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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
3/20

あまりに酷い異世界召喚



 しばらく俺が放心していた間に、俺の体をこんなにした張本人は体のあちこちを触っていた。どこか楽しげな様子はおもちゃで遊んでいる子供のうようで、実験好きのマッドサイエンティストという言葉が頭に浮かぶ。

 そうして少しの間を置いて冷静になってきた俺に、一通り体中調べ終わった男が尋ねた。


「二、三質問がある」


 何とか動く右腕で自分の頬を触って夢や見間違いでない事を確認しながら遠い目をしていた俺は、男の言葉に緩慢とした動作で目を向けた。相変わらずの美丈夫が腕を組んで立っている。


「……何ですか」

「お前を連れ帰った理由の一つは、俺自身の興味だからな。時空間への干渉なんてどんな魔術師だって羨む経験だぞ」

「俺にとっては悪夢でしたけど」


 あそこで起きた出来事を思い出して苦い顔をする俺。男はそれを聞いて眉をぴくりと動かした。


「ほう? 自分から介入したという訳ではなさそうだな」

「当たり前です。無作為召喚とか言われて勝手に連れてかれたんですよ」

「召喚、か」


 そして、男は面白そうに笑って見せた。それはもう、見たことのない遊び道具を見つけたような顔で。


「つまりお前はこの世界の人間ではないのか」


 えっ、と息を飲む。

 いやその通りだ。確かに俺は異世界の人間だけど、この話でそんな話の要素があっただろうか。


「どうして分かったんですか?」

「簡単な話、ただの召喚術なら時空間を介在する意味が無いからだ。時や次元なんてものは世界の外側の概念であって、内側で完結する魔術にそんなもの必要ない。そして内側から外側を介して行う術があるのならそれはさらに外側へと干渉する以外にはありえない。内から外へ、外から内へと魔術行使を行うのはあまりに無駄が多すぎるからな」


 ……難しい事を言われている気がする。何となくのニュアンスしか分からないが、つまるところ異世界召喚について言ってるって事でいいんだよな。多分。


「しかし、そうか。異なる世界か。中々いい拾い物をした」

「…………拾い物」

「ついでにだが、お前が召喚されたのは大陸歴何年だ?」


 物扱いに渋い顔をした俺へ男が尋ねる。

 言いたいことは色々あった。一応人間……身体は人間でなくなっても心は人間のつもりだし、道具だのなんだの言われれば不快にもなる。だけど今は変な反抗はしない方がいいというのも、何となく分かっていた。

 相手は魔法だの使うような奴だ。なんの取り柄もないただの高校生が、不興を買って生きていられるとは思えないのも事実だ。


 とりあえず言われた通り召喚された時の記憶を呼び戻した俺は、人より記憶力には自信のある頭であの時の話を思い出していた。確か、あの変な声が色々と言っていた気がする。


「えっと、大陸歴2697年って言ってました」

「……随分と先だな」


 俺の答えに男は面白くなさそうに鼻を鳴らした。ていうかちょっと待て。先? 先ってなんだよ。未来って事か? つまりここは過去だとでも言いたいのか?

 異界と通じる技術に興味があったのだが、と独り言ちている男に、俺は思わず声を上げた。


「先ってどういうことですか?」


 男はそんな俺に白けた目を向ける。


「さっきの話を聞いてなかったのか? お前は時空間の狭間から落ちてきたんだぞ。そのままお前が召喚された所に落ちるなんて奇跡がお前に限ってあるわけないだろ」

「じゃ、じゃあ今は何年なんですか!?」

「今は652年だ」

「はぁぁあ!??」


 叫んだ。いや、これが叫ばずにいられるか。

 だって652年だぞ。二千年前だぞ。二千年! そんなことあるかよ普通。どんな召喚事故だよ。今日日ネット小説でもこんな無茶ぶり見たことねぇよ! 


 頭を抱えようとして引き攣った痛みにのたうつ俺を男はため息をついて見ていたが、これわりと笑いごとじゃすまないぞ。異世界なんてわけわかんなとこに呼ばれても()()()()()()()()()()()()()()()()って言われたから納得してたってのに、二千年後なんて生きてるわけないじゃんかよ。

 いつまでも得体の知れない世界で油売ってる場合じゃないし、早く帰らないといけないのに。一緒に召喚されたクラスメイトもどうなってんのか分んないし、あっちの世界にだって待ってる人がいるはずで──


 はっと気づいた。それはもう、雷光のような衝撃をもって気づかされた。

 待ってる人なんて、そんな人いないじゃん、と。


 母親は子供の頃に死んだし親父は蒸発。兄弟もいないし俺を引き取ったら不幸になるとか言われて誰も引き取ってくれなかった。

 つかクラスメイトの心配なんてしたって俺友達いないじゃん。知り合いなんてのもいなかったし、バイト先の人たちも気味悪がって遠巻きにみてるだけで……思い出している内に悲しくなってきたぞ。


 いや別に俺のせいじゃないんだ。コミュ力だってそこそこ、人並みにあるつもりだし顔だってそこそこいい方だし、背だって高いしスポーツできたし。

 なのに、俺に非なんてないのに、誰かと仲良くなっても「不運体質」のせいですぐに離れてってそれっきり。

 初めてできた彼女も速攻でフラれた。ペット買うお金もなかったし、ゲーム機なんて一週間も保てばいい方で、一緒に遊ぶ友達もいなかったからずっとバイト三昧。

 あれ、俺もしかしなくても心配してくれる人すらいないんじゃ……? いやそもそもこんな化け物みたいな見た目で帰れるわけもないじゃんか。そうだよ俺、どっちにしろ帰れないし帰る意味も…………



「……急に泣くな。なんだお前」

「俺、何も悪くないのにぃ……」

「はぁ?」


 全部、全部この「不運」のせいで、俺は何も悪くないのに。優しかった母親が自殺して父親はアル中虐待クソ野郎だったのも、子供の頃仲良かった友達が尽く転校したのも、何回もトラックに轢かれかけたり自転車がパンクしてたりしたのも鳥の糞落ちまくるのもおみくじが大凶しか出ないのも全部「不運」のせいなのに。


「うぇえ……泣きたい……」

「もう泣いてるだろ」


 男はそう言いつつもそこらに置いてあった布を取って顔に被せてくれて、優しさ耐性ゼロの俺はさらに泣いた。

 そんなにショックか? って聞いてくれているけども、俺が泣いてるのはそういうことじゃないんです。でも心配してくれるの嬉しくて涙止まらない。


 ……ちょっと色々な事がありすぎたのかもしれない。急に異世界に連れてこられただけでもキャパオーバーなのに、あの()()のせいで落っこちて、その衝撃で死にかけて、助かったと思ったら人間じゃなくなってて、ここは召喚から二千年も前で。一日で起きるにしてはあまりにありえない事だらけだったから、さすがに精神が耐えられなかった。だから別にこんな時くらい、泣いたっていいだろう。


 えぐえぐと子供のように泣く俺を、男は少し面倒そうにしつつも落ち着くまで待っててくれた。

 何だかんだクールぶって排他的に振る舞いながらも非情になりきれない、そんな印象を受ける男だ。整いすぎた見た目のせいで人間みが薄いだけで、ちゃんと優しい人なんだろう。多分。

 自信がないのは今までの発言とこの部屋の惨状のせいだ。優しい人は人間を標本にしたりしない。

 けれどまあ、悪い人でもなさそうではある。不器用そうな人だけども。そういえば、ちゃんと名前聞いてなかった。


「あの、名前って、聞いて、も?」


 しゃくりあげながらの今更の質問。ベッドに腰をかけていた男は、僅かに片眉を上げた。


「カルウェイドだ」

「…………え?」


 大きく心臓が鳴った、気がする。なぜって、聞いたことのある名前だったから。

 そうだ。俺はこの名前を知ってる。あの「声」が俺達に説明した話の中に、彼の名前があった。

 涙も引っ込んで呆けた声を上げた俺を男、いや、カルウェイドは訝しそうに目を細めて見ている。


「か、カルウェイド・シュヴェルグさん、ですか……?」

「……そうだが。どこかで俺を知ったか?」


 やっぱり、と思う気持ちと、嘘だ、と認め難い気持ちが綯い交ぜになる。

 だってそんな偶然があるだろうか。そんな事が……いや、違う。偶然じゃないだろう。だって俺は、()()()()から。

 最悪か。そうかもしれない。何故よりによってこの人なんだ。俺は普通に暮らしていきたいだけなのに。


『皆様方には、わたくし達の世界を魔王から救っていただきたいのです』


 あの声。「時の回廊」と呼ばれる、カルウェイドが時空間の狭間と呼ぶ場所で言われた、あの言葉。

 ああそうだ。俺は覚えている。言われた言葉も、その名前も。


『わたくし達の世界には十三の魔王が存在しています』


『誰もが強力な力を持っていますが、その中で最も強い力を持つ魔王』



『《最古の魔王》カルウェイド・シュヴェルグを──』



 綺麗な顔が疑問に歪んでいる。無造作な黒髪がかかって、静かに感情を浮かべる黒い瞳が俺を射抜く。

 最も美しく、最も強く、最も残虐な魔王。


 未来の魔王、カルウェイド。それが俺を救った男の名前だった。



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