第七話 ブラン先生の能力
「では、私が最初にお手本を示しますから、よく見ていて下さい。――四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもってその息吹を借りん。ファイア!」
ブランが呪文を唱えたが拳大くらいの火の玉が木の幹にぶつかって四散した。
……ただのファイアボールだな。特に何か凄いわけでも無かった。
あくびが出るぜ。こんな平凡な教師じゃ、教わっても大成しないし、学ぶ事なんて何もなさそうだ。
「なるほど、手はこうか……」
だが俺の隣のエリオットはブランの手の位置や動かし方に注意を払って観察していた。コイツ、将来は大物になりそうだよなぁ。四歳児でこれだし。
「そう、学ぶ上で大切な事は物事をよく見極めることです。それのどこが他と違うのか。その違いさえ見つけることができれば、後は修正も簡単ですからね。理解も早くなります」
「はい、先生!」
「うんうん、いいですね。お手本を示してくれる先生に敬意を払うのは道徳ではなく、テクニックです。先生も人間ですから、やる気を持って慕ってくれる生徒には親身になって、たくさんお手本を示してくれることでしょう。それは回り回って自分のためになりますからね。それと、完璧な先生などいません。だから悪いところではなく、良いところ、自分にとって役立つところを見つけて、その部分の技を盗むようにして下さい。いいですね?」
「はい」
ふむ、一理ある。ブランはただの魔術を教えるのではなく、何というか、人生において応用が利きそうな考え方やテクニックを示してくれている気がする。
「ええと、こう……」
俺もさっきの動作を真似してみたが、炎だけを見ていたので、記憶が曖昧だ。
「もう一度、やりますよ? 四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもってその息吹を借りん。ファイア!」
むむ。先ほどと全く同じ動作でブランがお手本を示してくれた。
少し気になったので俺は念話で頼んでみる。
『先生、もう一度お願いします』
「いいでしょう」
またブランがファイアの呪文を唱えたが、やっぱりだ。
動作に一ミリの違いも無い。それどころか、リズムやスピードもまったく同じ。
魔力の流れも乱れが一切無かった。
普通、同じ動作をやろうとしてもブレるし、魔力の流れに至ってはその時々で変わる水や風のようなモノだと勝手に俺は思っていた。
だが、違うのだ。
魔力の流れは魔術士の意思でコントロールできる。
いや、それは当然で、魔力が操れなければ呪文は使えない。ただ、ここまでとは。
魔力の一分子すら操作可能だとは思っていなかった。
試しにファイアの呪文を撃ってみる。
最初は無詠唱で。次は詠唱付きで。
「よんでせーれーがちゃらまんだーのぎょめいのもちょに、わがみゃなのうもつをもっえそのいぶいをありん、ファイア!」
俺は魔力の流れが同一になるように意識して唱えたのだが、てんでバラバラになってしまった。
「凄いや、レイ、先生よりスピードが速くて大きい火の玉を出せるなんて!」
エリオットが感心してくれたが、そこじゃないんだな。
『先生、魔力の流れを一定にする方法を教えて下さい』
「ふむ、もうその域に達しましたか……これは……」
『先生!』
「ああ、はいはい、魔力の流れを毎回同じにするためには、毎日繰り返して唱えることです。ただ唱えるだけではなくて、動作や呼吸やリズムなども意識してやらねばなりません」
反復練習か……俺が一番、嫌いな方法だな。
『他に方法は何かないのですか?』
「残念ながら、私が知っているのはその方法だけです」
少し悲しそうな目で苦笑したブランは嘘をついている様子でもなかった。
だが、なぜ、魔力の流れがこうも気になったのか。
俺は魔術を学ぶ上で役立ちそうなスキルを多く持っている。
【一を聞いて十を知る Lv5】【暗算 Lv3】【ひらめき Lv1】【暗記 Lv3】【魔術のコツ Lv5】【魔法知識 Lv5】【魔力感知 Lv5】【第六感】などだ。
レベル5は普通の人間が到達しうる最高ランクであり、達人クラスと言って良いだろう。
その達人をもってしてようやく気づくかどうかという部分。
ハッ!
ブランも同じスキルを持っている?
だからこうも気になったのか?
『先生の所持しておられる魔力系のスキルを教えて下さい』
「スキルですか? 【魔術理論 Lv4】【魔力感知 Lv1】【魔術のコツ Lv3】、こんなところでしょうか」
「ええ?」
思った以上に低い。【魔術理論】は高めだが、それは【魔法知識】の中の一分野でしかない。さらに魔力感知は戦士に毛が生えた初心者レベルだ。こんな能力で魔術をここまで磨き上げるなんて本当に可能なのだろうか?
「魔術は確かに、才能に依存する部分が多い。ですが、練習や経験はそれを補うことができます。達人とはその域に達した人物であって、才能そのものを示す言葉ではないのですよ」
「ああ……」
ブランが説明してくれたので理解できたが、結局それは、膨大な練習、努力のたまものだった。
「じゃあ先生、僕も毎日練習すれば、光属性の魔法を使えるようになるんですね!」
エリオットがキラキラした目で言う。
「うーん、不可能では無いと思いますが、オススメはしませんよ。エリオット君には残念ながら光属性は備わっていません」
「でも!」
「ええ、何年も何年もやっていれば可能かもしれません。可能性は少ないですが他の属性が後から手に入る場合も希にあります」
「やった!」
『いや、兄さん、ファイアを鍛えた方がいいよ』
同じ練習をしても属性があるのとないのでは、天と地の違いがある。使えるかどうかも分からない光魔法を鍛えるくらいなら、エリオットがすでに持っている炎属性を鍛えた方が上達も早い。
「嫌だ! 僕は光魔法を使いたいんだ。絶対に」
エリオットが不満げな顔で言った。初めて見る彼の表情に俺は戸惑ったが、まあ、四歳児だからな。
別にそれで死んだりするわけじゃ無いんだから、練習くらい好きにさせてやるか。
『分かったよ』
「うん」
「では、二人とも、実践と行きましょう。こういう習い事は、習うより慣れろ、練習が一番ですからね」
ブランが促した。どうせなら理論をきっちり抑えて最小限の練習時間にしたかったが、まあいい。練習しつつ、練習時間を減らすコツでも探ってみるか。
昔の俺と違って、色々学ぶのに有利なスキルもあることだ。
あー、でもかったりー。
反復練習とか、勉強とか、単純作業とか、やってらんねー。
「あなたたちには無限の可能性があります。その可能性を信じれば、練習も苦になりませんよ」
「うちょだッ!」
俺はブランのいい加減な言葉にカチンと来て思わず叫んだ。
「むっ」
「レイ?」
『無限の可能性なんてタダのごまかしだ。やってもできないこともあれば、努力ではどうにもならないことだってある。俺やエリオットの可能性は有限でしか無い。それに、俺達兄弟は下級貴族でそれなりに恵まれてはいるが、将来、就ける職業や地位は限られてる。先生は俺達が王様や勇者にでもなれると約束できますか?』
「それは……いえ、そうですね。勇者はともかく王はまず無理ですし、目指さない方が安全です。現実味の無い欺瞞、ごまかしを言ってしまいました。これでは教師失格ですね。申し訳ありません」
肩を落としたブランは、打たれ弱いな。間違っていたことを素直に認めるのは良いが、いちいち落ち込んでたら身が持たないぞ。
『失礼しました、先生。今のは少し俺も言い過ぎました。人生の先輩に対する質問とでも思っておいて下さい』
「質問ですか……ですが、レイ君、やはりあなたの言ったことが正しい。そうですね。エリオット君とレイ君が将来、何になりたいか、それを前提にカリキュラムを組むこととしましょう」
この先生、まともだなあ。普通、子供から罵倒のような声で誤りを指摘されたら、ムカッと来て張り合おうとするもんだと思うが。
「ではまず、エリオット君から聞きましょうか。エリオット君は将来、何になりたいですか? といっても、まだ四歳では決めていませんかね」
「いえ、先生、僕は冒険者になりたいです。それから父さんの後を継いでヴィルヘルム領の領主になりたいです」
エリオットはすぐに答えた。まっすぐ見据えて真剣な顔つきだ。
「ああ、そうですね、男爵家の長男でしたら、それが最も現実的な選択でしょう。ただ、冒険者というのは危険でもあります。領主になるだけでは駄目ですか?」
「駄目です。ヴィルヘルム領はモンスターがたくさん出てくる所なので、領主が強くないととても務まりません。うちはお金がそんなに無いので、強い騎士も雇えませんから」
「なるほど……」
え? これで四歳児なの? ちょっと待て待て……。俺の四歳の時って、全然記憶が無いけど、絶対、こうじゃ無かったぞ。
将来はパイロットになりたい!とか、何も考えない笑顔でそんな流行の夢物語を言っていたと思うが。
「では、レイ君の将来なりたいものは何ですか?」
ブランが今度は俺に聞いてきた。
次話は明日10時投稿です。