無菌室のベッドの上で
毎日暑いですね。暑すぎて、水分をアホほど摂っても意味などなかった私が、遅れた責任を取って寝込んでおりました。
頭がウニになる。
ウニ、美味しいですね。今食ったらたぶん口から虹色が発生しますが。
ええ、食欲がありません。
が!
一昨日書き上げていた話のことを今思い出し、予約でサクッと投稿いたしました。
明日の分も一昨日合わせて一気に書き上げていたのでアップいたします。まあ、予約は明日ですけど。
では、待って居る方がどれだけいるかは存じませんが、お楽しみいただけたら幸いです。
ずっといるけど、ホントここどこだろう。
ベッドに横たわって寝ている娘を横目で見つつ、私は途方に暮れる。
二週間と少し前、自宅の庭で起こった惨劇と、自宅の中で起こった衝撃を思い出す。
カーテンがあって良かった。
生きた水風船になったネコが爆発する寸前、リビングの窓に掛けていたカーテンを引きちぎり覆い被せたのは我ながらいい判断だったわ。
カーテン越しに伝わる炸裂の衝撃に耐え、ネコの血が外に出てくる前に家を飛び出した私たち親子は、直ぐに近くの交番に駆け込み、たまたまいた警官に助けを求めた。
警察に保護された私たちは、直ぐに駆けつけた救急車に乗せられ、伝染病関連も扱う事が可能な大きな県外の病院に搬送され検査を受けた。
それは異様な光景だった。
先生も看護師もまるで宇宙服みたいな恰好で私たちの検査を行ったのだ。
それ程までに、奇病ってヤバかったのね。
私は改めて事態の深刻さに驚いてしまった。
こんな話、テレビじゃあんまりやってなかった。子供と一緒に見ていたのは夕方のアニメか夜のバラエティー番組ばかり、ときたま朝やお昼のワイドショーは見ていたけれど、奇病に関することは国会で聞いたことも見たことも無いおばちゃん議員が、奇病で亡くなったことくらい。
ネットの情報も噂ばかりであてにはならなかった。
あとは私が入院したその日に、前の前の総理大臣と大臣なんかが他の議員たちと一緒に一挙に亡くなったのも、付き添いの看護師さんたちのひそひそ話で知ったくらいだしね。
そんなこんなで私たちは、何処かもわからない病院の無菌室に親子ともども閉じ込められ、ころころ変わる医者と看護師に色々話を聞かれ検査され、実験動物みたいな毎日を送る破目になってしまった。
でも、それも今日まで。
昨日からは誰も私たちのもとに訪れなくなった。
最初はどうしたのだろうと云った、ぼんやりとした気持ちで過ごしていたけれど、朝の検温も朝食時にも誰も来ず、繋いでいた点滴が切れて呼び出しボタンを押しても誰も来なかった。
ただ事じゃないかも。
昼過ぎになっても現れない病院関係者に不信を抱き、しかも徐々に痛くなってきた点滴の針に娘が泣き出してしまったので、悪いなあ。とか思いながら、裸身に繋がれていた心電図のコードを引きはがし、点滴のチューブを湾曲させて止めてある幅広のテープを剥きとり針を抜き、これも痛かった尿道カテーテルも抜きとり、近くの台に置かれていたアルコール綿で止血をして、隣でむずがる娘のところに向かおうとベッドを降りて歩きだした。
二週間ばかりほとんど寝たきりだったから、思う様に立ち上がれない。
支えになる何かがいる。
私はふと、三つも点滴をぶら下げている銀色の掛け棒か台か、五つ足の支え台を持つ牛の角みたいな形状をした棒にしがみつき、これを押して娘のところまでたどり着いた。
たった六、七歩くらいなのに、こんなに疲れるなんて。
ゆっくり娘のベッドに腰かけた私は、大丈夫だからねと優しく微笑んでからさっきと同じ作業をして、束縛から娘を解放した。
これからどうしようか。
とりあえず少しだけ外に出て、誰かいないか問いかけてみよう。
少し考えた私は、未だむずがる我が子に頬ずりしてから、ちょっとだけ待っていてね♪
そう諭して無菌室の出入り口にさっきの棒を押して取っ手に手をかける。
良かった。カギは掛かってない。
安堵した私は体重をかけ表開きのドアを開け放ち、無菌室のコントロール室らしきところに入った。
だ、誰かいませんか。
自分では精いっぱい出しているつもりだけど、声が響かない。
おなかに力が入らない。
今までどんな投薬をされていたのか、突然気味が悪くなった。同時に娘に何か害のあるものがあの点滴に入っていたのではないかと思って、泣きそうになった。
でも、今はそれどころじゃない。
私は気を落ち着かせて、更に先に進む決心をする。
スリスリズリズリ棒を引きずり、読めない英語っぽいのが書かれた前室に入る。
誰か、誰かいませんか。応えて?
声が通らないせいか誰からも返事はない。
部屋にあるのは、まだ新品らしい医療用と書かれビニールに包まれた宇宙服みたいなものだけ。
いけるとこまで歩こう。
二つ、部屋を通って、やっと廊下につながる金属製の重々しい扉に辿り着いた。
開けてみよう。
私はこの先に何かが待っているような、得も言われぬ不安感に苛まれながら扉に手をかけ、るまでもなく。開閉ボタンを見つけて押してみた。
スッと、私が期待していたような大きな音もたてず、ごくすんなりした音を残して扉が開いた。
廊下は明るい。
無菌室も何とか前室もそうだったけど、電気は普通に来てるのよね。
来ないのは人だけ。
扉のボタンを押すまでは、何かが怖くて躊躇していたことが恥ずかしい。
では、さっそく。
私は力があまり入りそうもない腹に気合で力を蓄え、さっきよりもかなり大声を出して問い掛けた。
誰かいませんか!先生どこですか!看護師さ~ん!看護師さーん!
その時、なにかモノが廊下に落ちた様な重い音がした。
なんだろう?
廊下は明るいけど、端にあり過ぎて正体がわからない。
行ってみよう。
またスリスリズリズリ前進を始める。いい加減疲れてきた。
廊下を歩きつつ周辺の様子を探る。
全部、扉が閉まってる。一つくらい空いているのがあってもいいのに。
キョロキョロ様子を窺うけど、おかしなくらいに何の音もしない。
せいぜい目に付くのは、よくドラマなんかで見る重病人を運ぶローラーが付いた動くベッドだけ。
やっぱりおかしい。
二台、動くベッドが無造作に廊下の左端に止められている。でも人が寝ている気配はないのに如何にも誰かが寝ていたような布団の乱れ方だ。
ゆっくり、ゆっくり、私はベッドに近付いた。
わっ!!
私は驚きの余り支え棒ごと尻もちをついた。
ベッドの枕のところに、赤白っぽい崩れたゼリーの中に潰れた両目があったのだ。
はあ、はあ、はあ、はあ、動悸が止まらない。
人がこんなになるなんて。
かつて人間だったそれは、飛び散ることも無く、ベッドの中で静かに蕩けていた。
そして廊下の端で落ちたアレの正体も判った。
たぶん人、それも白い衣服から医者だ。
廊下に落ちたのは、いやなくらい見てきた宇宙服が廊下の壁にペタリと座ってもたれかかり、頭と右腕が取れ墜ちていたのだ。
そしてそこから蕩けた人間の汁が垂れていた。
逃げなくちゃ。たぶん先生も看護師さんも逃げ出したんだ。早く逃げなくちゃ!
軋みを上げる間接からの悲鳴も気にも留めず、私は娘がいる無菌室に急ぐ。
息が苦しい。
でも、そんなこと言ってらんない。
通って来た道を支え棒も持たずに早歩きで戻り、おかえりなさい♪と、ニコニコ笑顔で待って居てくれた我が子を抱きしめた。
どうしたの?
そう尋ねる娘に私は手をつなぎながらこう答える。
一緒に外に出ようね。と。
親子は前室に放置されていた医療用防護衣で身を包み、真空パック詰めされた栄養補給用らしき成分が書かれた点滴と、生理食塩水と電解水のボトルを幾つか飲料代わりに置いてあった保冷バックに詰め病院から外に出ることに成功した。
案の定、病院内は溶けたり水みたいになった死体が至る所に放置されたままで、生きた人には終ぞ出会う事はなかった。
この親子が今後どうなってしまうのか、それは彼女ら自身にもわからなかった。
地球・RESET。 医療崩壊




