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エレノアの侍女見習い3

和やかな時間が流れ、途中降り始めた雪を眺めるなどしながら、その夜は遅くまで夕食を囲んでいた。

そのためアイリーンがベットに入り、エレノアの仕事が終了するのもいつもより遅かった。

アイリーンが寝室に入ると、警備の主体は騎士と魔法使いになる。とはいえ侍女としてエレノアもジゼルと共にアイリーンの隣室に控えている。

エレノアはジゼルに一時その場を任せ、階下へと急いでいた。

厨房へ皿を借りに行くためだ。

ハロルドは詳しい説明をしなかったが、小瓶の中身を注ぐのは水鏡を作れという意味だろう。エレノアは水の魔法が苦手なため使ったことはないが、そうして遠く離れた人と会話をする魔法を授業で聞いた覚えがある。

深夜の離宮は暗く静まりかえっている。

「どこへ行く」

急に呼び止められて、エレノアは飛び上がらんばかりに驚いた。

「ふぁ、れる殿下」

廊下の先に、月明かりを受けて金の髪が光っていた。

魔物でなくてよかったと胸をなで下ろすエレノアに、王子は「恐がりだな」と笑った。

エレノアは、きらびやかな彼の美貌に、暗闇で明かりを見つけた人のように近づいた。

「お皿を借りに行くところでしたの」

「皿?何のためにだ」

「あの・・・大したことでは」

エレノアはハロルドの小瓶のことを言ったものかどうかとためらった。その様子に、ファレルは金髪の下の瞳をすっと細めた。

「面白くないな。エレノア・ガーラントが下手くそなくせに隠し事をしている」

「隠しているわけではありませんわ。本当に、言うほどのことではないと思っただけです。水鏡を作ろうと思ったのです」

慌てて、そして若干憤慨して答えると、ファレルはへえ、とさらに食い付いてきた。

「誰と話すんだ?」

そんなことを言う必要があるのかという思いと、約束の時間が迫っている焦りで、エレノアは不敬だが会話を無理矢理終了することにした。

「あの、もう遅いので、失礼します」

しかしファレルに腕を握られ足が止まる。

「そういう訳にはいかない」

王子の顔を間近で見上げ、エレノアは突如、急激な恐れに見舞われた。ファレルのアイリーンによく似た美しい顔が、アイリーンとは違う冷たさでエレノアを見下ろしていた。

「で、誰だ?」

声もアイリーンより低い。掴まれた腕は、少し引いたくらいでは動かない。腕を掴んでいる手も、アイリーンより大きく硬い。そんな当たり前のはずのことにこのときエレノアは恐れを抱き、動転した。

冷静さを失ったエレノアは、王子を睨み付けて叫んだ。

「ハロルドです!」

もう何がなんだか分からないまま、手を振り払って小走りに廊下を戻る。

幸い王子からの叱責はなかった。

しかし結局皿は借りられなかった。すでに新年を告げる鐘が鳴り始めている。

仕方がなく、部屋に元からあった小さなコップに小瓶の中身を注ぐ。本当にちっぽけな水鏡になってしまった。

水面に波紋が広がり、青白い光を放った。

「エレノア?」

「よかった、ごめんなさい遅くなって・・・」

「それはいい、もう時間がないから聞いて」

定めた時間を過ぎてしまったため、ハロルドの魔法の効果は切れかけているらしかった。

すでに青い光が淡く弱くなってきている。

焦った様子のハロルドが小さなコップの中に映る。

「昔、ごめん。ええと、甘ったれと言ったこと。あと、大嫌いといってごめん」

「え?なあに、それって・・・」

エレノアが聞き返すよりも先に、すっと最後の光が消える。

それと同時にコップの中の像も掻き消える。

エレノアはしばらくの間、水の入ったコップを両手で握りしめていた。今自分の聞いたことを整理するのに、時間が必要だったのだ。

鐘はいつの間にか鳴り終えていた。

ハロルドの言葉は、エレノアの記憶を刺激した。彼女はすぐに幼い頃の出来事を思い出す。シンシアができたと聞いた日に、ハロルドがエレノアに言った言葉だ。そしてエレノアがハロルドと距離を保たねばとの認識に至った言葉だ。

もう最近はこだわっていないつもりだったし彼も気にしていないと思っていたけれど、とエレノアは考える。ハロルドにはまだこだわっているように見えていたのだろうか。そして何より、それを彼が長年気にしていたというのが驚きだった。

それにしても、とエレノアは笑った。

急いでいたとはいえ、ハロルドの言葉は拙かった。才能の固まりかと思っていたが、どうやら文才はないということが判明して、エレノアはその夜布団に入っても笑っていた。


翌朝顔を合わせるなりエレノアは、機嫌のいいことをアイリーンに指摘された。

前夜のことを話したエレノアは、締めくくりに「弟の反抗期が終わったようです」と述べた。

それを聞いたアイリーンは

「そういう認識でいいのかしら?」

と首を傾げた。



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