カーリング部を作ろう
鹿児島県薩摩川内市、人口約10万人、数年前に合併され、川内市から薩摩川内市に名称が変更された。九州二番目の原子力発電所があることで有名な街である。
私は、この街で生まれ、育った。田中緑、16歳、高校一年生。
毎朝、30分のランニングをするのが日課で、今日もランニングを行ってます。
ふぅ~、やっと家に着いた。玄関からではなく、横の出入口のノブを握ると中から声が聞こえてくる。
「あっお姉ちゃん、帰ってきた」
(何故わかる、エスパーか)
「ただいま」
「おかえり」
すぐにシャワーを浴び、制服に着替える。
こういうとき、ショートヘアーは時間がかからないので楽で良い。
リビングに行くと家族全員集まっており、朝食を始めている。
我が家は父、母、おばあちゃん、妹、黒先生の五人家族と猫一匹、
妹が、昨日の残り物のカツ丼を食べている。
(朝からよくカツ丼食べれるな)
「いただきます」
私は、ご飯と味噌汁、高菜を食べる。
(やっぱり朝は、和食にかぎる。)
「まだ豚カツ残ってるけどみどりも食べる?」母が豚カツを勧めてくる。
(どんだけ豚カツ作ってるんですか。お母さん、作りすぎだよ。)
「私は、いらない」
「お母さん、私食べる、またカツ丼にして」
「はい、はい」
(まだ食べるのか)
私の妹は中学三年生、来年から私と同じ川内女子高等学校に通う。
志望動機は、お姉ちゃんと同じ学校に通いたいから。妹よ、可愛いやつめ。
私の妹は可愛いけど少し天然である。
この間も日本が女子カーリングで銅メダルを取ったとき「高校に入ったら、カーリング部に入る」みたいなこと言ってたが、あんたが行く高校にカーリング部はない。
おっともう学校に行く時間だ。
「行ってきます。」
私は、自転車に乗り、家を出る。
学校まで自転車で約30分、学校は、山の上にあり、かなりの坂になっている。帰りは楽だけど行きはかなりつらい。何でこんな山の上に作るかな。
学校に着くと私は、職員室に入り、担任の松元先生の席の前に行く。
「松元先生、あの件、どうなりました?」
「田中さん、カーリング部を作るには、四人の部員と顧問が必要になります。まずはカーリング同好会ってことで」
「わかりました。先生、あと顧問になってください。お願いします」
「ごめんなさいね、私、吹奏楽部の顧問してるから」
すぐに断られた。これぐらいで私は、諦めない。
「先生、世の中には吹奏楽部と軽音部とかテニス部とカルタ部を掛け持ちしている先生もいるんですよ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないから、ただでさえ先生って職業は、ブラックなんだから、掛け持ちなんかしたら先生、過労死しちゃう」
やっぱり駄目か
「そうだ、来年から来る新しい先生に頼んでみたら、確か北海道出身の先生がいるからカーリングも詳しいかも」
(これは、神の導きか、全国大会行けるかも)
「あとちょうど茶道部が今年で廃部になるから部室として使って良いわよ、許可を取っといたから」
「先生、有り難う、大好き」
私は、カーリング部を作ることにした。
私の妹、名前は花梨、スポーツ万能で小学生の頃、一緒に地元のサッカークラブに入った。
最初は私の方がうまかったが、妹は凄い成長し、私が卒業する頃にはドリブルもシュートも桁違いだった。
中学の頃も、私がバスケット部に入っており、妹もバスケット部に入ってきて、あっという間に私よりうまくなってしまった。
あれを才能と言うのかも知れない。
どんなに頑張っても妹にすぐ追い越されてしまう為、高校に入った私は、バスケットをする気になれなかった。
妹は、才能があるもののサッカー部でもバスケット部でも部内で揉め事があり、もうつまらなくなったと言って途中で辞めてしまった。
妹がまたスポーツを始めようとしている。
私は、また妹とスポーツを楽しみたい。
もう妹より下手でもかまわない、あいつは天才だもの。
凡人の私がどんなに頑張っても勝てない相手。
今度は純粋にスポーツを楽しみたい。
結局、私は、身体を動かすのが大好きだから。
放課後になり、私は、茶道部の部室の前まできた。中から変な音が聞こえる。
何かいる、
私は、思いきってドアを開けてみた。




