エレノアの旅立ち2
エレノアは困惑して眉を下げた。
「出口がないとは、どういうことですか?中の魔力はどうなるのです」
ファレルは、襟元を緩めていた指で空中に丸い器を書いて見せた。
「前に、通常出口が蓋でしまっていると説明したことがあったな。実際には蓋のように、開いたりしまったりする場所があって、そこから魔力が出るんだ。魔力は魔法を使うとき以外にも、怒りや感情の動きとともにあふれ出るから、見て分からないということはない。それなのに、お前の妹はつぼがあるのにどこにも出口が見あたらなかった。あれでは魔法は使えまい」
エレノアは頭のてっぺんから血がさあっと引いていくのを感じ、目眩を堪えて自分の手を握りしめた。
ファレルが、大きく息を吐きながら言った。
「魔力はある。中で白い魔力がぐるぐる渦巻いていた。俺もあんなものは初めて見た。エレノアといい、妹といい、お前の家族はどうなっているんだ」
どうなっている、と言ったファレルが珍しく真面目な目で自分を見ていたので、エレノアは答えを求められていることを知った。
もともと、魔力があるか見て欲しいなどという貴族の子女がおよそ必要としないことを頼んだのだ。不思議に思われるのも、説明を求められるのも当然だった。この忙しいときにと一喝されても仕方のないことだった。それを、ファレルは理由も聞かずに引き受けてくれたのだ。
エレノアは覚悟を決めた。
言葉を出すのに、意識して息を吸う必要があって、自分が息を止めていたことに気付く。
「関係があるのかは、はっきりしていないのです。ただ・・・」
決めたばかりの覚悟が揺らぎかける。エレノアは自分の手のひらに爪を立て、己を叱咤して続けた。
「我が家では代々ほとんどの者が魔法を使えず、そして原因不明の病で死んでいきます」
エレノアの言葉にファレルが顔をしかめる。
「・・・それは、エレノアも病にかかるということか」
エレノアは首を横に振った。
「魔法を使えない者だけが、徐々に衰弱していくのだそうです。ですから大丈夫です・・・私は」
ファレルは、厳しい表情を崩さずにそうか、と言った。
「・・・無理をきいていただき、ありがとうございました。妹のためにも、治療法を探したいと思います」
エレノアが礼を述べて顔を上げると、後はしばらく沈黙が続いた。
クリスの静かな声が告げた。
「もうすぐ転移場所につきます。」
馬車が停まり、クリス、エレノアが先に下りる。
未だエレノアが青い顔をしているのを見て、ファレルは周囲に聞こえるように、
「エレノアはまだ転移が苦手なのか」
と言った。
明らかに顔色の悪い彼女に好奇の目を向けていた他の騎士や侍従も、これで納得したように動き始めた。
一侍女の顔色が悪くとも旅は続く。魔法による転移を繰り返しても、初日はどうしても国内の中継地に一泊するしかない。
一行は転移を終え、馬車に乗り、再度転移をした。
その間エレノアは、ぼんやりしそうになる頭を必死で回転させ、休憩の準備を整え、片付け、また整えた。
聞かなくとも、シンシアの病は予想していた。むしろ、誰もシンシア自身に魔法を使えるか試させようとしなかったのは、きっと母の体質を引き継いでいるであろう彼女にその事実を突きつけたくなかったからだ。
それでも事実を知りたいと願ったというのに、知ることで受けた衝撃の大きさをエレノアは持てあましていた。分かっているのは、今は考え込んではいけないという、それだけだった。
「この距離があるから、我が国は閉ざされていられたのだろうな」
ファレルが呟き、エレノアは用意していた茶器から目を上げた。
「我々は当たり前のように魔法が使えますが、そうでなければ行軍が難しい距離ですからね」
「俺が攻める側なら海から襲いつつ王宮に刺客を放つかな」
「生半可な刺客ではあなたに止められ何もできませんよ」
クリスとファレルが長旅の愚痴から国防の話に移るのを聞きながら、エレノアは再び茶を煎れる。ありがたいことに、カーラの特訓は身体にたたき込む種のものだったので、多少頭の回転が落ちていようと手がいつもどおりに動いてくれる。ファレルの好みの茶葉はアイリーンと違ったものの、使ったことのあるものだったことも助かった。
「他国に侵攻されにくいのは良いが、進歩から取り残されるのは困りものだな」
他国の物資や人間は海運により入ってくるのだが、地つながりで他国の空気を感じることがないせいなのだろうか。
「そうですね。医療しかり、科学しかり」
「だから治癒魔法の視察という建前が成り立ちやすかったわけだが」
エレノアは、意識に引っかかった何かのために再度目を上げた。
ファレルが気付いて彼女を見る。
「ああ、聞こえていたか」
エレノアが煎れたばかりの茶を運んでいくと、ファレルが言った。
「お前には後で言うべきかと思ったが。これはアイリーンの作戦の一部で、俺たちが出国するのは罠をしかけるためだ」
エレノアは驚きに開いた口を、慌てて手で隠した。
深夜、中継地の城で与えられた部屋に入ると、エレノアはようやく様々なことを考えることができた。
シンシアに魔力が使えないことが判明したのは衝撃だった。しかし、考えてみれば、収穫もあった。
エレノアは考えた。
魔力がないから使えないのだと思っていたが、シンシアの場合は、魔力はあるのに身体から出すことができなかった。これが体質だというのなら、恐らく母もそうなのだろう。他の人は使わなくても無意識に少しずつ溢れさせているというのに、魔力が出て行くことがない。それが体内で留まり続けたら・・・凝って、セリーナのように、身体を崩すのではないか。
魔力を使えることが当たり前の国内では、魔法の使いすぎによる魔力の枯渇についてはよく知られている。無意識にそうなる前に自制するので、エレノアのように実際に倒れる者は少ないが、国立図書館にはこの分野についての研究書も存在していた。
魔力の充満というのか、そういう状況については聞いたことがなかったが、治癒魔法の進んだ隣国ならば、何か分かるかもしれない。
また、ファレルはこの外遊がアイリーンによる罠だと言っていた。罠とは、どういうことなのか。詳しい話は明日以降、とかわされたが、これもまた大きな驚きだった。
明日、隣国へ着く。
慣れぬ枕の上、エレノアは胸のざわめきを押さえ込んで、眠りにつく努力をした。




