き込んだ。


「大丈夫?」


「その話生きとったんか!」


「君が言ったから」


「ボケとツッコミの神様、人外やん!!」


「僕もだけどね」


「ビリケンさんやん!!」


「それアメリカ人?」


「そもそもあの神さまたち高位なん?」


「そうだよ」


「なんでやねん!」


「昔から笑いはあるし、人も神も楽しませてるだろ?」


「せやけど」


「人を笑わせられるのは凄いことだよ」


「お前笑ってなかったけどな」


「莉奈にはボケの神様の方が合うと思うよ。

 君はよくツッコむから」


「お前はツッコミの神と結婚しろ」

お読みいただきありがとうございます。

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