エレノアの侍女見習い4
この日は朝食を食べると、離宮のある街の中を馬車で視察した。王女と王子は厳重な警備を気取らせないにこやかな笑顔で、雪景色を埋め尽くす人々に手を振った。
それが終わると街の重要な施設を訪問して回る。この街は国の直轄領となっており、年に一度のこの避寒が大切な視察や慰問の機会なのだという。
丸一日を公務に費やした二人は、自室に戻るとさすがにぐったりとソファに沈み込んだ。
アイリーンはついて回った侍女二人にも「座っていいのよ」と言ってくれたが、エレノアとジゼルはやんわりとお断りした。幸いエレノアはホールデンのスパルタ補講やそれに準じた自主特訓で体力がついており、倒れ込むほどではなかった。エレノアは心の中で鬼教官に両手を合わせた。
「エレノア・ガーラントは体力があるな」
ファレルに言われ、エレノアは淑女らしく目を伏せ、優雅にお辞儀した。
昨日の夜のことがあり、どういう顔をしてよいか分からなかったからだ。
そんな彼女の、完璧なはずの反応に、王子は行儀悪く鼻を鳴らした。
「お前、怒っているのか」
「・・・恐れながら、お言葉の意味を測りかねます」
「ほら、そうやって慇懃な態度をとる」
「王家の方に敬意を示すのは当然のことでございましょう」
「朝から顔すら見ない」
「殿下のご尊顔が私には眩しすぎるのです」
出口の見えないやりとりに、とうとうアイリーンが口を挟んだ。
「エレノア、そのくらいにしてあげてくれないかしら。ファレルのことは私からも謝るわ」
アイリーン様に謝らせるだなんて、とエレノアは反射的に顔をあげる。
王女は、困ったような微笑みを浮かべていた。
「あのね、ファレルは立場上、魔法の使用を警戒しなければならないの。エレノアの私信にまで口を出したのはそのせいよ。説明もなくやり方が無遠慮だったけれど、許してくれないかしら」
「はい。アイリーン様がそう仰るなら」
ファレルは、妹の言葉にはエレノアがすぐ頷いたことにまた一言ありそうだったが、アイリーンがさりげなくスリッパを素振りしていたので口をつぐんだ。
エレノアは王子の能力を思い出していた。魔力が見える、特殊な力だ。彼がこうして王女の側に張り付いているのは、警備のためもあったらしい。そう聞いて見直してみれば、ファレルの昨夜の行動は当然のものだったのだと彼女にも分かった。もちろんそれでも恐かったのだが。
エレノアはソファに半ば寝転がった王子の方を見た。
「殿下」
「なんだ」
「自分の理解が至らないことも棚に上げて失礼の数々、申し訳ございませんでした」
「ふん」
礼儀正しく顔を伏せてそう言えば、また鼻を鳴らされる。どうやら完全に拗ねてしまったようだ。王子とは同じ年のはずだが、ハロルドすらしないような反応にエレノアは困ってしまう。
どうしたものかとファレルの顔をじっと見つめて答えを探す。
ふて腐れた顔の少年だ。
天使のように麗しいが、その中身は変態であったり、妹思いであったり、無遠慮であったりと、どこまでも人間だ。アイリーンとよく似ているが、アイリーンとはまったく違う。
「・・・分かったからもう見るな」
さっきは見ないと怒ったのに、と首を傾げたが、折良くアイリーンに用事を頼まれたので、エレノアはそのまま王子から目を逸らした。
長い滞在期間が終わり、一行は再び馬車移動と転移を繰り返す。
転移が近づく馬車の中で、エレノアは無様に震えまいと、落ち着くために深く息を吐いた。そうして王女の大事なスリッパが入った鞄の柄をしっかりと握りこむ彼女に、向かいからじっと観察していたファレルが、こう言った。
「エレノア・ガーラントは本当に恐がりだな」
余裕のないエレノアはそんなことを言い出す王子をじろりと見た。
するとファレルは、エレノアの目をじっとのぞき込んで笑った。
「やはりお前の目はアザミの色だ」
エレノアがむっとした表情を隠そうとすると、すかさずその顎を掴んで顔を伏せられなくする。
「アザミは悪い花ではない。容易く摘み取られない花だ。荒れ地に咲く身を守るため、とげを自分で作れる花だ」
「・・・ファレル、淑女にみだりに触れてはいけません」
「殿下」
アイリーンと侍従が止めるも、王子は手を放さなかった。
その不躾すぎる行動に、エレノアはこらえきれず王子を睨んだ。
すると、睨まれたはずの王子はにやりと笑った。
「・・・成る程、悪くない。アイリーン、俺はお前を支持することにする」
ゆっくりと解放された顔を今さら伏せる意味もなくなり、エレノアは謎の言動をとる王子をじっと見つめた。
こうしてとにかく、無事に侍女見習いとしての仕事は終わった。荷物運びと話し相手や簡単な雑用程度のことしかできなかったが、共に行動したジゼルから体力と教養が身についているとの評価をもらえ、エレノアはほっとした。
迎えの馬車に乗り家に帰ると、ハロルドが心配そうな顔で待っていた。
「おかえり。あの・・・」
「ただいま。あのね、ちゃんと聞こえたわ」
声が被る勢いで答えていたエレノアは、あまりにはしたなかったかと少し反省し、続きはゆっくりと話した。
「それでね、うれしかったのよ。どうもありがとう」
大事な言葉だ、早く伝えたいと思ったのだ。ハロルドが大事な謝罪を無理して冬中祭の夜に伝えてくれたように。
エレノアの言葉と、そして素直な笑顔に、ハロルドはほっとしたように微笑した。それは今までに見たことがない柔らかな笑顔だったので、エレノアは目をみはった。
相変わらず染み一つなく整った顔だが、このときハロルドは人形のようには見えなかった。しかしそれが何故なのか、エレノアが気付くことはなかった。
その青い瞳の中に秘めた熱が、人間離れした美貌を温かく見せているのだとは、このときの彼女にはまだ全く分かっていなかった。
次で学年が上がります。




