〈46〉
「よぉ、ニア様。犯人探しは捗ってるか?」
セリカが出合い頭にそんなことを尋ねてくる
最近は自慢話じみたものばかりだったので少し新鮮だ
自慢話にはクリス自慢で返答してたよ
あれが女子会という奴なんだろうね
なんか違う?
「犯人探し?」
「しらばっくれるなくたっていいだろ。ツクシって奴等とつるんでるのは聞いてる。情報交換しよう」
別に好きで付き合っているわけではないけれど
あれらとクリスを引き合わせたくないので出来れば目のつく範囲で、関わらずにいてほしい
エルモートには悪いけれど正直あの集団好きじゃないんだよね
そしてボクはしらばっくれてる訳ではなく本当になんの調査も始めていない
クリスと談笑していたからだ
クリスと楽しく会話をしていたからだ
自分の疑いを晴らすより最愛の妹のほうが全てにおいて優先される
全人類に訊ねても同意することだろう
クリスは可愛い
その愛らしい口から言葉が紡がれる奇跡
存在が癒し
もう行方不明者とか殺人とかどうでもよくなる
トリップするのこれくらいにして話を戻そう
「そっちも探偵ごっこをしてるのかい?」
「あの人はニア様と違って優しいからな。学園を憂いて犯人を見つけ出そうとしてるんだ」
「随分だ言い草だ。まるでボクが人の死をなんとも思ってない冷徹な人みたいじゃないか」
「違うの?」
「いいや、合ってる。セリカはボクをよく理解してるね」
流石だ
クリスを守る騎士に相応しいと評価しているだけのことはあるよね
「喜んでいいの、か……?」
うーん、と唸るセリカからボクは視線を近付いてくる人物に向ける
直接話したことはないが知っている人物だ
「ふふ、セリカさんったら殿方と秘密の逢瀬ですか?」
「ま、マトリシカ様。これは違います!この人はアタシにとって……なんでもいいでしょ!」
セリカは話しかけられるまで気付かなかったようで動揺してあたふたしている
失踪、殺人とあった学園で背後を取られるほど気が抜けているのだろうか
ボクが少し神経質だったりするのか
ボクの魔法もそういう性質あるし
冷静に考えて氷で探知ってどういうことなんだろう
原作ではこんな設定あったかな……
「ええ、そういうことにしておきましょう」
隣国の王女の意味深な肯定
今の一言とセリカのリアクションで大体、察したな?
勘のいい王女様だ
セリカとの話題はそこでおしまいということにして矛先はボクに向く
「ごきげんよう、ニア・アーチボルグさん」
「マトリシカ・シム・ルークシュアーツ殿下」
「ご存じでしたか」
「それは勿論」
学園でもっとも目立つ生徒
カサンドラとエルモートの異母兄弟
第二王女
そして最近は
「うちのセリカがお世話になっています」
セリカがこの学園でよく行動を共にしている人物だ
セリカの理想のお姫様像だとかなんとか
彼女の元で騎士道を学んでいるらしい
お姫様から騎士道を学ぶのはおかしくないだろうか
それくらいお熱であることはわかっている
嬉しそうに報告してくるからね
話の内容はほぼ聞いていないけれど
「いえ、こちらこそセリカさんには仲良くしてもらっていますよ」
「それで何かご用ですか?」
セリカの姿が見えたから話しかけてきただけという線もある
用がないならそれでもいいけどね
王女様はストレートに告げる
「セリカさんのご友人であるニア様が先日の事件の犯人だと噂されています」
「そうですね」
「セリカさんはそんな筈はないと仰っていました。無実の罪で友人が糾弾されること、私はとても心苦しいのです」
さらっと友人扱いした?
互いに知っていたけど一応これが初対面だよ?
建前だろうけど凄いね
「ニア様も犯人探しをしているとも聞きました。是非、私も協力したいのです!」
「……」
素直に心優しい人と思えないのはなんでだろう
こういう善意には裏があると疑ってしまう
ボクに協力することでこの人になんのメリットがある
「な、マトリシカ様もこう言ってることだし」
「とはいえ、ボクも情報を多く持っているわけじゃないよ。寧ろ、全くないと言ってもいい」
「そうですか」
「力になれなくて申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ。協力を申し出ておきながら提供できる情報を持ち合わせていませんでした。それなのに協力なんて図々しい申し出。恥ずかしいです」
立ち振る舞い、言動、どっかのカサンドラに比べて気品がある
しかし、あざとさを感じずにはいられない
人気者とはいえクリスの足元にも及ばないとそう見えてしまうのだろうか
きっと、クリスの前には聖人すら霞む
なんて罪な妹なんだ
クリスニウム摂取したくなってきた
今、クリスは何をしているだろう
ベルリネッタをつけているから危険は少ないだろうけど、報告がいまいちはっきりしない
クリスが秘密にと言っているのなら仕方ないと思うけれど
姉に秘密にしておきたいことが出来たクリス可愛い過ぎる
いままで隠し事を一切してこなかったクリスが「内緒ですっ」なんて言った日には心の臓が機能を停止し、危うく二度目の転生をしかけた
流石、クリス言動一つで悪役令嬢を打倒するとはね
完敗だとも
クリスの身に危険がない限り覗き見しないとも
グランツの件以来魔力が足りないから学園中を見張るという芸当も出来なくなってしまったし
「もしもし?」
「ああ、いえ、なんでもありません」
「大方、妹のこと考えてたんだろう」
そこ気付いても言わない
遅いだろうけど妹のこと思ってトリップするヤバいシスコン王女だとバレてしまうじゃないか
自分でも酷いなこれ
「協力の件。ツクシ達に言っても意味も有益もないでしょうから進展がありましたらセリカに伝えます」
「まぁ、ありがとうございます。私のほうもわかったことがあればドラに伝えておきますね。あ、ドラとはカサンドラのことです」
「ありがとうございます」
そこ、セリカじゃないんだ
いや、どっちでもいいけど
マトリシカはボクの耳元でそっと囁く
「殺された彼女。彼女は『奴等』でした」
「……どういうことですか?」
「さぁ?どういうことでしょう?」
そう言い残すと用事は済んだと去っていた
セリカがなんかぶつぶつ言いながら悶えているけど放っておいていいかな
奴等……
思い浮かぶのはグール
彼等は見た目は一般生徒と変わらない
死体ともなれば人を襲う生徒も善良な一般生徒も変わらない
マトリシカは何故それを見分けられた?
この国を想う優しき王女でありながら何故アクションを起こさない?
彼女は何をどこまで知っている?
マトリシカ・シム・ルークシュアーツ
あれは警戒するべき相手だ




