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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
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魔術師の小屋で



 目が覚めた時、何とも言い難い違和感が身に付きまとうのを感じた。

 倦怠感や僅かな痛みとか、そういうのじゃない。もっと、俺の体に異物が入り込んでいるような。根本から何かが変わってしまったかのような違和感。

 いや、どうも要領を得ないな。奥歯に何かが詰まったような気分だ。釈然としない。


 唸りながらもとりあえず体を動かそうとして、それができないことに気が付いた。

 体に力が入らない。いや、それもあるけどなんか、何かに阻まれてる。

 恐る恐る目だけで下を見てみれば、包帯でぐるぐるに巻かれた手足が、ベッドに固定されているのが目に入った。日常ではついぞ見る事のない、精神病患者とか凶悪犯とかを映画でベッドに括りつけるベルトのようなあれである。それが俺の手足を括りつけているのだ。逃走防止か、あるいは抵抗を加味してか。


 そんなヤバさましましな状況にひっ、と喉から小さな悲鳴が漏れた。ついでにどうにかこうにか動かそうとした体が思うように動かないことも俺の不安を増長させる。

 怖いし全身包帯だらけだし何がどうしてこうなってるのかも分からない。そもそもどこだここ。何でこんなことになってんだよ。

 なんと言ってもこちとらちょっと運が悪いだけの至って普通の男子高校生なのだ。不良やヤクザに絡まれることは数あれど、こんな人体実験でもされそうな状況は初めてである。一般的な感性を持つ身としては、今すぐにでも逃げ出したいシチュエーションだ。


 さすがに命の危機を感じ慌てて視線を動かして見てみるに、ここはどこかの小屋の中のようだった。しかも、物語で出てくる魔法使いとかが住んでるような。見るからに怪しい雰囲気が醸し出ている。

 俺の寝かされているベッドの他に、何やら怪しげな薬品に蠢く植物。薬草らしきものや液体漬けされた見たこともない動物の死体。

 ……よく見ると生きているものもいくつか混ざっている。壁には明らかに人の形した化け物みたいな標本が飾られて……って人間もあるぞおい。人間の標本があるんだけど!

 完全に怪しいどころか危ない場所じゃねぇか。俺、何でこんなやばいところで寝てんだよ。実験道具にされる末路しか見えないぞ。

 もしやまたヤの付くような人たちに目を付けられて知らないうちに誘拐されたのか? もしかして内臓か? ついに内臓売られてしまうのか!?


 そう一人で戦慄していると、ドアの空く音が聞こえた。察するに、俺をこのベッドに縛り付けたこの小屋の主だろう。つまりは危険人物。

 やばいぞ、このままだと内臓を取られたあげく怪しげな実験の道具にされて、最後には標本にされてしまう!


 動揺した俺は何とか逃げようともがいたのだが、元々体に力が入らない上にベルトはどんだけ頑丈なのか、外れる気配さえない。しかも下手に動いたせいでベッドがギシギシと音を鳴らしただけだ。

 わ、っと思う間もなく入ってきたらしい人物は俺が起きたことに気づいたようで、すたすたとこちらに歩いてくる足音が聞こえてくる。それをベッドの上で震えながら待っている俺は固まっていることしかできない。


 終わった。俺はこれからモルモットのように扱われて死んでいくんだ。それか一生実験動物として飼われていくんだ。せっかく助かったのに…………ん?

 助かった、という文言に首を傾げている間に部屋の主は傍に来ていた。黒いマント、いやローブというのか。それを着た人物の顔を自然と見上げるように見て俺は──固まった。


「起きたか」


 俺を一瞥したその黒い男は興味なさそうに声をかけてきた。どこかで聞いたことのあるような声だったのだが、そんな事を考える余裕は俺にはなかった。

 間の抜けた顔で見上げる俺を、その男──恐ろしいほどの美形の男は、静かに見下ろしている。


 俺だって現代日本に生きる人間なのだから、美男美女とかいう人間もテレビとかで見る機会がある。特に映画を観るのが好きだったから、海外の美人女優とかも何度も見たことがあった。


 だがなんだこの衝撃は。はたしてこんな顔のいい男がいていいのか。

 怜悧な黒い瞳も、細い眉も高い鼻も、これでもかというほどの完璧な配置。短く切られた濡れ羽のような黒い髪は多少乱れているが、それを補って余りある見目の良さ。

 正直さっきまで感じてた恐怖とか焦りとか全部吹っ飛んでいった。ギリシャの彫像もびっくりの美しさである。今まで見てきた綺麗な女性の顔が全部霞んで塵になるレベル。

 眉目秀麗という言葉をこれほどなく体現した存在が、そこにはあった。


 あまりの驚愕で呆けた俺を、神もかくやという美丈夫は怪訝そうな顔で見ていた。彫像のような浮世離れした雰囲気だが、そのいやに人間臭い表情が逆に安心する。

 しかし男は俺の反応はわりとどうでもいいらしく、馬鹿みたいに口を開いて動かない俺を無視してベッドに横たえられた体の方に目を向けていた。


「拒否反応が出る可能性を考慮して拘束している。稼働検査のために一度外すぞ」


 稼働検査、と言った男は、俺を拘束するベルトに手を近づける。とたん、かちゃりと音がして腕が自由になった。

 一体どんなカラクリか。手を近づけただけでロックが解除される器具なんてハイテクもいいとこだろ。認証センサーでも搭載されてんのか? それにしては速いというか、そんな感じはしなかったし、むしろ不思議な力でも使ったかのような……と思ったところで、俺はここまでの経緯を思い出した。


 そうだ、俺、()()()()()()()()()んだった。

 しかも俺だけじゃない。俺の他にもクラスメイトが召喚されたんだ。それでよく分からないところで説明を受けてるときに()()()()()()()、大けがを負った俺をこの人が助けてくれた。

 そうだった。思い出した。生きたいと願った俺に、手を差し伸べてくれたのはこの人じゃないか。

 森で死にかけていた時の事を思い出して俺は納得した。

 

 それならこの部屋の様相にも説明がつく。

 恐らくこの人は魔法使いとか、その道の研究家で、ここにいるのはその研究の為の異世界の動物なのだろう。あまり動物実験とかは現代人の感性からは受け入れ難いが、現地の価値観にとやかく言う謂れは俺にはない。

 だから、多分あの人間っぽい標本も、きっと人間に似た別の何かなのだろう。俺を助けてくれた人が人間を実験に使うなんて極悪非道な事はしないだろうし、この人も人間っぽいし。見た目は人間離れしてるけど。


 ならさっきのベルトも魔法を使った道具なのかな、と目を向けると丁度すべてのベルトを外し終えたところだった。どうやら逃走防止とかの意図ではなかったようだ。

 さっき拒否反応がどうとか言ってたが、あの怪我だ。内蔵移植とかしたのだろう。内蔵提供させられる覚悟をしていたのに、まさかの提供される側だった。


 何はともあれ見ず知らずの俺にここまでしてくれるとは、なんていい人なんだ。とりあえずお礼を言わないと。


「あの、」


 声を出して、思わぬ違和感に口が止まった。

 あれ、俺の口ってこんなに大きかったっけ。口を開いた感じが、記憶にあるのと違う。思っていたよりも横に長いというか、人間の口ってこんな()()()()まであったか?

 首を捻る俺を男は無表情に見下ろしている。その冷たい視線にどこか不安を煽られて、そのせいか乗り物酔いのような酩酊感が襲ってきた。顔色の悪くなった俺を見る男はふむ、と顎に手を当てている。


「視力の方は問題なさそうだが、少し性能が良すぎるか」


 何の話だろう。気持ち悪さに耐えていると、しげしげと観察していた男はふいと俺の顔から目を離した。一体何がしたいのか、男はそのまま包帯の巻かれた左腕を手に取る。


「取るぞ。あと酔うなら左目をつむっておけ」

「え?」


 聞き返したが男は反応せずにそのまま包帯をほどき始めている。仕方なくよく分からないまま左目をつむれば、先ほどまで感じていた酩酊感が収まった。何だったのかと思いつつも、ほっとして包帯の取れた左腕を見た俺は、閉じた目を思い切り見開いた。


「ひいっ!?」

「おい、動くな」


 思わず跳ねた体は男に抑えられ、ついでに左目を開いたせいでまた酔ってきたが、もはやどうでもよかった。


「な、なん、なっ、」

「何が言いたいんだお前は」

「なっ、なんだこれ!!」


 叫んだ。思いきり。

 男が煩わしそうに目を細めているが、自分の左腕の位置に付いている()()()()()()()()を見てわなわなと震えている俺にはそれどころじゃなかった。


 嘘だろ。なんだよこれ。俺の腕はどこに行ったんだ。なんでこんなものが付いてるんだ。

 言いたいことは山ほどあるのに、衝撃が大きすぎて何も口から出てこない。


「リザードマンの腕だ。ちょうど小柄なのがいたからな。それでも少し大きいが」


 パクパクと口を開くだけの俺に腕を持ち上げたり曲げたりしている男は的外れな返答をする。違う。俺が聞きたいのはそういう事じゃない。


「ちがっ、俺の、俺の腕はどこ行ったんですか!?」

「捨てた」

「捨てたぁ!?」


 衝撃的どころの話じゃない。俺が寝ている間に俺の腕が捨てられて、得体の知れない生き物の腕に取り替えられていたなんてどんなドッキリだよ。笑えねぇよ。

 一方男は俺が叫んだことが気に食わないのか、不機嫌そうに顔をしかめていた。


「捨てたと言ってもお前を拾った所にだ。あんなバラバラに砕けた物体、いくら俺でも治せん」

「バラバラ……」


 想像してゾッと背筋が凍った。自分の腕がバラバラになって森に落ちてる。ドッキリどころかホラーだ。ニュースで見た猟奇殺人を思い出す。

 ハイになってたのが落ち着いたからか急に吐き気がしてきて、慌てて左目をつむった俺はハッ、と他の手足を見た。包帯が巻かれてるけど、もしかしてこれらも。


「右側は元のままだが、左足はくっ付けた」

「……」

「エルフの足だ。見るか?」


 問われて少しだけ戸惑ったけど、おずおずと頷いた。どんなことになっていても、それでも俺の一部だから気になる。

 そうして男が包帯を外していくのを固唾を飲んで見守っていたのだが、はたして出てきたのは人間の足だった。俺のより幾分か白くて滑らかな肌のしなやかな足だが、確かに人間のような足。さっきのリザードマンの手が衝撃的だったためか、些か拍子抜けした気分だ。


「お前の体格に合うのがそれしかなかったから付けたが、相性が悪い。替えが見つかるまでなるべく包帯は外すな」


 言いながら、男は包帯を巻き直していく。白い肌を白い包帯が覆っていくのは、やはり変な気分だった。


「包帯に動作補助の魔術をかけてあるから歩くことはできるが、間違っても走ろうとは思うなよ」

「……どうなるんですか?」

「取れる」

「とれ……っ!?」


 男は顔も見ずに作業を行うだけで、冗談を言っている気配はない。俺は絶対に走るまいと誓った。


 次に男は服(この世界のもののようだ)を捲って腹の包帯を外したのだが、多種多様な色彩がぐちゃぐちゃに混ざっていてよく分からなかった。特に左側が酷い。男曰く、中はもっと大変なことになっているらしい。あまり知りたくなかった。

 俺は色んな方向に引き攣れた、カラフルな腹から目を離した。




 ……俺の体が人間ではなくなってしまった。

 神妙と頭の中で吐き出された言葉は、この状況を端的に言い表すものであったと同時に、俺のどうしようもない諦念と喪失を伴う空虚さを表すものでもあった。

 何が言いたいかと言うと、疲れた。理解し難い現実にもそうだが、驚くのに疲れた。もう俺は一生分驚いた。これ以上の驚きはもういらない。今すぐ寝たい。


 だけれども、まだ言わなければならないことがある。俺は一度飲み込んだこの言葉を、もう一度口にした。


「えっと、あの、ありがとうございます」


 しかして視線をさ迷わせながらお礼を言った俺に、黒衣の男は訝しそうな視線を向けた。

 確かにこの男のせいでとんでもない体になってしまったようだが、それも俺を治療するためなのだろう。日本でも遺伝子治療が進歩して皮膚移植とかするようになったし、腕や足の移植も大して変わらない、はず。

 ならば命の恩人に礼を言うのは当然と言う心からの言葉だったのだが、男はその綺麗な顔を小さな疑問に歪めている。


「お前は俺の実験の為に連れ帰ったんだ。道具に礼を言われる謂れはない」

「ど、道具……」


 ひくりと頬が引き攣った。さすがにその言い様は予想外だ。さっきまでモルモットだのと考えていたが、もはや生き物ですらない。


「悪魔の素体まで使ったんだからな。役目は果たしてもらう」


 そう言われては何も言えなかった。そもそも俺があの時「生きたい」と答えて、彼はそれに応えた。それがどんな形であれ、文句など言える立場でないだろう。

 その上希少な素材まで使ってくれたというのだから、ここは甘んじてこの男の言う道具に成り下がろうではないか。

 そこまで考えて、あれ、と小首を傾ける。


「悪魔ですか?」


 今までの話しに悪魔なんて出てきたか? それとも腹のよく分からない部分に使われているのか。

 しかし男はそんな俺の反応が意外だとばかりに平然とのたまう。


「お前の左目に埋まっているのは中位悪魔の眼球だぞ」

「え゛」


 濁った声が出た。それは、一生分の驚きを一日にして体験したはずの俺に、さらなる驚きを与える言葉だ。


「まっ、待ってくだ──うわっ」


 思わず跳ね起きた俺はしかし、動かそうと思った左腕が動かず、バランスを崩して左側に倒れこんだ。

 そうだ忘れてた。俺の左腕はまだ付けたばかりなんだから、リハビリもなしに動くものか。何となく、魔法的な力で付けたというからすぐにでも使えるものだと思ってしまったが。


 いや、そんな話はどうでもいい。今はそんな事より、確認しなければならないことがある!


「あの! か、鏡ありますかっ!?」

「……自分の姿を映し出すものが欲しいという事か?」


 胡乱な様子だったが男は何事か呟くと、俺の目の前の空間が突如歪み始めた。驚く間もなくその歪みは丸く象って、その中に俺の顔が映し出される。

 鏡を造る魔法。初めて見た魔法に感動するのも束の間、俺はその中に映る自分の顔に絶句した。


 包帯の合間から覗く白目の部分が黒い、赤い虹彩の瞳。明らかに人の目じゃない。おまけにものすごく長い尖った左耳に、頬まで裂けた牙の生えた口。


「う、うそ……嘘だ……」

「ハイエルフの耳にセイレーンの口だ。皮膚は人間のものを張り付けた」


 どこか自慢げな男の声も届かないほど、俺は鏡の前でただ震えていた。

 ギザギザに並んだ牙がずらりと並んでいるのを見て、気が遠くなるのを感じながら。



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