お前のせいだ
『まず、魔王とは魔族達を束ねる王の事ですが、中にはたった一人で魔王と呼ばれる者もいるので、王にさえなれば誰でも名乗れるようなものではございません。つまりは魔族の中の選ばれた強者だけが名乗ることを許される一種の勲章のようなもので、そうでない者が名乗れば他の魔王に即座に消されるそうです。
また、魔王同士も決して協力関係にあるというわけではなく、多くの魔王が乱立した時代には魔王間の諍いが絶えなかったと聞きます』
「魔王界も結構シビアだね……」
「弱肉強食の世界ってわけね」
『曰く、一騎当千の強者であり、一度力を振るえば竜種のそれにすら匹敵する。岩を砕き、山を切り伏せ、海すら割ると言われる化け物が魔王です。そして、わたくし達の世界には十三の魔王が存在しています』
「十三……!?」
誰かが叫んだ。しかしそれはクラスメイト全員の心象の代弁でもあった。柾谷も顔を顰めて声の話を聞いている。
「それは……随分と多いですね」
『ええ。なんでも、魔王達の間でそう決まっているようです』
しかしそこで男子生徒が戸惑いがちに口を挟んだ。さっき異世界召喚だと喜んでいた奴だ。名前は西田輝幸、だと思う。多分。
「お、おい。つまり、俺達はその魔王を全員倒さなくちゃいけないのか……?」
西田の当惑はもっともだ。他の生徒達も一様に顔色が悪くなっている。まさかそんなに多くの魔王がいるとは思わなかったのだろう。俺だって正直めちゃくちゃ驚いてるし早くも帰りたくなってる。
しかし怯えが伝染し始めた空気を声は否定するようにいいえ、と言った。
『勇者様方にお頼みしたいのは魔王の討伐ではございません』
「討伐が目的じゃない? さっきはそう言っていた気がするけれど?」
鼻白んだ三枝の言葉に窘めるような声音で声は続けた。
『先ほどわたくしは、魔王から世界を守ってほしいと言ったのです』
「同じ意味じゃないんですか?」
『はい。勇者様方にしていただきたい事は、人族に連なる国々の防衛です』
「防衛?」
ええ、と声は答えた。でもそれは、場合によってはどうとでも取れる言葉だ。
「防衛、と言って結局のところ、攻めてきた魔王を返り討ちにしろとか言うんじゃないんですか?」
さすがに柾谷も気づいたようで疑わし気に意見している。それは場合によっては、全ての魔王を倒せと言われているのと同じなのだ。さすがに言わずにはいられなかったのだろう。
しかしそこで、声がすかさず否定する。
『いえ、そんなことはございません。防衛は防衛。敵の魔王が自ら出張ってきた時はその限りではないかもしれませんが、そんな事は長い歴史でも数回しかないような珍事でございますので、皆様がご心配されることはありません』
流暢な説明だ。まるで最初から用意していたかのような。しかし、柾谷は首を横に振る。
「そんなはずはないでしょう。あなたが言うには勇者はとても強い存在だというじゃないですか。そんな〝兵器〟が手元にあるのに、使わない人間がいますか?」
声が息を詰まらせる気配がした。図星、だったようだ。つまり防衛だなんだと言っておいて、結局のところ召喚したら魔王討伐のために使う予定だった、ということだろうか。
その魂胆にも呆れるところはあるが、それよりも俺は柾谷の鋭い指摘を意外に思っていた。というのもこの男は基本的に、人間の善性を信じる男だからだ。
猪突猛進に人を助け、人を信じて行動するその様子は孟子ですらびっくりするレベルで善性の塊だ。
しかしそんな男が自ら人間の悪性を説いて疑ってかかるなんて。異世界召喚のショックで頭でも打ったのだろうか。
「今日の柾谷くんは随分疑り深いね?」
篠宮もそれを感じたのか柾谷に問いかける。しかし柾谷は難しそうな顔をして宙を睨み続けていた。
「俺だって……誰だって無条件に信じてるわけじゃないさ。特にそれが個人じゃなくて、国家のような複数の人間の意思の集合体ともなれば、それは悪性の凝り固まった澱みにだって化ける事があるんだ」
「うーん? もしかして、ちょっと難しい事言ってる?」
首を傾げる篠宮だが、柾谷がそれに答えることはない。彼が見つめる先にはしかし、黄色いもやがカーテンのようにたなびくだけである。
やがて、声は観念したような調子で答えた。心なしか、さっきまでの余裕そうな雰囲気が消えたからか、随分と人間みのある声音だった。
『……確かに、わたくし達は勇者様方に討伐していただきたい魔王が、一人います』
そうして告げられたのは、彼女らの勇者を欲する本音。たった一人の魔王を、殺してほしいという言葉だ。
「一人だけですか」
『ええ。……ですが、この魔王だけは、他の魔王とは違うのです』
「違う?」
怪訝な様相で尋ねた柾谷に、声が頷くような気配がした。
『わたくし達の世界に存在する、十三の魔王。誰もが強力な力を持っていますが、その中で最も強い力を持つ魔王。他のどの魔王でさえ膝をつくほどの、強者の中の強者。暴君であり、賢王であり、そして悪逆の化身である男。彼が望めばわたくし達の世界など、すぐさま滅び去るでしょう』
声の言葉に、誰もが息を飲んで聞き入っている。その言葉には、いや、その言葉が伝える魔王にはそれだけの圧力ともいえるような、得体の知れないものを感じていた。
『最も美しく、最も強く、最も残虐な魔王。人でありながら人に仇名し、神をも恐れぬ不届き者を。誰もが恐れるその男を。《最古の魔王》カルウェイド・シュヴェルグを、討伐していただきたいのです』
しん、と。静まり返っていた。誰もが息を飲んでいる。否、誰もが声を出せないでいる。
俺もその一人だった。雰囲気に飲まれた、とは何かが違う。声がかの魔王の名前を口に出した途端、身体が金縛りにでもかかったかのように動かなくなったのだ。
その名の響きが脳を侵していくような気分だった。嫌な澱みが思考を塗りつぶしていって、妙な焦燥感が頭を支配していく。まるで、魔法にでもかかったかのように。
焦燥、恐怖、混乱。意味もなく心がざわつき、視界が狭まる。頭が締め付けられたように痛い。息が荒くなる。
俺はこの時、見たことも無いその魔王が恐ろしくて仕方がなかった。訳の分からない恐怖が心を満たした。まるで荒れ狂う海の中を溺れて行くような気持ちだった。
しかし、それは急に霧散した。
突然とクリアになった視界で静まり返った場を呆然と睥睨する。
なんだったのだろうか、今のは。魔王の名を聞いた途端に感じたあれは一体。それに今のは? 俺の中の何かがそれを打ち消したようだった、と思うのも束の間。
未だ混乱状態にあるらしい生徒たちの間から声が聞こえてきた。
「…………無理だろ」
ぽつり、と呟いたのは西田だった。愕然とした眼差しで宙を移す彼は、どうにも正気には思えない。そしてそれは他のクラスメイト達も同じだった。
彼の発したそれを皮切りに、もやに包まれた空間がにわかに騒がしくなっていく。
「むりむり、無理だって。だってそいつ、めちゃくちゃやべぇ奴なんだろ? いくら勇者でも無理だって」
「そもそも俺は異世界なんて反対なんだって! 家族とか友達とかいんのに突然他の世界に行けとか、絶対おかしいだろ!」
「俺達を何だと思ってんだ! 別の世界の人間なら好きにしてもいいとでも思ったのかよ!?」
「やだよ、家に帰りたいよぉ! 戦いとかうちらカンケーないし!」
「別の世界とか知らないし。自分らで勝手にやってればいーじゃん」
「彼氏に会えなくなるなんて嫌ぁ! 帰してよぉ!」
それは、そうだろう。だって異世界って、そんな得体の知れないところに無理やり連れていかれようとしてるんだから。でもこれは、少しおかしかった。
俺だって少しの憤りはある。こんな誘拐みたいな真似、現代日本で生きてきた人間なら憤慨するのも致し方ない。しかし彼らは先ほどまでそれを了承していたはずである。それが急にどうして。
理由は判然、先の魔王の話のせいだ。どういうカラクリかは知らないが、カルウェイドという魔王の名を聞いた途端に俺を含め、全員が恐慌状態に陥ったことは間違いない。そこからどうして俺だけが元に戻れたのかは分からないが。
だがこの流れはよくないはずだ。先ほどまでの団結した気配から一転、帰せ、元の世界に帰せとのコールに包まれた場の雰囲気に、声は焦ったようだった。
『し、しかし、これはあくまでもできればで、皆様方に本来していただきたいのは国々の防衛で……』
「そんなこと知るかよ! 俺達は異世界なんて行かねぇんだよ!」
「そうだよ、早く帰せよ!」
『ええと……でも……』
「どうしたんだよ、まさかできないとか言わないよなぁ!?」
恐らく煽りのつもりで言ったであろうその言葉は、しかし、返答が来ることはなかった。その押し黙ったような沈黙に、嫌な予感がその場に満ちていく。
「え、あの、もしかして……」
柾谷の声が響く。そしてその言葉は、確信をもって帰ってきた。
『………………申し訳ないのですが……わたくし達の世界には、まだ、帰還のための技術が……』
それを聞かされた生徒達は、さながら突然死刑宣告を受けた一般人のような反応だった。
「はぁあ!? なんだよそれッ!!」
西田の怒号が飛ぶ。
「勝手に呼んどいて帰せませんってどんな理屈だよ!」
『い、今我が国でも有数の魔導士たちが総力を上げて研究している最中でして、早くても二年後には完成する見込みが……』
「二年も異世界で勇者やれってのか!?」
「やだよ、帰して!」
「連れてこれんなら帰すのもできんだろうが普通」
『完成したらすぐに元の世界へお帰しすると約束します。ですから、今は一旦落ち着いて……』
「知るかよ!」
「帰せ!」
『で、ですから……!』
罵声罵倒が飛び交う。これが全て正しいとでも言うように。事実、彼らの主張は正しいのだろうが。
「皆一旦落ち着けよ。なんか変だぞ、さっきから」
そこへ、柾谷が困惑したように声を出した。その様子に変なところは見られない。どうやらアイツも俺と同じように正気を保っているようだ。今は何故、というよりも、おかしくなったこの状況で同じく平静を保っている奴がいる事が安心をもたらした。
もし俺以外の皆が狂っていたら、さすがに俺も変になっていたかもしれない。
「帰せよォ! 早く、今すぐにッ!」
西田が白目を剥いて叫んだ。さすがにそろそろヤバい雰囲気だった。
「おいアンタ! 皆に何かしたのか!?」
柾谷が叫ぶ。しかしそれに返るのは、最初の余裕もかなぐり捨てて狼狽した女性の声。
『わ、わたくしではありません……! わたくしは、あの魔王の説明をするために、だから……!』
「どういう事だ!?」
『仕方なかったのです! わたくしのせいでは、わたくしではありません!!』
声が泣き喚くように悲鳴を上げた。それもすぐに巻き起こる叫喚にかき消される。
「し、仕方ないじゃないだろ! 全部お、お前らが悪いんだろ!」
ついに俺の隣で大人しくしていた月本新也までもが声を荒げだした。いつも教室の隅で俺と一緒に静かにしてる奴だ。
影の薄い奴と皆から避けられてる俺とでは扱いは違うが、勝手に仲間意識してただけにこいつがDQNみたいに叫びだしたのはちょっとショックだ。お前そういうキャラじゃないだろ。ついでに相手の粗を上げ足取って喚くのはあまりいただけない。
「おい月本、それはないだろ」
あまり教室でも喋るような仲ではなかった、というかまともに話しかけたのはこれが初だが、月本はいつものオドオドした態度ではなく血走った目で睨み返してきた。いや怖ぇよ。
「う、うるせーよ! 大体お前だって反対してたじゃんかよ!」
「してねぇし。そうじゃなくて俺が言ってんのは言っていい事と駄目な事がだな」
「うるさいうるさい! な、なんだよお前! てかお前も原因だろ!」
「はあ?」
何言いだしてんだこいつ? 恐慌状態になって頭がおかしくなったのだろうか。
ところが、月本の言葉を聞いた周りの生徒までもが鋭い眼光で俺を振り返った。それは冗談を言って丸め込めるような雰囲気ではない。まるで親の仇でもみたかのような威圧が、背筋に冷たいものを感じさせた。
「そうだよ、お前のせいじゃん」
「お前がいたから……」
「全部、全部お前のせいだ」
「おいおい……」
いや、こっちが冗談やめてくれと言いたい。俺が何したっていうんだ。俺も被害者の一員だろ。
それなのに、誰もが確信を持った目で俺を見ている。俺が悪いんだって、誰もがそう信じている。なんでだ。これも魔法か? それとも単に、こいつらが誰でもいいから責任転嫁したいだけなのか?
異常な空気に気圧されていた俺へ、さらに追い打ちをかけるように西田が唸るように声へ尋ねた。
「おい、俺らって何かで選ばれて呼ばれたのか?」
選ばれた? どういう意味だ。今そんな質問をして何になる?
そう思って訝し気に眉を顰めた俺だったが、唐突に彼が何が言いたいかを理解した。
「────あ、」
思わず、声が出た。全てを理解して、それで、その全部を否定したいがための声だった。
足元が一切崩れ去って暗闇に落ちていくような気分だ。しかし魔法陣は何事もなく、俺の下で淡く輝いている。
そんなはずはない、と否定する声が奥底へ消えていく。俺自身がもう理解していた。認めていた。
『え? い、いえ。これは無作為召喚ですので、皆様の世界が選ばれたのも、その中で皆様が選ばれたのも全て偶然でございます』
この召喚も、全て俺のせいなんだ。
「ほ、ほら見ろォ! やっぱり全部お前のせいなんじゃないか!」
声が答えた途端、月本が激高した。
「お前が俺らの傍にいたから、俺らが召喚に巻き込まれたんだ!」
「お前さえいなければ……っ」
「この疫病神が!」
「責任とれよおい! お前の呪いのせいで俺ら全員こんな事になってんだよっ!」
呪い。そうだろう。俺の「不運」は、運が悪いとそれだけで確かに呪いで、この呪いは伝染する。俺の傍にいれば、それだけ相手も運が悪くなる。
だから、俺の傍には誰もいない。だから、俺の味方は誰もいない。
ふと見た先で柾谷は目を見開いて俺を見ていて、でも助けようとはしなかった。固まって困惑してるだけで、声を上げる素振りもしていない。
ああ、そうだろう。だって悪いのは俺だ。俺が教室にいたから、だからこいつらはこんな訳の分からない事に巻き込まれてる。俺が運が悪いから。その通りだよ。でも、でもさ。
「俺だって……別に好きでこんな体質で生まれたわけじゃねぇよ!」
お前らがこの呪いでどれだけの迷惑を被った? 俺のせいで死にでもしたのか? そんなわけないだろ。お前らよりももっとずっと、俺は苦しめられてきたんだ。
お前らに分かるかよ。俺が生まれたせいで会社をリストラされたって、親父に殴られ続ける気持ちが。ずっと優しかった母親が俺への恨み言を残して死んでいった時の気持ちが、お前らに分かるのかよ。
「それなのに寄って集ってなんだ、俺は何もしてないのに……! 俺は、俺はただ〝運が悪かった〟だけなのに……ッ!」
俺の叫び声が果てのない空間に響いた。その時だった。
急激な揺れに思わず膝をついた。地震か、と思ったがここは地面じゃなくて魔法陣の上だ。しかも周囲のオーロラのようなもやは変わらず漂っている。ならば、これは魔法陣が原因──
「お、おい大丈夫かこれ……?」
ふいに西田がこわごわと口にした。見れば、足元の魔法陣が端からひび割れてきている。
「な、なあアンタ! これ、大丈夫なんだよなあ!?」
ガラスのようにぴしり、ぴしりと亀裂が入っていく足元を指して西田が叫ぶ。この魔法陣を用意したらしき声に否定してもらいたかっただろう問いかけは、けれどもその思惑は打ち砕かれた。
『な、なんですかこれは……事故? いえ、そんな、あなたは──!』
ぶつり、と電話が切れた時のような音がして声は途切れた。代わりに、さっきまでとは違う声が聞こえてくる。男性の声だ。
『申し訳ありません。予期せぬ事故が起きたので、今すぐ転移を開始します』
落ち着いた声で告げられた言葉。それは、クラスメイトの不安をさらに煽るような事実。
「じ、事故って! 大丈夫なのかよ!?」
『分かりません。安全に転移できるように急ぎますので、絶対にその場から動かないでください』
「分からないって……」
『転移開始します。少々揺れ──が、絶対に──を──ないで────さ──』
ノイズが走るように男性の声が遠くなった。次の瞬間には何も聞こえなくなって、しん、と静まり返る。それに呼応するように、魔法陣の揺れも収まっていた。ただそこには不気味な静寂だけが満ちる。
「なんだ……?」
「ねえ、本当に私達大丈夫なんだよね?」
「もうやだぁ……早く帰りたいよぉ……」
すすり泣きが聞こえる。小さく泣き言を言う女子達。でも誰も慰めようとはしなかった。誰も、そんな余裕はなかった。早く帰りたい。家に帰りたい。こんな訳の分からない事、今すぐやめて。
「みんな、大丈夫だ。きっと大丈夫だから落ち着けよ」
柾谷が一人立ち上がって声をかける。こんな時でも凛と響く声だ。
「とりあえずこの状況がどうにかなるまでさっきの声の人が言ってた通り動かないようにしよう」
「動かないようにって……何もしないで待ってろってこと?」
「どっちにしてもできる事なんてないだろ?」
「そうだけど……」
いいな? と聞いた柾谷に反対する声はなかった。実際は賛成する声もなかったのだが、柾谷はそれでいいと判断したようで一つ息を吐くとその場に座り込んだ。重い沈黙が落ちる。誰も話そうとしない。ただすすり泣く声かすかに聞こえるだけで、皆押し黙ったままその場に嫌な静けさが漂っている。
しかししばらくして一人の女子生徒がぽつりと漏らした。
「この事故ってさ、マジでただの事故なんかな」
北城瑠依。このクラスの女子リーダーのような存在の生徒。その彼女の言葉に、すすり泣いていた女子が顔を上げた。
「どういうこと……?」
「いや、だってさ。おかしくない? こんな立て続けにさ、」
「北城」
北城の言葉に被せるような柾谷の声。諫めるような声音は、その続きを言わせないと言いたげな威圧がある。それに北城は一瞬気圧されたのか口を閉じたが、言わなければ気が済まないようでその場に立ち上がった。
「柾谷クンも気づいてんでしょ? だってさっき、この事故は、」
「やめろ! これ以上騒いだってなんの解決にもならないんだよ!」
「だから黙れって? やだよそんなん! だって、全部アイツのせいなのに!」
「北城!」
柾谷が声を荒げるのを聞いて、俺はまたか、と脱力した。ああ、そうだよな。だってさっきあの声は「予期せぬ事故」って言ったもんな。それが誰のせいで起きたかなんて、考えるまでもない事だ。
「ぜーんぶあの疫病神のせい! あたしらがこんなとこにいんのも、わけわかんない事故で動けなくなってんのも、疫病神がうちのクラスにいるせいなんだよ!」
「だからって、今言う必要ないだろ! 今は転移とかいうのがされるのを待って……」
「そんなんホントにされんのかも分かんないじゃん! すぐにするって言ってたのに全然だし! このまま一生ここに閉じ込められたままなのかもしれないんだよ!? 全部、アイツのせいで!」
「そ、それは……」
柾谷が口ごもる。何だかんだ言いながら、こいつも俺のせいだって思ってたって事か。そうだろうな。……そうだよな。
「ねえ、アンタの事言ってんだけど聞いてんの!?」
ああ分かってるさ。俺が悪いって言うんだろ? 知ってるよそんな事。俺が運が悪いのがいけなくて、だから、全部全部俺が悪いって。お前らは結局、そうやって鬱憤晴らしをしたいだけなんだろ。
「やっぱこいつが……」「疫病神」「お前のせいで」「悪魔が」「お前さえいなければ」「お前が、悪い」
『お前のせいだ、■■■──!』
ガラスが割れて砕ける音がした。視界が揺れる。砕けた破片がゆっくりと上に上がっていく。
──違う。
悲鳴がした。割れた魔法陣の上に立つクラスメイト達は一様に驚いたような顔をしていて、俺はそれを見ながらただ、落ちていく。
俺が立っていた所だけ割れた魔法陣を睨みつけて。
俺にこの呪いをかけた神様を恨んで。
「──く、そぉ」
次第に滲む視界で、壊れた魔法陣が光に吸い込まれるように消えていくのが見えた。あれが転移とやらなんだろう。
ああそうかよ。俺がいなくなったからか。
そうだ、どうせ俺は疫病神だ。人に不幸しかもたらさない。だから俺なんていなくなった方がいいんだ。あの時死ぬべきだったのは、俺の方だったんだ。
「くそ、くそが……」
風を切って、無限に続く回廊を落下していく。熱くなった目からは涙が溢れては上へ、上へと落ちていく。俺はそれを掴むように、自分が取りこぼしたものを掴むように震える右腕を伸ばして、掴んだのはもやのような虚空だけだった。
「どう、して……!」
拳を握りこむ。そこには何もない。何も持たない。俺には、何もない。家族も、友達も、幸せも、何もかも。
「どうして、俺は……っ!」
何もない右手は、冷たい雫を流して震えた。
ガッ、と左腕が何かにぶつかった。焼けつくような痛みが走って、抉れた血潮に混ざって光の粒子が尾を引いて登っていく。自分が段々と削れていくようだった。
ああ、それでいい。そのまま俺が消えれば、そうしたら、みんな幸せになれるんだから。
赤と黄のコントラスト。幻想的な空間を、赤い血飛沫がネオンライトのように流れていく。それはまるで、夢幻のように綺麗だった。
光に飲まれて自分が消えていくのを感じながら、その美しい光景へ、手を伸ばして。
そして俺は、彼に出会った。




