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第一話:始まり

 光降り注ぐ王城の中庭で、幼いナタリー・エイラートは小さな頬を赤らめにこやかに己の婚約者となったこの国の王太子、カイル・アルフレールと見つめ合う。


「今日からよろしくねナタリー」


「はい、よろしくお願いいたします。カイル様……」


 手を伸ばされ握り合う。小さく柔らかな手はほんのりと温かかった。


 この優しいぬくもりの様な温かな王と王妃になり、国を守っていきたい。公爵令嬢としての責務を全うしつつ夫となるこの人を支えていこうと小さな胸に大きな決意をする。


「そんなわたくしの気持ちを踏みにじった事の報い、必ず受けさせてやるわ……」


 幼い頃の温かな思い出がガラガラと音を立てて崩れ去る。


 ナタリーは憎しみと怒りの炎を宿らせた瞳で婚約者とその婚約者に寄り添う女を鋭く睨みつけた。



 きっかけはそう、あの日の夜会であった。



 王家の主催する社交パーティーの真っ只中、一際可愛らしい女性がパーティーに遅れて飛び込んでくる。


 息を切らし、小さな肩を上下させる女性は大きな瞳を輝かせんばかりに物珍しそうに城の中を見渡していた。


 まるで物語の圧倒的主人公の様だ。


 遅れてやって来た男爵令嬢アデラ・エイフォンは良くも悪くも注目の的であった。


「田舎者丸だしね、みっともない」

「可愛らしい子。でもここは子どもが来るにはまだ早くてよ、ふふっ」


「なんて愛らしい人なんだ……」

「困っているのなら手を貸した方がいいだろうか」


 嘲笑、嫉妬、羨望、欲と様々な視線がアデラに向けられた。ナタリーは常に娯楽を求める噂好きな貴族達の玩具にされてしまわないようカイルに目配せする。


「私が行ってこよう」


「はい、カイル様」


 カイルはナタリーの意図を察してすぐさま行動に移した。長年カイルの隣にいたからこそできるアイコンタクトである。


 ナタリーはこのカイルのさり気ない優しさを心から愛していた。


「エイフォン男爵令嬢だね。今日の夜会をぜひ楽しんでいってくれ」


 カイルがアデラに声をかけた。王家が遅れてやって来た男爵令嬢に見せる気遣いにアデラに纏わりついていた嫌な視線がピタリと止んだ。


「は、はい! 本日は、お招きいただき、誠に……えっと、えー……」


「ふふ、堅苦しい挨拶なんていい。君は王立学園に通う生徒だろ? 私と婚約者のナタリーも君と同じ二年で学友なのだから。これからもよろしく頼む」


 婚約者のナタリーと手を向けられ、少し離れたところから微笑みながら小さくカーテシーを披露した。


「あ、ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 慌てて深々とカーテシーを見せるアデラに二人揃ってくすくすと笑った。


 今思えば、ここから平穏な日々に亀裂を入れたと思うと今でもなかったことにできないかと後悔する。


 周りを牽制しながらナタリーのもとへ戻って来るカイルに右手を差し出す。カイルはその差し出された

手をそっと受け取ると、始まった演奏に導かれるようにナタリーをエスコートしながらダンスホールの中心へと向かう。


 洗練された優雅なダンスをアデラが頬を染めて見つめる姿がナタリーの視界の端に映った。



「え? またカイル様とアデラ様が?」


 これで何度目だろうか。


「腕を組んで歩いていたから、おやめになった方がいいと忠告したのだけど、アデラ嬢が足をくじいたからだとおっしゃられたから……」


 どうしようもなかったわ、と呆れた顔をする一番の友人ニコル・マイラー公爵令嬢とその隣で同意するように高位貴族であり、同じく仲の良い二人の女生徒が頷いた。


「みんなありがとう。またわたくしからお伝えしておくわ」


 眉尻を僅かに下げながら感謝を伝えると友人達はナタリーよりも悲しそうな表情を見せ、ナタリーはカイルとアデラがいるであろう医務室へと足を向かわせた。


 その間も小さなため息が止まらない。


 医務室へ向かう道すがらすれ違う生徒の憐れむような、だがどこか娯楽を期待しているような視線に憂鬱な気分はますます募っていく。


「……はぁ」


 医務室の前で立ち止まると最後のため息をこぼす。


 カイルはあの夜会をきっかけにいつの間にかアデラと仲良くなっていた。どうやら王立学園に通う同じ歳の学友同士、気楽にいこうといったことをアデラは勘違いしてしまったようだ。


 ナタリーの知らない所でアデラはカイルに気さくに話しかけ、出会えば自然と話をするようになったらしいが、それにしたって限度というものがある。


 学園といってもここには確かに身分が存在するのだ。


 同性同士の友情ならば受け入れられることは割と普通ではあるが、二人は異性でありカイルはいずれこの国の頂点に立つことが決まっている。


 そしてカイルには幼い頃から国のために決められた婚約者がいる。それが言わずもがな公爵令嬢のナタリーだ。


 そのカイルにあからさまに異性を匂わせ、周囲からもそう見える距離感はさすがにいただけない。未来の王太子妃として、国母として許すわけにはいかなかった。


 ナタリーは医務室の扉を三度ノックする。すると中から大きな物音が聞こえた。嫌な予感がしたナタリーはすぐさま扉を開ける。


「っ! ナタリー、君もどこか悪いのか?」


「……っ」


 顔を赤らめ、わざとの様にできた距離。そして焦ったような息遣い。


 ナタリーは怒りを押し殺しながらも何度目になるか分からない忠告をした。


「……カイル様、怪我をされたアデラ様をここへ連れてくるのはあなた様の役目ではありません。周りの者に不信感を持たれないよう人を呼んでくださいと言っているのがなぜ分からないのですか?」


「そ、それは……。すまなかった、だがアデラの痛みが酷そうだったんだ」


 アデラ、また親しそうに呼び捨てにした。

 

「ナタリー様、申し訳ありません! カイル様の目の前で階段から落ちてしまったので、驚かせてしまったんです……」


「アデラ様、カイル様の名を軽々しく口にしてはいけません。あらぬ誤解を受けてしまいます」


 何度言ったら分かるのだろう。


「あ、も、もうしわけ……」


 目に涙を滲ませるアデラをカイルがいつものように庇った。


「学友なんだから好きに呼んでほしいと私が言っている」


 カイルもナタリーと同じように何度も言ったと言いたげであった。


「同性なら友情で済ませられますが、異性では庇いきれませんと何度言ったら分かってくれるのですか?」


 だから先に苦言を呈してやった。


「……分かっている」


 言い返せない悔しさが顔に出るなど将来為政者としてやっていけるのか不安になる。


「節度を持ってご学友関係を続けてくださいまし」


 お決まりの締めの言葉を口にするとあからさまに二人はようやく小言が終わったと胸を撫で下ろしていた。


 いい加減にしてほしいという気持ちを込めて一睨みし部屋を出ると、二人が楽しそうにくすくすと笑い合う声に拳を強く握りしめる。


「また言われてしまいましたね」


「すまない、私の婚約者は厳しいんだ」


 部屋から漏れ聞こえる会話に嫌悪をグッと呑み込んだ。なぜなら己は公爵家の娘であり、国の頂点を支える事が役目なのだ。


 たとえカイルを愛していた気持ちが消えて無くなったとしても、それだけは変わらない。



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