最後の月
不来坂先輩が帰ると、僕はふー、と大きなため息をついた。
流石に六人連続で話を聞くのは辛かった。
このあと一人が来れば七人になるのだが、時刻は二十時を回っている流石に時間的に難しいだろう。僕は教員が見回りに来る前に部室の片付けを行うと情報処理準備室の扉の鍵を締めた。
「あ、もう帰ります?」
いきなりの声に僕がぎょっとすると後ろに背の低い女生徒が立っていた。制服のリボンを見る限り一年生であるが、それ以上に顔だちが幼く中学生といってもとおるだろう、と僕は思った。
「えーと、もしかして畑井から?」
「えー、そんなところです。もう帰られるのならお話はできませんね」
彼女は少し残念そうに俯いた。
僕としても、どうせ七人から不思議な話を聞き取らなければならないのだから、一度に済ませられるならそうしたい。だが、このまま部室で、というのは問題があった。
「道すがらでもいいですか? 部活動の終了時刻をこえているので」
「わかりました。そうしましょう」
女生徒は嬉しそうに顔を上げると、僕を見て微笑んだ。八重歯が少しだけ見えた。
「君はどんな話を持ってきてくれたの?」
「私の話は短い話です。ただ、話す前にほかに人と話がかぶってないか知りたいので、どんな話しがあったのか教えてもらえますか?」
確かに同じ話を聞いても仕方ない。僕は彼女に聞いた話を一つ目から始めた。
「一つ目は、四乃山高校に浮かぶよけいな月の話。この月は不思議な月で影が生じないんだ」
「そんな変な月が出てるんですか? 今日も見えますかね?」
特別棟の階段を下りながら窓を見るが、南面のこの窓からはよけいな月は見えない。外に出れば見えるかもしれない。
「二つ目は、自殺した教師の話。三つ目は、死んだ生徒が幽霊部員として現れる話」
「いなくなってもそこにいる。まさによけいな人というべきですね」
「よけいかはわからない。人によっては会いたい、と思う人もいたかもしれない」
僕は会いたくないが、彼らの友達であれば死んでいるとわかっていても会いたい、と思ったかもしれない。女生徒は少し悩んだすえに「そうかもしれませんね」、と素直な声を上げた。特別棟から出て下駄箱へと向かう。
下駄箱に着くと彼女は「靴をとってきます」と、言って小走りに一年生の下駄箱へ向かった。
「四つ目は、図書室に現れたニセの彼氏の話。五つ目は、運動部が見たトイレに現れたいないはずの使用者の話」
「それも、私の話とは違いますね。あとはなんですか?」
黒い革靴を履いて走ってきた彼女は僕に話を続けるように促す。下駄箱から正門の方へ向かうと左右に体育館とグラウンドが見えてくる。どちらも流石に照明は落とされており、ここには僕たち二人しかいない。
「六つ目は、死んだはずの友達からのメールの話。そして、七つ目は、よけいな一人が増えているのにそれが誰かわからない話」
ここまで話して、僕は僕が既に七つの話を聞き終えていることに気づいた。
畑井は、「あと、六つ不思議な話集めてみたらどうや」、と言っていた。ならば、声をかけたのは六人であったはずだ。しかし、いま、僕のもとにはいないはずの七人目がいる。
「よかった。それも私の話とは違います」
彼女は八重歯をだしてにっと笑った。
「でも、もう七つ揃ってるんだ」
僕は彼女を見ないように数歩前に進んだ。背後ではまだ、彼女が笑っている気がした。
「まぁ、せっかくですから八つ目も聞いてください」
彼女が僕の背中を引く。ゆっくりと振り返ると四乃山高校の校舎と彼女。そして、よけいな月が今日も登っていた。それは畑井と会った日と変わらず満月のままであった。
「……もう、遅いからなぁ」
「いいえ、すぐ終わりますよ」
彼女は硬い声でそう言うと、人差し指をすっと僕の足元に向けた。足元にはあの時と同じように影ひとつなかった。
「なにもないけど……」
「じゃ、こっちは?」
彼女の指が彼女自身の足元へと向けられる。そこには僕の足元にはない影があった。
「よけいなものはどっちでしょう?」