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エレノアの旅立ち

5日間は慌ただしく、またたくまに過ぎた。

それは気の急いているエレノアにとって、ありがたいことでもあった。

旅立ちの前日、エレノアは緊張した面持ちでファレルの前に立った。

いつも控えている侍従のクリスは出立前の諸々で席を外しており、代わりの侍従はついさっき足りない物品を見つけて取りに行ってしまった。こんなことはいかにファレルが期待の薄い第二王子とはいえ、滅多にないことで、エレノアはこの機会を見過ごすことができなかった。

「殿下、お願いがあります」

机の上を散らかしたまま長椅子に寝ころんでいたファレルは、顔の上の本をわずかにずらしてエレノアを見た。

「なんだ」

アイリーンそっくりな緑の目を見つめ、エレノアは言った。

「私の妹に会っていただけないでしょうか」

唐突な申し出に、ファレルが片眉を上げた。

「妹を俺に進呈する気か」

「違います」

エレノアは眉間に皺を寄せて否定したが、すぐに表情を改めた。

「訳あって、妹の魔力の様子を知りたいのです」

「俺は医者でもなんでもないぞ。どういうことだ」

エレノアは迷った。ことは、ガーラント家の重大な秘密だ。それを王子とはいえ他人に話して良いのか、彼女には分からなかった。

エレノアは困って、目の前の王子を見つめた。

さすがに起き上がったファレルの緑の目が不思議そうにエレノアに向けられている。エレノアの方からファレルに話しかけることはめったになかったし、最近は先輩達に言われて極力近寄らないようにしていたのだから、当然の反応だ。

長い金のまつげの下に写ったエレノアは酷く不安げで、対照的にファレルは愉快そうに形の良い唇の端を持ち上げている。

「言えないのか?」

エレノアは諦めて顔を伏せ、謝罪した。

「・・・魔力を見られるのは、殿下だけなので、お願いしてしまいました。分もわきまえずに申し訳ありませんでした」

侍女として、本来してはならないことをした自覚はあった。

ファレルが長椅子の上で足を組み直す気配を、エレノアは床を見つめながら感じた。

「まあ、俺はこれでも第二王子という立場にいる。理由もなく一侍女の家族と会うわけにもいかない」

「はい」

エレノアは叱責を受ける覚悟をした。

「・・・ただ、エレノアが俺にどうしてもとねだるなら、多少の方便を使う気はある」

ねだるという言葉の響きにエレノアは一瞬きょとんとしたが、ファレルがどうやら一般論を曲げて対応してくれる気でいるのを察して、ぱっと顔を上げた。

「殿下?」

ファレルは天使に似つかわしくない、しかし彼には非常によく似合う意地の悪い笑みを浮かべていた。

「ファレル様ありがとう、と言え」

「ファレル様、ありがとうございます」

間髪入れずに言ったエレノアにやや驚きつつも、ファレルは鷹揚に頷いた。

「・・・まあ、良いだろう。出立の日、妹に忘れ物を届けさせろ。そのまま見送りと称して近くにいさせれば、問題ないだろう」


旅立ちの日、エレノアは手筈通りに屋敷に忘れ物をし、シンシアに届けさせた。

首尾よくそれを王子の通る場所で受け取っていると、ファレルが通りすがりにシンシアに声をかけた。

幼い少女は天使のような王子様の登場に頬を赤らめながらも、淑女として臣下として、礼儀正しい振る舞いをした。

出立は慌ただしかった。

第二王子であるファレルだが、今回の旅は視察であり外交目的ではないため、大がかりな出立の儀式はかなり省略された。

それでも出立の挨拶や天の加護を願う祈りなど、最低限の形式を保つだけでもなかなか時間と手間が掛かるもので、エレノアはそんな中で自分の願いを聞いてくれたファレルが実はなかなか太っ腹だったのではないかと思った。しかしその思いは次の瞬間には、もしやこの忙しさで忘れられてしまったのではという不安に取って代わった。

騒ぐ胸を押さえてエレノアは、侍女の勤めを果たした。


随行は他国への旅とあり少なくないが、その中で女性は侍女のエレノアと年配の女中が二人だけである。クリスの配慮か、エレノアは他の侍従等の乗る馬車ではなく、彼と共にファレルの馬車に乗ることになっていた。

馬車に乗り込むとすぐ、首もとを緩めつつファレルが言った。

「そんな顔をしなくても、ちゃんと覚えている」

「申し訳ありません・・・」

そんなに顔に出ていただろうかと先輩のクリスをそっと伺うと、

「馬車に乗るまでは怖いほど真顔だったから大丈夫」

と本当に大丈夫か不安になる回答だったが、怒っていないようだったのでぎりぎり侍女として及第点だったのだろう。ちなみに、ファレルへのお願いはあっさりとクリスにばれて叱られ済みである。

「顔には出ていなかったが魔力の荒れ方が凄かった。俺が忘れていないかとでも思ったのだろう」

「申し訳ありません」

図星を指され、エレノアは向かいの席で素直に頭を下げた。

ファレルはふん、と鼻を鳴らしたが、まあいいと流してくれた。

「いくら俺でも、あの娘は忘れようがない。喜べと言って良いのか分からないが、お前の妹には魔力があるぞ」

「本当ですか!?」

エレノアは喜びに顔を輝かせた。

しかし、ファレルは微笑まずにこう言った。

「本当だとも。ただし、そのつぼには出口がない」

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