女王…
月もない暗闇で不比等が囁いた通り本当に天皇になってしまった…サーラは深くため息をつく。
サーラは復讐には燃えられても向上心は生まれ持って無いのだ。
なんせ生まれながらのお姫様だ。
向上心なんか要らないのだ。
有間皇子が示してくれた『天と赤兄(天智天皇と蘇我赤兄)』は打ち倒した。後は母親として多少出来が悪くても可愛い我が子が天皇なってくれたらなあ〜の願望が首尾よく叶った♪
はずが…大津皇子自害、草壁皇子おかしくなって自殺。
天武天皇亡き後、宮家は地獄と化してしまった。
もう皇子も皇女も昔のようにサーラを慕う者は居ない。目をつけられたら横に控える不比等に抹殺される。
皆、引きつり笑いで媚び笑いして逃げ去る。
でも、今は孫が可愛い!それだけで、もう充分だ。
この孫達のためにも安定した国造りをしていかなくては!
それだけが、サーラの生きがいだ。
天皇なんてオプションだ。
だが、ずっと身体が重く、心は塞がったままだ。
「どこで人生間違えたんだろ?」空を流れる雲を見ながら昔の自分の自由な心を思い出す。
『春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり 天の香具山』
サーラの歌である。
いつの間にかドロドロ真っ黒な人生になってしまって、まぶしい自然の輝きがより美しく感じるようになったのだろう。
今も孫可愛さに天皇まで引き受けて…
「バカだなあ〜私」と初夏の澄み切った空と雲と山の緑にため息ばっかり出たのだろう。
反対に出会った時はあんなに暗かった藤原不比等は、日々明るく快活になり子供もいつの間にか8人に!
「やっとサーラ様の孫と私の娘が結婚の約束が出来ました。私ももう聖徳太子の血縁♪」とウットリしてる。
でも本当に大宝律令を作り日本書紀を編纂して聖徳太子の構想事業を完成させたのが不比等なのだ。
日出る国の原型が完成して国家として中国へ外交を挑める国となった。
そして本当にサーラの従姉妹が藤原家を平安、鎌倉から現代まで続く一族にしたのだ。
蘇我の血はスゴいようだ。
反対にサーラの血筋は、この藤原京と平城京で尽きてしまう。平安京になる頃には、藤原氏が今度は天智天皇筋の桓武天皇を擁立する。
まあ、それだけ奈良時代は天武持統天皇一色になってしまったのだろう。
しかし、亡くなるまで政治や建築は高市皇子と藤原不比等に任せて吉野巡りばかりしていた。年1で吉野巡りを繰り返した。
姉の娘、そして大津皇子の姉の大伯皇女が伊勢神宮の斎王だからだ。
現世の女王が持統天皇なら、神の国の女王が大伯皇女なのだ。
サーラは自分が大伯皇女の立場なら…と恐れたのだ。
中身が似てるだけに。
吉野熊野の森の民、豪族を従えて伊勢から琵琶湖へ。
近江京を背後から攻撃したのだ、自分が。
伊勢神宮の巫女なら吉野熊野の豪族を従える事ができる。
そして大軍を率いて近畿の藤原京へ攻め込む事が出来るのだ。
弟・大津皇子の仇討ちと名目は充分なのだ。
なんせ天智天皇の孫で天武天皇の娘なのだ。
サーラは自分なら必ず実行すると分かるから、毎年吉野熊野を巡回して豪族たちと親睦交流を絶やさなかった。57歳で亡くなる前年まで。
うまく立ち回り政治で本領発揮した天武天皇の第1皇子・高市皇子は往生して高松塚古墳に埋葬されました。今回の世界遺産・石舞台の主ですね。
そして彼が腐心して作った藤原京も世界遺産に(≧▽≦)
息子さんは長屋王で不比等の子、藤原4兄弟に殺されましたが、そこは高市皇子!
不比等の妹もお嫁に貰っておきました。
先々、自分の子孫が命を狙われるのが分かっていたんですね。なので不比等×高市皇子の子は辛うじて生き残り
現代の天皇家へと繋がってるそうです。
高市皇子…聖徳太子の息子、山背大兄王みたいに中臣の子孫に皆殺しにされる未来を予測して不比等の妹を嫁にして山背王作っといて良かったね。
「山背王」って名前まで!
どこまで予測してたんだか!逃げ上手!
世界遺産、おめでとうございます〜(ꈍᴗꈍ)




