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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
10/20

好奇心は己を殺すか



 魔術が失敗した原因はすぐに分かった。呪文が正しくなかったからだ。


 俺はカルウェイドがいつものように「火よ」と言っていたと勘違いしていたが、実のところ普通の言葉ではなく魔術言語と呼ばれる言葉で話していたらしい。それを俺が《言語理解》を介して聞いていたせいで、普段の言葉、つまり日本語として認識していたのだ。そのため俺は普通に「火よ」と日本語で唱え、その結果魔術は不発に終わった。少し考えれば分かる事だった。


 そして原因が分かれば話は早い。

 カルウェイドは真っ先に魂から定着させられたスキル(正確にはスキルを構築していた術式)を引っぺがすと、さっきの魔術式の時のように頭に直接言語の知識を植え付けた。公用語と魔術言語の二通り。

 あまりの痛みに意識が朦朧としていたこの時ばかりは、この男に殺意を覚えた。


 ちなみにスキルの術式は引っぺがされてすぐカルウェイドに解体されたのだが、余程すごかったのか術式を弄り回しながらそれはもう喜んでいた。大喜びだった。


「ふむ……てっきり一つの言語データを組み込んで相互翻訳をするものだとばかり思っていたが、まさか全知の記録書(アカシックレコード)を間に挟むことで翻訳を行っていたとは。確かにこれならどんな言語形態、それこそ異界の言語だろうと問題なく訳せるだろがな。いや、すごい。スキルに埋め込めるものだというのも驚きだがこの発想がまさに天才のそれだ。それにこの術式……緻密でいて無駄がない。未来には相当な賢人がいるらしい。惜しむらくはその賢人が十中八九人間だということか」


 ベタ褒めだ。恐ろしいくらいに。というかこんな楽しそうなカルウェイドは初めて見た。

 自分以外の生物などどうでもいいとすら思っていそうなこの人が……俺だって「その辺で拾ったゴミよりは幾分かマシな生き物」程度にしか認識されてないのに。俺も〝人間〟いう括りで見られてる以上仕方ないことなのかもしれないけど。いや、俺が未だ人間なのかは怪しいところだが。


 そしてスキルを調べるために文字通り()()()()()()()()()()()()俺は、朝食のサンドイッチの残骸を吐き出して楽になった体を寝台(手術台)に横たえていた。もう一歩だって歩ける気がしなかった。


「なるほどこれでアクセスコードを省略しているのか。やけにスムーズに動作していると思ったらそういう事か。……これは思考透過術式か? 確かに喋るごと二つの言語に板挟みされるのは精神負担が大きいが、わざわざ術式を圧迫してまで入れる必要は……いや、違うな。そのまま翻訳をすれば全知の記録書(アカシックレコード)を直接介すことになる。これは使用者の霊魂の損耗を抑える為でもあるわけだ。すごいなこれは。たった一つの術式にこれだけの情報を……神が造ったとしても驚かんぞ。異界の人間を呼び寄せる術式を作り出すだけの事はある」


 ……あー、お腹空いたなあ。嬉しそうな独り言を聞き流しながら心中でぼやく。

 せっかくつくったサンドイッチはさっき戻しちまったし、残りは食堂に置きっぱなしだ。取りに行けばいいんだろうけど、でも今は一歩も動けそうにない。肉体的な話じゃなくてなんというか、こう、精神が……疲れた。


 これだけ短期間で濃い体験をしていればそれは当然だ。新しい生活はそれだけでストレスが溜まるもの。その上ここはそれ以上にストレスの溜まる要因があるのだから尚更だ。

 さっき見たら《精神汚染耐性》とかいうのが5から6に上がっていた。ここにいて生活するだけで精神力ゴリゴリ削られることがスキルによって正式に認められているわけだ。そりゃあ何もしたくなくなる。窓ないし。

 ちなみに《痛覚耐性》は6にまで上がっていた。幼少期クソ親父にぶん殴られ続けても2だったのに。これはもはや虐待の域……いや、カルウェイドは親じゃないからいじめ、と言うと軽く感じるな。でもそれ以上に適当な言葉なんて……。


 少しだけ考えた。そして、拷問、という言葉が浮かんだ辺りでやめた。これ以上は俺の心情的に良くない。



 複雑な心境でため息を吐く。少し離れたところではカルウェイドが相も変わらず文字列を滑らせながら唸っていた。

 余程の大発見だったようだ。いつもは石像よりも能面な顔を張り付けてるくせに、子供みたいにはしゃいでいる。あれで実年齢1000年越えのご長寿だというからなあ。実際のところ何歳かは知らないけど。……でもそれは《鑑定》を使えばすぐに分かる事なんだよな。


《鑑定》は決して自分の情報を見るためだけのスキルではない。物を見ればそれがどんな効果があるかを知れるし、人物を見ればその人が誰でどんな能力をもっているのかを知ることができる。

 一度目の前でカルウェイドが俺に使っていたのを見たのだが、本人に見えているであろう文字列は俺には見えなかったし、特に何かをされたという感覚もなかった。つまり本人に気づかれずにこっそり調べることも可能なのだ。やらなかったが。

 と言っても、単純に本人の素知らぬところで勝手に情報を盗み見るのはルール違反な気がして見なかっただけで見ようと思ったことは何度もある。世界最強(予定)の力がどんなものか気にならない奴なんていないだろう。中高生くらいの男の子なら尚更だ。いや、別に男でなくとも気になるはず。


 そう、思っていたのだが。


 ──カルウェイドは好き勝手してるのに、俺だけ遠慮したり空気読んだりとか、なんか理不尽じゃね?


 と。つまり八つ当たりだ。我慢の限界が来たのだ。


 第一に当人から《鑑定》禁止と言われていない。今までやらなかったのはあくまで「常識的な現代に生きる」人としての良心からだったが……この男相手に常識とか良心とか使うのも馬鹿らしくなってきた。この男自身がそれとはまさに正反対にいるようなものだし。魔王だし。


 別にいいかなあ、という気持ちが湧いて来る。というより、言い訳を募ることで好奇心を正当化していた。少しくらいはいいだろう、という気持ちを抑える事をやめたのだ。

 そして俺はそのまま、少しの期待と緊張の合間った高揚を感じながら未だ術式を解体しているカルウェイドに照準を合わせると、心中で《鑑定》と唱えた。

 稼働したスキルは目の前の人物の情報を一瞬で読み取ると、それを文字として処理をし、精査された情報が空中に映し出され──バチリ、と音がして、弾けた。

 否、()()()()


「っ、……!?」


 何が起こったんだ? 誤作動、いや失敗? そんなわけない。途中まではしっかりと表示されていたのに!

 息を飲む間もない。うろたえる俺へ、さっきまで術式を弄りまわしていたカルウェイドが苦々し気に振り返る。その顔は俺が《鑑定》をしたことに気が付いていた。気付いた上で、スキルの干渉を()()したのだ。


「……油断した」


 苛立たしげな声音だ。

 カルウェイドは吐き捨てるようにそう言うと足早に近づいてくる。常よりさらに皺の刻まれた眉間を見るまでもなく全身から怒気が漂っている。勝手な行動をしたペットを叱るなんてものではない。そこにあるのは明らかな怒りの感情だ。

 俺は何も言えなかった。そんなに怒ると思わなかったとか、勝手な事をした謝罪とか、口に出そうとした言葉が全て(つか)えて出てこない。初めてカルウェイドから向けられた明確な敵意に恐ろしく喉が渇いて、全身が干からびたかのように動かなかった。


「どこまで見た」


 手術台のすぐ傍まで来たカルウェイドは固まる俺を見降ろしながら問うた。無機質な黒の瞳がいつも以上に冷たかった。


「あの、えっと……」


 テンパってよく分からなくなる。言葉が頭の中で何度も繰り返されては消えていく。結局口から出てきたのは言い訳だかよく分からない言葉で、しかも覚えたばかりの言語を引っ張ってくることさえできずに口から出るまま日本語で答えていた。

 駄目だ。ちゃんと答えなきゃ。

 そんな思いが浮かぶも相殺されたその時、ものすこい圧力が頭上から押し潰さんばかりに落ちてきた。

 魔力灯の明かりが一瞬で弾け飛び、室内に暗がりが降りる。カルウェイドはただ俺を見下ろしている。


「余計なことは言わなくていい。〝Antworten(答えろ)〟お前はその()で、どこまで見た」


 恐ろしいくらいに静かな声が、魔力を伴って俺の脳へ入り込んでくる。それは乱雑にとっ散らかっていた考えを一瞬で鎮めると、妙な強制力をもって俺に言葉を吐き出させた。


「魔法適正欄まで見ました」


 自白の魔術だ。精神操作系の、魔法で言えば黒魔法に属する人族社会では禁術とされるものの一つ。

 それを躊躇なく使ったカルウェイドは、思っていたよりも冷静に俺の言葉を聞いていた。俺が許可もなく見たことにもっと怒ると思っていたのに、何もなかったようにいつも通りの仏頂面で俺の顔を見ていた。

 ただその目が、冷たい金属のような黒曜が、怒りとも落胆ともとれる、少しの寂しさを混ぜた如何ともしがたい感情を写しているように見えたのは気のせいだろうか。


「そうか」


 一言、そう言った。


「それはさぞかし、失望したことだろうな」


 カルウェイドの言葉は侮蔑的でありながら、自嘲しているようにも苛立っているようにも聞こえる。

 失望した。何がだろう。分からない、が、聞く事ができない。

 未だ魔術に縛られている俺の口は頭の中と切り離されたようだった。


「魔王だか何だか知らないが、俺は所詮この程度の男だ。生物としては欠陥品、何をしてもこの()()が俺に纏わりつく。決して最強なんかにはなれないし、なれたとしても……」


 それだけ言って、カルウェイドは口をつぐんだ。ぎり、と噛みしめられた歯が彼の心を如実に表している。それが悔しさなどではなく、殺意だったことはカルウェイドらしくもある。何のことを言っていたのかは分からないが、やはり彼は魔王なのだと。


 しばらく黙っていたカルウェイドだったが、やがて顔を上げるとパチリと指を鳴らした。途端、口を戒めていた魔術がほどける。麻痺していた声が戻った。同時に部屋に明かりが戻る。異常な魔力にかき乱された地場が正常に戻ったらしい。


 それが終わるとカルウェイドは背を向けた。もう用はないと。

 部屋を出ていくのだろうけど、俺はそう言われているような気がした。


「あの」


 咄嗟に声が出る。そしてそれが日本語だったことにもすぐに気が付いた。何も考えていなかったから慣れ親しんだ言葉が出てしまった。けど引き留めようとした意思は伝わったようで、カルウェイドは歩を止めて振り返る。そこで、何も考えていなかったことに気が付いた。


 ただ言葉にできないだけで考えていることは単純だ。捨てないでほしい。それだけだ。

 遠い異国どころか異世界で頼る辺もない、というのもある。でもそれ以上に初めて傍にいてもいいと言われたのに、俺のせいでそれを失ってしまうのは悲しすぎる。きっと一生悔やむ。

 だから……どうすればいいんだろう。何を言えば許してくれる? いや、別に捨てられると決まっているわけではないんだけど。


 俺は少しだけ考えてから、慣れない言葉で続けた。


「さっきは、勝手に見る、ごめんなさい」


 知識で知っているのと実際に話すのは別だ。即座に最適な単語を持ってくるのも、文法を意識して話すのも一々面倒だし、特に発音やアクセントはそんなにすぐネイティブに近づけるわけではない。だから俺の()()舌ったらずな言葉にも、カルウェイドは少し眉を上げるだけで特に反応したりはしなかった。


「考え……配慮が、足りなかった、です。嫌な思いさせた……ごめんなさい」


 我ながらどうなのだろうという片言外国語だし、怒られてから謝るなんて子供かよって思うけど、カルウェイドは踵を返すこともなくその場で聞いている。俺を見る鋭い目が、それで、と続きを促しているように見えた。


「よく分からないけど……カルウェイドは強いです。魔王になる、から」


 あの時、「声」に連れてこられた空間で聞いたカルウェイドの話は、聞いているだけで恐ろしくなるものだった。名前を聞くだけで感じたあの恐怖は、並大抵の()()から感じるものじゃない。あれは間違いなく、最強とも言うべき強者から感じるものだった。

 それに……別称の欄に書いてあった()()は、どう考えても弱者が持っていていいものではない。今この時点で間違いなくカルウェイドは圧倒的な強者であるはずだ。

 そう思ってのことだったのだが。


 何がおかしかったのか、カルウェイドは俺の言葉を聞いて固まっていた。普段から何も映していないような濁った瞳が見開かれてハイライトが浮かんでいる。俺はそれを珍しいなと見つめていた。

 というか、カルウェイドでも驚くことがあるのか。てか何に驚いたんだ。


「……〝Antworten(答えろ)〟お前はあれを見てどう思った」


 と、思っていたらまた魔術を使われた。まじかよ、と思う間もなく俺の口は勝手に動き出す。


「この世界の人間は長生きだなと思いました」


 スキルの補助のせいかすべらかに発音された言葉は、確かに俺が鑑定結果を見て真っ先に思ったことだ。まじかこいつ嘘だろ、とも思った。


「…………そうか」


 そしてそんな俺の頭の悪い感想を、カルウェイドは重々しく受け止めた。そしてもう一度、そうか、と呟く。


「……そうかお前は、異界から来たのだったな」


 噛みしめるように言うカルウェイド。俺からしたら一番大事な所を忘れるなよと思うけども、カルウェイドからしたら少し面白い玩具くらいにしか思われてなかっただろうし、そんなものなのかもしれない。


 カルウェイドは一頻り頷いたあと、何かを納得したのか、


「言っておくが、人間は100も生きない短命種だ。()()()()()()は早々いないだろうな」


 と俺の疑問に答えたあと部屋を出ていった。さっきと違って嬉しそうに出ていった。


「何だったんだ……」


 残された俺は寝台に腰かけてため息をつく。分かったことと言えば危機は脱せたということと、もう二度とカルウェイドに《鑑定》を使ってはいけないということだけだ。よく分からないが、何らかの地雷があったのだろう。そして恐らくそれは、魔法適正のことだ。


「魔術使えんだから気にすることないと思うんだけどなあ」


 よく分からない。ぼふんと硬いベッドに背を預けて考える。俺が異世界人だから、だろうか。


 まあ何でもいいや。とにかく今日は朝から疲れたし、昼まで寝てしまおう。

 そう思って寝台に寝なおした俺は、何やら部屋の中が明るいことに気が付いた。魔力灯がついているからいつも明るい事には明るいのだが、それとは違う、自然の明るさのような。

 まさかと思って振り返る。そこはいつもよく分からない標本がぶら下がっている壁だ。しかしいつの間にかそこにあった標本は無くなっていて、代わりに小さな「窓」が付いていた。


「……なんで?」


 さっきまでは絶対になかったのに。部屋が真っ暗になった時の事を思い出す。それなのに、何で急に。また魔王の気まぐれか?

 俺は少しだけ首を傾げて、すぐにカルウェイドの考えは分からないなと寝ることにした。




──────


個体名:カルウェイド・シュヴェルグ

年齢:3022

種族:人間

別称:殺戮者、裏切者、探究者、現人神

魔法適正:()()


スキル:

 ────……




カルウェイドは人族内では最強です。

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