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遠洋漁業の船上で

ああ、仕事を終わって帰ったら、飯食って寝てしまった~!

毎日更新、ふふ、見果てぬ夢であったわ!こんちくしょう!

 読んでくれている皆さま、すんません。申し訳ありません。

でも、始末書は書くつもりは毛頭御座いませんので、あしからず。


では、続きをお楽しみくださいませ。


追伸、明日も仕事ですんで、寝ます。


 クジラハ、トレマシタカ。


 マグロ捕りに来てんだよ!



 見知った外国の補給船から、いつものからかいの言葉が無線機から届く。


 海に出てからこっち、乗組員以外の声が聴けるのは、船に搭載している短波無線機とラジオテレタイプから流れて来る声くらいなのだから、退屈しのぎには丁度いい。


 うちが乗り込んでいるのは、就役から二十五年目の総トン数二百六十二トンのくたびれたマグロ漁船だ。


 海が荒れているが、予定通りに合流出来るのか?


 ダイジョウブ、コレクライ、マチガイナイヨ。


 嘘つけ、この間は半日も遅れでしょうが。


 うちは突っ込みを躊躇なく入れる。


 ダイジョウブ、ダイジョウブ。ソレヨリ、クジラハトレタカ。


 だからマグロだよ!!


 しつこい相手船の通信士に再度突っ込みを入れて、半分残ったコーヒーを一杯啜った。


 ここは日本の領海を離れること八千カイリ、北アメリカ大陸の沖合にあるキハダマグロの漁場だ。


 上空から見れば木葉同然の漁船を操り、船倉一杯にマグロを載せたうちらの船は、上下左右に翻弄されながらも、太平洋の大海原を合流海域に向けて疾走している。


 あいつら、本当に大丈夫かね。


 この船では去年から通信士兼甲板員として働いているうちは、こう見えても十代のころから船乗りの、女だ。


 十年、こんな小舟にばかり乗り込まされてきたせいで、少々肌が浅く黒く、筋肉の付き方も男性顔負けになってはいるけんども、これでも結婚すらまだな、花も恥じらう乙女のつもりだ。


 そうは言うけれど、うち、男を知らないわけではないし。


 流石に二十代も後半になってウブな振りも出来ないし、そんな目で男共も見てはくれない。


 普通に、うちの扱いが荒いんだよな。


 重労働この上ない船上作業に明け暮れる日々を過ごすうちに、すっかり性根が引き締まって屈強な漁師もかくや、どこに出しても恥ずかしくない見事な肉体美を手に入れてしまった。


 そのお陰かどうか、どうだろう。うちの言葉遣いがだんだん男勝りになっていき、力仕事も楽々こなせるようになったころには、私に言い寄って来る命知らずは居なくなってしまっていた。


 この船の乗組員にしてもそうだ。暗黙の了解なのかどうかは知らないけんど、手を出してくる男共は皆無だ。


 皆エロ本を片手に与えられた交代制の寝床にカーテンをかけ、一人でお楽しみだ。


 だからしょうがなく、うちは船がどこかの港に入港するたびに町に出掛け、こんなうちでも気にせず色目を使ってくる外国の男を選り好み、一晩の慰みにさせてもらっていた。


 でもこれじゃ、結婚できねぇ!


 気付いた時には、もう二十代後半。

 幼いころの夢はお嫁さんだったのに。



 くそ、こんな汗臭い職場で汗臭いうちが一人で毒づいても仕方がねぇ~!



 手垢塗れの無線機のマイクを置き、すっくと立ちあがったうちは大股で狭い通路に飛び出した。

やってらんねぇ~!


 今度こそやめてやる。人手が絶望的に不足が何だ!今回ばかりは社長に泣きつかれても絶対やめてやるんだァ~!


 気勢を上げ甲板への階段を駆け上がるうちを、またかといった目でベットから見送る仲間たちの視線は無視して一路、船橋を目指す。


 水密扉をこれでもかと豪快に開け、湾曲した金属が壁に当たる大音響を背に甲板に出たうちは、ある事を思い出した。


めっちゃ荒れてるやん。


 海は、うちよりも豪快に荒れていた。


 一瞬で魚よりも濡れてしまったうちは、汚れが目立つTシャツにノーブラだったのにも構わず、布地が肌に張り付くのも力強くシャツの裾を絞りながら船の揺れと同調しつつ走った。


 船長!話があんだけんども聞いてくれるか!


 いっちょ前に船長らしく帽子を眼深に被り、半裸に作業用合羽の下衣だけをサスペンダーで装着した、変態が振り返った。


 おお、お前か。そんな恰好で大丈夫か?


 アンタが大丈夫か?

 大丈夫だ。問題ない。


 船長は床に置いたバケツからザラメ状の氷を掴みだし、自分の両乳にズリズリ。


 あ~。冷たくて癖になるとか言っている。


 人間として問題だらけだと思うが。(特にあたまが)

 うん?なに、誰も気にしてはおらん。(おか)なら通報ものだが。


 さよけ。ちょっと聞きたいんだが、うちに通報されると考えたことは?

 ない!


 断言しやがった。


 殴ってやろうか!


 そんな恰好をしておいて何をいまさら、乙女か?


 乙女じゃ!こちとらまだ女を捨てた訳じゃないわい!


 傍から観れば、どうでもいい応酬を繰り広げるうちらを、コイツらまたかといった風情で水上レーダー手と操舵手が呆れていた。


 そうだ、こんな話をしに来たわけじゃなかった。


 再度濡れたTシャツを絞り、布地に溜まっていた海水を船橋の床に捨てたうちは、話があると気合を込めて叫んでやった。


 狭いところで喚くな。お前の熱気で氷が溶けちまうだろうが。


 お前も一緒に溶けろ。


 溶けんわ。陸で可愛いメス共に会うまでわな!


 くそ、コイツでは話にならない。


 すっかり興ざめしてしまったうちは、船橋から去ろうと扉に手をかける。



 ちょっほいと待ちなァ~はァ!!



 芝居っ気のある声を出して船長がうちを止める。


 なんスカ、変態に付き合う時間がもったいないんスけど。


 誰が変態じゃ。

 アンタじゃ。

 へっ、言うじゃないか。

 どうも。


 ちゃんとした顔もたまには出来るんだな、アホ船長。


 少しばかりドキッとしてしまったのは、内緒だ。


 で、なんだ。陸との連絡はつかないままか。


 ええそうですけど。合流船との連絡はつきますけんども、陸は昨晩からダンマリだ。


 暇な時でいいから続けていてくれ。


 分かった。


 うちとの掛け合いでアミダになり掛けた帽子を被り直し、船長はこちらに背を向けたまま陸との連絡を図るよう念押しした。


 気持ちは判る。


 うちはとっくに両親とも死に別れ天涯孤独と云ってもいい身の上だが、船長を始め、乗組員のほとんどは家族持ちだ。


 四週間前。陸から、いや会社といった方がわかりやすいか。その会社から日本で正体不明の、なんでも人を風船みたいに破裂させる奇病が流行を始めたとの通信が入って来た。


 うちらにしてみれば、なんじゃらほいな突拍子のない話で、陸の奴らの悪戯じゃないかとか、俺らに退屈させないためのホラじゃないかとか、一時は飯時の暇つぶしになるくらいには役立っていたのだが、三週間前には国会で野党のおばちゃんが吹っ飛んだとか話が詳細になっていき、二週間前くらいには総理と大臣連中が消し飛んだだの、国会議員も半分ぶっ飛んだだの、国中で人がプリンみたいになって死んでいってるだのと、悪戯にしては出来の悪い話を散々聞かされうんざりし出したところで、国が非常事態宣言と外出禁止令を出したので、皆の家族は会社が保護することになったと通信してきたところで、流石にこれ嘘じゃないかもと乗組員たちも思い出した。


 なんせ、水産庁が発する短波無線も同様の事実を伝えてきたからだ。


 その後、陸からは、補給物資を積んだマグロ引き取り船が出せなくなったと聞かされたので、嘘だろ?とか、冗談じゃない!とか、マグロを満載したまま太平洋で飯無し水なしなんて殺す気か!とか、騒然としたが。船橋でハワイで買ったお土産の腰みのを付け、赤フンでフラダンスを一人楽しく踊っていた船長が、じゃあ、こっちで合流船呼ぼうか。とか突然宣言して、どうせ費用は会社が払ってくれるから大丈夫とまで言ってのけ、その手配はうちがするのかと、めんどくさそうにしていたうちの肩を抱き、宜しくね。


 じゃ、そういう事でみんな解散。で収めてしまった。



 でも、やっぱり心配は心配らしい。


 

 短波でも繋がらないから、他の通信手段、モールス符号も用いてはいるけれども、繋がらない。


 船長に云われるままに、通信の回復に努めてはいるが、未だに無しのつぶてだ。


 陸はどうなっているのやら、もうとっくに人っ子一人生きてなかったりして。


 そんな考えが頭をよぎるが、まだ嫁にも行ってないのに堪るか!と、不吉な思考を改めて再度チャレンジを続けた。


 あれ、救難信号?


 若干、電波が弱めだけんども、これは確かに救難信号のモールス符丁。SOSだ。


 これが自動発信されていることも、それが合流船であるカナダ船籍のあの船であることも突き止めたうちは船橋に電話で連絡する。


 マジか、通信してくる方角は?


 落ち着いた口調のアホ船長が問い質す。


 もはや目前!およそ十二カイリ先、東北東!ついさっきから発信を始めた模様!


 わかった。レーダーの反応と同じだが会合点よりだいぶ右にずれてるな。よし、面舵二十(ふたじゅう)。船速を(ふた)上げる。


 面舵二十、増速二!よし来た!


 操舵手の枯れた応答が電話越しにも響いた。


 うちは居てもたってもいられなかくなってしまった。


 合流船との会合が果たせなかったら餓死しか将来像が見えないのだから。


 燃料も日本に戻れるくらいの余裕がない。


 近場の港に入れたなら、それに越したことはないけど、日本同様の病が世界中で猛威を振るっているから、怖くて迂闊に寄港も出来ない。


 船長はそれを分かったうえで、うちらは閉鎖された船の孤島。海の上ならば感染する率はゼロに近いと踏み、合流船の手配を躊躇せずに決めたのだ。


 それが裏目になりかかっている。


 うちは盛んに周囲の船舶にも呼びかけ、共に救助に向かおうと画策したが、何処からも期待できる返信が来なかったばかりか、得体のしれない赤潮が海を染めていくという、意味が解らない通信まで混在してしまい、結局分かったのは近場に助けに行ける船舶は、うちの船しかないらしいことだけだった。

 そうか、頑張ってくれたのにすまんね。


 電話越しに聴こえる船長の口調はいつも通りだったが、心なしか力強くは感じられなかった。



 船が見えた!



 レーダーで探知していたとはいえ、姿が見えるまでは気が気じゃなかった乗組員の一人が、朝もやの中で波に翻弄されるカナダ船を認めたとき、皆が一斉に安堵の声を発した。


 よかった。沈んではいなかった。


 相手船に速度を緩めながら寄せていくが、船上に人の姿が見当たらない。


 船長から無線はどうかと問いかけがあったが、こちらも答えがないと報告する。


 双眼鏡から決して目を離さない様子の船長が、やられた。とだけ言ったのが聞こえた。



 取舵一杯。急速に、出来る限り急速にこの海域から離れる。



 と~りかじ、一杯!


 さいだい(最大)、せん(船)そ~(速)く!


 徐々に相手船に接近を図っていたうちらの船が、大きく傾きながら旋回し、速度を速める。


 船長!海がおかしい!


 接弦と同時に相手船に乗り込む準備を進めていた甲板長から、怒声が轟く。


 舳先に当たり砕けた波の色が赤い。血の色だ。

 海水はしぶきを上げ、幾度も船を包んでは流れて行った。





 日本で漁業に従事する船舶はおよそ三十四万隻。


 海にまで活動範囲を広げ始めた奇病の影響で遭難した操業中の船舶は、以後幽霊船となり、しばらく波間に漂う事となる。



地球・RESET。 海洋浸食


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