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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
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二千年後のプロローグ



 鳥が飛んでいる。


 悠然と青い空の下、緩やかに弧を描くその鳥は、ばさりと音を立てながら、眼下の戦場をその鋭い目で見下ろしていた。

 その姿は天空の王のごとく。美しい鳶色の毛並みを風に靡かせるままに、見つめ合う両軍の頭上で翼をはためかせる。



 二カ国連合軍対帝国軍。或いは、人族対魔族。

 永き時を経ていがみ合ってきた両者は、魔族領へとサレリナ山脈を越えた先、ワーマルド樹海に隣接する平原にて、歴史上類を見ない大戦の気配を色濃く漂わせている。


 片や人族国家最大の軍事力を誇るライセン帝国と、随一の技術力を持つネオラント王国の連合軍。その数、約四〇〇万。

 そして迎え撃つは世界最古にして無敗の王、唯一()()として魔王となった、《最古の魔王》カルウェイド・シュヴェルグ率いる魔族国家、アルムガルト帝国軍。その数、一〇〇万と少し。


 しかし、数倍以上の兵力差があってなお、魔族軍の浮かべる表情に焦りの色は見えない。それは強者故の絶対の自信か。それとも彼らの王への信頼か。

 どこか余裕さえあるその様子に、連合軍もまた負けじと顔を引き締めた。




「此度の戦いは、我々人族の悲願たる《最古の魔王》討滅の為の戦である!!」


 両者が睨み合う布陣の最前線にて、ライセン帝国将軍ローレンツ・クレンゲルの声が響いた。

 光り輝く鎧に包まれた引き締まった体躯と威圧感のある鋭い眼光は、彼が多くの死線を潜り抜けてきた事を物語る。


 馬のような生物に跨ったまま拡声器に乗せられた声は、戦場の遥か後方にまで届いていた。


「我々はこれまで、奴らの侵略に多くの同胞の命を奪われてきた。中には親しい人を奪われた者もいるだろう。数多の国家が滅び、幾多の夢も、希望も、奴らは踏みにじった」


 悲痛さの混じった声だ。事実悔しげに語るローレンツに、兵達は噛み締めるように頷いた。

 そして自分の声が届いている事を確認した彼は、打って代わり大きな声で、力強く続ける。


「しかし、それも今日までである! 今日、ここで! 我々はかの《最古の魔王》を討ち!! 長きに渡る敗北の歴史に、我々の勝利を刻むのだ!!」


 吠えるかの如きその憎しみと覚悟の叫びは、大きな歓声となってローレンツの元へと返ってくる。

 そこに国家の隔たりはない。同じ敵を前にした同志として、確かな繋がりがあった。


「いくぞ、人族の誇りをかけて! 我らには()()()()()()()()が付いている! 必ずや、悪しき魔族共を滅ぼすのだッ!!」


 その言葉に、湧き上がる声が確かな熱気をもって答えたのだった。




◇◇




「盛り上がっとるな」


 ここまで伝わってくる熱に、黒い鎧の大男は眉をひそめた。それは敵が団結し指揮が高まる事を厄介に思うというよりは、ただただ不快を顕にしただけにすぎない。まるで羽虫が飛び回っているのを煩わしがるように。


「蝿が何匹寄り集まろうと竜に勝てる道理もあるまいに……面倒じゃのう。いっそ一息に殺してしまうか」

「閣下、この()()が何のためかお忘れですか」


 陛下に怒られますよ、と口を挟むのは副団長を務める男だ。冷静に返す副官の言葉にしかし、黒鎧の男は鼻を鳴らす。


「分かっとるわ。儂が陛下のご命令を違えるわけなかろうが。冗談の通じん奴じゃのう」

「それは失礼しました。先走られた方いらっしゃるようなので、どうにも」

「先走るぅ?」


 何のことか、問おうとした男の耳に爆発音が鳴る。二発、三発と続いて黒煙を上げる明らかな作戦外の攻撃。人間共が「おのれ魔族!」「不意打ちとは汚い!」だのとうるさく鳴く声が聞こえてきた。

 ビキリと男の額に青筋が浮かぶ。こんな勝手をする奴には一人しか心当たりがなかった。


「あんの馬鹿は……ッ!!」


 舌を出して下卑た笑みを浮かべる男が瞼の裏で笑う気がした。

 黒鎧の男は副官を振り返ると、第二軍へ繋げろと大声で指示を飛ばす。

 そんな叫ばなくても聞こえるよ、と思いながら副官は腕に着けた魔導具を弾いた。途端、彼の目の前にホログラムが現れる。副官はその中から第二軍の連絡先を選び上司の前まで画面を飛ばした。


「…………」


 イライラと待ち続けること数秒。呼び出し続けていた画面は不自然に切れた。応答拒否である。


(あーあ)


 表に出さずため息を吐く副官。彼の見る先にはドス黒い息を吐き出す上司の姿があった。




◇◇




「おー、飛んだ飛んだ」


 遥か彼方に上がる黒煙を見ながら男は楽しげに笑っている。赤と黒の交じった髪と同色の目をニヤニヤと緩ませて軽薄に笑い、なおかつダラりと寝そべる様は戦場に立つ将校とは思えない呑気さだ。


「ねー閣下ぁ、ホントによかったの? あとで陛下に怒られない?」


 その隣で魔道砲の上に寝そべる少女が尋ねる。ちなみに彼女が寝転んでいる魔道砲は、ついさっきの攻撃に使われたものである。


「あー? いーんだよ、どうせご主人サマも終わる頃には覚えてねぇって。なら暴れたもん勝ちだろ」

「じゃあもっと撃つぅ?」

「いや、もう飽きたからいい」

「えぇー、閣下飽きんの早ぁーい。つまんな〜い」


 砲台の上で駄々をこねる少女。そこへ男の副官である女が歩いてきた。彼女の横には待機中の画面が浮いている。


「閣下、第一軍から予定外の連絡が来ました。恐らく先の『暇つぶし』に対するお叱りだと思われますが」

「無視しろ」

「かしこまりました」


 即座に画面が消される。魔道具を操作した女は「いつか罰当たりますよ」と言い残して去って行った。少しもこの場にいたくないと言わん態度である。

 女を見送った少女はニヤリと笑う。


「陛下は忘れてもヴァルト閣下は忘れないだろうね」

「ハッ。主ならともかく、あんなジジイに負かされるほど落ちぶれちゃいねぇよ」

「もー、閣下ってばぁ」


 言葉とは裏腹に楽しそうに笑う少女。不自然に開いた瞳孔がにんまりと弧を描いた。


「んふふ、どっちがジジイだよ」

「ひひ……言葉には気を付けろよ、クソガキ。てめぇの主人が誰か忘れたわけじゃねぇだろ」

「少なくとも閣下じゃないけどね。あーあ……」


 ぼそり。少女が小さく呟いた言葉も男は聞こえていたが、それには答えず上空を仰ぎ見る。大きな鳥が晴天を横切っていくのが見えた。男の背後、魔王の座する目に見えた囮(ハリボテの城)へと。

 やっと始まるのだ、数百年かけたイタチごっこの終わりが。男はくふくふと笑い縦に切れた瞳孔をきゅうと細めた。

 男はそれほどこの世界の行く末に興味はないけれど、彼の主人が何かを望むのならそれに従うだけだ。そこに彼の意思は存在しない、が。


「……きひひ」


 随分と長い休暇になったもんだ。男は呟く。それを少女が静かに見つめている。




◇◇




 鳥が飛んでくる。茶色く大きな鷲だ。


 そいつは砦の上空で一度緩やかに旋回すると、大きく開けたバルコニーから室内へ入ってきた。そして翼を使って器用に俺の腕へと止まってみせる。相変わらず器用な奴だ。

 そいつは腕に止まるとグルゥ、と一声鳴いた。


「グルル……」

「分かった」


 報告に小さく頷くと、そいつは再び空へと飛び立って行った。


「隊長」


 背後に立つ灰色の髪の耳の長い少女が言った。その隣には桃色の髪の少女と金髪の青年が準備を終えて立っていた。


「配置はすべて滞りなく。必要な魔力も三十分もあれば溜まります」

「王都の方は」

「今連絡入ったよ。結界も上手く起動したって」


 桃色の髪の少女が魔道具を振って答え、金髪の青年に目を向ける。青年は閉じていた目を開くと一つ頷いた。


「問題ないです。敵軍の位置も予想内の範囲です」

「──だそうですよ、魔王」


 俺は口元に口を模した仮面を付けるとバルコニーから戦場を俯瞰する、男へと振り返った。

 外から吹く風に煽られた濡れ羽のような黒髪が流れ、陶器のような白く端正な顔がこちらを向く。金糸の刺繍が施された真っ黒なローブが静かに揺れる。

 その人外みちた容姿も、それを台無しにする眉間の皺も、二千年前から何も変わらない。俺が俺として生まれ変わってから、ずっと傍に仕える事を誓った人。


「準備も終わりましたし、さっさと始めましょう」


 その言葉に魔王は無言で頷くと、小型の魔道具を口元に持っていった。


「始めろ」


 そのたった一言。しかしそれは、この何万もの兵を動かす言葉だ。


『了解した』


 その向こうから聞こえるのは第一軍団長の声。次いで、大地を揺るがすほどの振動が戦場を支配する。城壁展開魔法、魔導生命体による進軍、疑似戦域結界(バトルフィールド)の構築。

 慌ただしく推移する戦場の中において、それでも彼らの雄たけびは泥臭くも空気を揺るがす。


 俺はそれを聞きながら、背後で命令を待つ部下たちに振り返った。


 この先に待つのは人族の勇者。

 かつて故郷を同じくし、この世界で再開した友人。親友だと言ってくれた、あの青年を。






 ブライト大陸歴2699年、春。


 ライセン=ネオラント連合軍とアルムガルト帝国軍の間で起こったこの戦争は、後の大戦への引き金となる。



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