イッド
「つまり、俺が未来で魔王とやらになると言いたいのか」
一通りの話を聞き終えた男は面白くなさそうに鼻を鳴らした。仮にも最強の魔王とか呼ばれる(予定の)人に面と向かってる事実にちびりそうになりながらも頷く。
「はい……ええと、カルウェイド……様」
「様はいらん」
「……カルウェイド」
魔王様を呼び捨てとか大丈夫なのだろうか。何も言われないからいいって事なんだろうけど。
しかし、その未来の魔王様は随分と不満気である。西洋絵画の神様よりも綺麗な顔にしわを寄せて考えている様子はけっこう様になっているが、気になったので一応聞いてみた。
「そんなに魔王になるの嫌ですか?」
「当たり前だ。一国の王だなんて面倒なものになってたまるか」
「でも一人で魔王って言われてる人もいるって話ですよ」
「そうだといいんだがな」
答えたカルウェイドは大きくため息を吐いた。余程嫌らしい。俺としても勇者として召喚されたのに魔王の実験道具にされるとか嫌だから、この人が魔王じゃない方が嬉しいんだけど。
……いや、でもなあ。上半身が起こせるようになったおかげで部屋の中がちゃんと見えるのだが、どう見てもまともな人間の研究室じゃないんだよなあ。部屋の隅に白骨死体捨ててあるしなあ……。
あと俺が寝てるのはさっきまでベッドだと思ってたが、よく見たら手術室とかで患者を乗せる台みたいなやつだった。処置が終わってそのままベルト付けて放置していたらしい。人間に対する扱いじゃない。
「でも、俺が今その話をしたから未来は変わるんじゃないんですか?」
よく、世界はパラレルワールドとかいう無限の可能性を秘めてるとか何とか言われてる。けれども俺の左足の長さに合わせた包帯になにやら処置をしているカルウェイドは小さく首を振る。
「例え未来から過去へ介入したとしても、未来が変わることはない」
「え、どうしてですか」
「その人物が過去へ介入する事も含めて起きた出来事が結果だからだ」
「……えーっと?」
よく分からない、という俺の返事にカルウェイドは呆れ顔で振り返った。面倒だと顔に書いてある。だが今のはどう考えても説明不足なので俺は悪くないです。
「例えばお前が一日過去へ行ってそこで死ぬ誰かを助けようとする」
「はい」
「当然お前はその人物を守ろうとするだろう。だがその何らかの介入も含めてそいつが死ぬことは変わらない」
「……はい?」
「つまり、お前が過去へ遡る事も含めて本来の歴史の流れなんだ。お前が過去に行ったところで、そこでは違う視点で同じ日を過ごすだけだ。そこで起こる結果は元から定まっているもので、運命の連続体を断ち切らない限り歴史の流れを変える事はできない。そしてそんな事ができるのは神だけだ」
……余計分からなくなった。あれだ、言い回しが一々難解すぎる。学者肌の人ってこれだから苦手なんだよな。
「要約すると、過去や未来は変えられないってことですか」
「雑だな。まあそういう事だ。お前が二千年後からここへ落ちてきて俺に拾われ今モルモットになっているところまで、全て元々定まってたという話だ」
「じゃあカルウェイドはどう足掻こうが魔王になるんですね」
その質問に、むっとカルウェイドは眉を寄せた。思い切り睨みつけられて咄嗟に両手を上げ──ようとして、左肩の痛みに呻いた。
まだ腕が馴染んでないから動かすなと言われたばかりだったのに忘れてた。
「……そうだな。同姓同名の別人である事を願うばかりだ」
それだけ言ってカルウェイドは作業に戻った。絶対そんな確率の低い話あるわけないと思うけどな。
しかし、だとするとカルウェイドは二千年後も生きてるって事だろ。てっきり人間だと思ってたけど違うのか。ファンタジー世界みたいだし、二千年くらい生きられる種族もいるんだろうか。……今何歳なんだろう。
聞いてみようとしたが、集中しているみたいだし何となく怖いからやめた。見た目は二十代くらいにしか見えないし、勝手にそう思っとく事にしよう。
それにしても、静かになった室内では培養管の中でこぽこぽと泡が立つ音しか聞こえない。生きてる生物の気配が全くしないのだ。助手とかがいないだろう事は、短い時間でもこの人の性格から分かるけど、実験用マウスとか他にいないのだろうか。仲間同士友達になれると思うんだけど。例えめちゃくちゃヤバい化け物だろうとも。ていうか俺も今見た目は思い切り化け物だしな。……自虐ネタが悲しい。
そっと右腕を持ち上げて、自分の口を触ってみた。人間よりも明らかに長く裂けた口がそこにはある。その中には肉食獣よりも長く尖ったギザギザの歯、というか牙。その上呪われたように真っ黒な目に異常に長い耳だ。顔だけでも口裂け女より遥かに怖い自信がある。まともに見ればSANチェック不可避だ。
思わずため息を吐いて、ふと右手の人さじ指に見覚えのない指輪が嵌っているのに気が付いた。金色の草が絡み合ったような形をしている指輪だ。感覚が普段より鈍いから気が付かなかった。
何でこんなものが嵌めてあるのだろうかと指輪を眺めていると、椅子を引く音がして、そちらに視線を向ければ処置が終わったのかカルウェイドが包帯を片手に立っている。
「それはお前の不運対策だ」
そして俺の手元の指輪に目を落とすと、事もなげに言った。不運対策と。
「…………は?」
「俺が手術する以上問題はないだろうが、念のためだ。運が悪いせいで手術が失敗したなんて洒落にならんからな」
「……いや、いやいやいや」
頭が混乱してきたぞ。この人は何て言った? というかその前に。
「な、何で俺の運の悪さの事知ってるんですか!?」
「なんでも何も、お前の情報を見たからだ。お前も鑑定スキル持ってるだろう」
「え、は、鑑定?」
なんだそれ、という気持ちが顔に出てたのだろう。カルウェイドは嘘だろ? とでも言いたげに目を細めている。
「お前の世界にはスキルもないのか? 変わった世界だな」
「俺からしたらこの世界が変なんですけどね」
どこのゲームの世界だと言いたい。ゲームなんてほとんどしなかったけど。
お互いが自分の世界の価値観に従ってる事に、それもそうかとカルウェイドは納得したようだった。
「いいか、スキルとは個々の能力値とは乖離した魂と強い結び付きのある技能値のことで──」
「簡潔に! 簡潔にお願いします!」
「……お前、面倒くさい奴だと言われるだろ」
「あ、あんたがそれを言いますか」
少なくとも、その長ったらしい説明は万人受けしない。けど言い返した途端左足の包帯を取る手が乱暴になったから黙ることにした。足自体に感覚はないけど付け根付近の神経が引きちぎれるみたいに痛むのだ。くそ、ヤブ医者め。
涙目で睨むのを涼しい顔で受け流すカルウェイドは、新しい包帯を巻きながら、とりあえず口に出してみろと言う。
「説明するより使う方が早い。本来言葉は必要ないが、最初はな」
とにかく言われるままに《鑑定》と口にして、瞬間、目の前に文字の羅列が表示された。
──────
個体名:???
年齢:17
種族:???
別称:混ざり者、異世界人
魔法適性:無(雷)
スキル:
気配遮断Lv.2、隠密行動Lv.1、痛覚耐性Lv.3、気絶耐性Lv.1、精神汚染耐性Lv.5、家事Lv.4、凶運、鑑定、言語理解(聴覚発達Lv.4、火耐性Lv.3、幻惑の声Lv.3)
装備:幸運の指輪
──────
反射的に声が出た。驚いた事もそうだが、今まで苦しんでた「不運体質」がまさかスキルのせいだったなんてという、なんというかやるせない気持ちでもあった。
だって俺はこれをどうにかする為に少ないお金をやり繰りして神社でお祓いしてもらったり、風水アイテムを買ったり、時には怪しげな占い師に診てもらったりもしたんだ。それでもどうにもならなかったのが、こんな所で原因が分かるなんてという。全く予期していなかっただけに変な感動さえ覚えた。
しかし今はそれよりももっと感情を揺さぶるものがあった。目を見開いて、何度もその文面を見るほどの。
「こ、幸運の指輪って……!」
「その名前の通りだ。装備すれば幸運値が上がる。お前の不運スキルも軽減できる」
雷に打たれたかのような衝撃。まさかそんな、一生付き合っていくと思ってた呪いが解けるだなんて。異世界にまで来てようやく。
「ある程度だがな。今のお前は『ちょっと運の悪い奴』だ」
得意げなカルウェイドの声が遠く聞こえる。俺の全ては指輪に釘付けで、金色の輝きだけが目の前をチカチカと輝いていた。
青天の霹靂? 寝耳に水とでも言うんだったか。違う。今の俺の衝動はそんなちゃちな言葉じゃ言い表せない。まさに目が覚めたような。目の前が晴れていくような。そう、心から、全部が生まれ変わったような心地。
「ちなみに俺は《豪運》スキルを持っている。つまり俺といればお前ごときの不運なんて──」
ふと言葉を止めたカルウェイドの顔は、何故か虚を突かれたような変な顔だった。
「…………なぜ、お前はすぐに泣くんだ」
「俺、泣いてますか?」
「ああ。ちなみに俺はすぐ泣く奴が嫌いだ。どうしていいか分からない」
「すみません。でも、俺も何でかよく分からないんですよね」
つらい事は慣れてるはずなのに。苦しいのも痛いのも、悲しいのも慣れてたのに。
「嬉しくて、どうしていいか分からないんです」
皆、周りの人間は俺が運が悪いから離れていった。幸せだったのは何も知らない子供の頃まで。
親父はリストラで精神を病んだ。アルコールに走った親父の暴力に耐えかねて母親は死に、俺が中一の時に親父は蒸発。誰も引き取ってくれなくて、名義上保護者になった叔父夫婦に買い与えられた部屋で一人暮らし。友達はいない。何もない。
不運じゃなくなれば、って何度も思った。そうしたら、普通の人間として過ごせたんだろうって。不運じゃ無くなれば。誰も俺から離れていかないのに。
「カルウェイド、ありがとうございます。今人生で一番幸せです」
「それは早計だな。お前は幸福を感じる感性が脆弱すぎる」
「でも俺、笑ったのなんて久しぶりですよ」
子供の時、まだ母親が生きていた時以来。あの時は犬の糞を踏んづけようが落ちてきた鉄骨に潰されそうになろうが、家に帰ったら笑うことができた。優しく慰めてくれる母がいたから。
『あんたが産まれてなんてきたから──』
だから俺も、笑う事ができたんだ。
「お前の名前を聞いてない」
落ち着いてから、その辺に落ちてた布を鼻水でかぴかぴにしている俺へ、カルウェイドはそう尋ねた。
「色んな種族を混ぜすぎたせいで、お前自身の情報ですら個体名分からないんだ」
「ああ、なんか変になってましたね」
冷静に考えると個人の名前が分からなくなるくらい体が混ざりまくってんのやべぇな。何体の生き物を使ったのだろうか。俺一人だけに。
「手術前にも見たんじゃないんですか?」
「一々覚えてるわけないだろ。お前は一度見ただけのモルモットの名前を覚えられるのか?」
「無理ですけど本人に言いますかねモルモットって」
さっきまでいい感じだったのにこの人は。涙引っ込んだわ。ていうか道具って思ってんなら名前聞くなよ。あんたマウス一匹一匹に名前つけるような細かい性格じゃないだろ。
さっきの感動が台無しだと投げやりに答えようとして、ふいに思いとどまった。
『──あんたのせいよ、■■■』
せっかく異世界に来て、不運も俺を知る人間もいないんだ。なら、本気で生まれ変わってみてもいいかもしれない。
「忘れました」
「は?」
「事故った時に頭打ったっていうか、ショックっていうか……まあ異世界なんてのに来た挙句タイムスリップまでしたんだからこういうこともあります……よね?」
「……お前頭大丈夫か?」
頭打ったって言ってる相手に言うセリフではないが、今はそれが正しい。
「え、えっと……だから、名前忘れたんで……何か適当なものを付けて頂けると、その、嬉しいです」
渋い顔をするカルウェイド。目の前の人間がいきなりトチ狂った事を言い出せばそうもなるか。普通記憶喪失にでもならない限り、自分の名前なんて忘れないよな。
まあそれでも俺の言いたいことは伝わったようだった。少し考えたカルウェイドは、ふむ、と一つ頷いた。
「ではお前は今日からイッドだ。イッド・シュヴェルグ」
「イッド……」
当然口にした名前は舌に馴染まないものだったが、それでも内から湧き出るような喜びは、形容しがたい感情となって俺の体温を上げていく。生まれ変わったような心地だ。身も、心も。
「いいんですか、ファミリーネームまで」
「持ち物に自分の名前を付けるのは道理だろう」
「ああ、そういう……」
新しい世界で、新しい人生が始まる。身を窶すほどの呪いも、柵も何もない。前の俺ではない。
イッド・シュヴェルグとしての人生が。
イッドの名前はハイブリッドから取っています。リッドかイブリッドとも悩んだのですが、何となくイッドってカッコイイなと思ったので。




