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エレノアと妹の入学

「お姉様!」

「会いたかったわ、シンシア!」

春、王都のガーラント家の屋敷は賑やかだった。

末娘のシンシアが王立女学校の入学準備で王都に越して来たのだ。

とりわけエレノアの力の入りようと言ったらなく、カーテン選びから壁紙の張り替えまで、あれやこれやと駆け回っていた。

シンシアは久々に会う姉の姿にまず喜んで飛びつき、ついで案内された自分の部屋を見て飛び上がった。

「わあ・・・!」

優しいクリーム色の壁紙にはうっすら薔薇の模様が入っているし、カーテンやベットカバーはシンシアの好みに合わせ淡い桃色で統一されている。

窓際の机に飾った春らしいチューリップは、エレノアがいけた。

「気に入った?」

「はい!お姉様、どうもありがとう!」

興奮して部屋の中を歩き回るシンシアの様子に、エレノアは大いに満足した。

「あのね、壁紙はハロルドが貼ったのよ。だからお兄様にもお礼を言いましょうね」

実はエレノアの熟慮がすぎて改装が間に合わなくなりそうだったため、使用人にまかせるより早いとハロルドが魔法で水圧を利用して貼ったのだ。彼が器用に魔法を使うことにエレノアは驚いたが、以前のように嫉妬や焦燥感はわかなかった。

「お兄様、どうもありがとう!」

シンシアにぶら下がるように手をとられ、ハロルドはまごつきながらも頷いた。


シンシアは眠る時間までずっと興奮しっぱなしだった。

ベットに入ると、彼女はエレノアにもう少し側にいて欲しいとねだった。

「姉様が冬に帰っていらっしゃらなかったから、ずっと寂しかったの。・・・お母様は最近具合が悪いし」

そう言って甘えるように見上げられれば、エレノアが拒否できるはずもなかった。

侍女を下がらせるとベットサイドに腰掛け、金色の波打つ髪をなでてやる。気持ちよさそうに目をつぶって微笑む妹を甘やかしてやりがなら、エレノアは頭の片隅で、未だ母の具合は治っていないのかとぼんやり考えていた。

眠りについたシンシアの部屋を出て通りかかった談話室に明かりを見つけて入れば、ハロルドが本を読んでいた。

「眠ったの?」

「ええ。ハロルドも寝てしまって良かったのに」

まだ眠くないから、と言うがいつもならもう部屋に戻っている時間で、彼がエレノアを待っていたのは明白だったので、少し笑ってしまう。

「シンシアが、お兄様が笑っていて驚いたって」

「そう」

意外そうな声に、特に自覚はないらしいとエレノアは思う。

彼は冬中祭後、ひどく優しくなったとエレノアは思っている。外で見事に猫をかぶっているのは相変わらずのようだが、家で見せる素顔は不機嫌なものが減り、シンシアの言うとおりよそゆきでない笑顔を見せるようになったのだ。冗談を言って笑うことさえある。

エレノアの方もこれまでのように一線引かなければと構えることがない。

「何を読んでいたの?」

「魔法の基本要素について。読む?」

こんな当たり前の質問が数か月前にはできなかった。そして、側に行って本を覗かせてもらったこともなかったのだ。

「土の項も結構面白かったよ」

ほら、と示された場所を、ハロルドが座った椅子の肘掛けに手をついてのぞき込む。

「土と岩の話ですって・・・あ、ごめんなさい」

身を乗り出せばエレノアの髪がハロルドの顔に触れそうになる。とっさに謝って少し下がるが、ハロルドが顔をしかめることはなかった。

「別にいいよ。そこで見えるの?」

むしろ離れたエレノアに首を傾げるので、髪を抑えてまた彼女はそっと身を乗り出した。

魔法の属性について話合いながら、エレノアは、ようやく自分たちは兄弟になろうとしているのだと、感慨深く思うのだった。

それを何かのおりに話すと、コールはやんわりと微笑んで、

「兄弟仲がよくなってよかったね」

と言った。

しかしあれだけハロルドとエレノアの兄弟仲を心配していたはずのアンは、エレノアの感慨に曖昧な笑みを浮かべるのだった。


入学式の当日も、一番張り切っていたのはエレノアだった。

本人以上に緊張していたものだから、

「お姉様、もう少し召し上がらなくて大丈夫?」

とシンシアに心配されるほどだった。

「倒れるよ。無理にでも食べなよ」

久々に眉間に皺を寄せたハロルドにもそう言われたが、焼いたベーコンの匂いだけで参ってしまい、結局この日のエレノアときたら出された朝食をほとんど残してしまった。


しかしこの日は、妹の晴れ姿を緊張して見守るだけ、というわけにはいかなかった。今年は最高学年であり、補講授業を受けている彼女には新入生の世話係という大事な役目があったのだ。

カーラと共に小さなレディ達に花を渡し、式場へと彼女らを送り出す。新入生は皆、幼いとはいえそれぞれ某かの家のお姫様である。中には我が儘な娘も何一つ自分でしたことのない娘もおり、そんな子のリボンを直してやったりさりげなく喧嘩になりそうな場面を回避したりと、やることはつきなかった。

大変な役目だったが、途中ふと目があったシンシアが羨望の眼差しで自分を見ていたので、エレノアはこれこそ『自慢の姉』、と甘い痺れに酔いしれた。

無事に式が始まり、シンシアが席に着いて長い式の最後まで行儀良く話を聞いているのを見届けると、エレノアはようやくほっとして食欲が戻ってくるを感じた。

しかし式の終わりが宣言されると同時に、再び動き出さねばならない。

「あら。忘れ物かしら」

式場の改修中、エレノアは来賓席に眼鏡を発見した。

続きの作業を魔法補講の下級生に頼むと、教官が新入生を案内している間に彼女は来賓席にあった忘れ物を届けに行く。

教官室で居合わせた教官に渡して戻ろうとしたところ、

「まだ残っていらっしゃる方かもしれませんね。聞いてきてくださる?」

と頼まれた。

早く戻ってカーラ達の手伝いをしたいところだったが、貴方なら任せても大丈夫ねと言われれば引き受けるよりない。エレノアは急いで来賓控え室へと向かった。

「失礼いたします」

答えを待って入室すれば、中には学校長と老人が一人いた。

白髪をきっちりと整えたその厳めしい老人を見て、たしか魔法省からの来賓だとエレノアは考えた。

エレノアが説明すると、老人は眼鏡を見つめ、自分のものではない旨を告げた。

「お時間をとらせまして、申し訳ございませんでした」

丁寧に詫びれば、老人も表情は厳めしいものの気を悪くした様子もなく、

「構わんよ」

と言ってくれ、エレノアはほっとする。

学校長もにこやかに礼を言ってくれた。

そうして何事もなく退室し、扉を閉めようとしたそのときだった。

「あらガーラントさん。お手伝い大変ね」

廊下を歩いてきた同学年の令嬢の声だ。

この瞬間、部屋の中の老人の目がなぜか自分に向けて見開かれたので、エレノアの心臓がどくんと鳴った。

老人が、何事か口を開きかけた。

「ぐううううう」

エレノアは真っ赤になった顔を伏せ、礼をして扉を閉めた。

音もたてずに扉を閉めることができるのに。その前だって優雅にきちんとした令嬢らしく振る舞うことができていたのに。

何もこの、退室の場面でお腹が鳴らなくてもいいのにと、エレノアは自分の根性のない腹の虫を恨んだ。


戻ってきたエレノアが真っ赤な顔をしていたので、仲間達は何があったのかと驚いた。

虫が・・・と思い出したように呟いては頭を振るエレノアにカーラが、

「悪い虫がついたのかしら」

と顔をしかめた。

途端に下級生から黄色い声が上がり、エレノアは慌てて

「お会いしたのはご年配の方よ!」

と否定する。

しかし周囲は

「まさかの年上!」

「年下と伺っておりましたわよ!」

「コール様は?噂の王子は?」

「恋は落とし穴というやつですわね!」

とさらに勝手気ままにどよめいた。

カーラの「調べによっては駆除が必要ね」という呟きはその騒ぎにかき消されて誰の耳にも届かなかった。

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