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エレノアと祭り4~反省またはそれ以外のもの~

「見て、ホールデン先生よ!」

ショーが始まると、すぐにカーラが声を上げた。

眼下では、魔法省の魔法使い達が緑の鳥を飛ばせたところだった。皆正装である濃紺のローブを身につけており、さらに魔法の鳥が飛びながら振りまく花や葉が視界を埋め尽くす。

エレノアは、言われた人をすぐには見つけられずに「どこ?」と尋ねた。

カーラはじれったそうに指を差す。

「あそこよ、すぐわかるじゃないの。ああほら、先生の鳥が一番本物らしく飛んでいるわ」

カーラは一時たりともホールデンから目を離さない。

エレノアがホールデンを見分けられないうちに、緑の鳥は観客の上に花を降らせ終え、魔法使いの手へと戻ってしまった。

カーラは目をきらきらと輝かせ、頬を紅潮させている。

いつも冷静で、冗談を言うときさえ淡々としている彼女の変わりように、エレノアは驚かされていた。恋とはこんな風に人を変えるのか、と思ったのだ。

好きな相手を見るためなら多少の無理も押し通し、好きな相手は遠くからでも見つけることができるようになるらしい。そして相手から目が離せなくなるらしい、とエレノアはショーを見つつも、同じくらい興味深くカーラを観察していた。

建国祭お決まりの緑の魔法で始まったショーは、水や火を使った大技へと移っていく。

これは得意分野ごとに魔法使い達が交代で出るようで、ようやくカーラもここで一息ついた。

「ごめんなさいね、せっかく二人で見ているのに、興奮してしまって」

決まり悪げに謝るカーラに、エレノアは首を振った。

「気にしないで。私も楽しんでいるから。それに、そういうカーラを見せてくれるのもうれしいし」

思えば去年までは、こうして二人で見ようという話は出なかったし、カーラの恋心も知らなかった。エレノアは、自分が内面をさらした辺りから、カーラも自分の内側や背景を少しずつ見せてくれている気がして嬉しかったのだ。

「私も。私も、エレノアとはいつかこうして見たいと思ったの」

そして二人でまた窓辺に張り付いて、ショーを見る。

火のドラゴンと水のドラゴンがぶつかり合い、最後はらせんを描いて天へ昇っていく。お次は土で一瞬にして精巧な城が作られ、それを魔法の風が吹き飛ばしてはまた新しく想像上の生き物が作られる。

それをああだこうだと言いながら眺めていると、不意にエレノアの目が止まった。

計算し尽くされたプロによる魔法であっても、突然の自然の風などで思わぬ余波を産むことがある。それが観客に被害を及ぼさないよう、若手の魔法使いが警備に立っているのだが。

その警備の中に、見慣れた黒髪と取り澄ました顔を見つけたのだ。

「あら。ハロルドがいるわ」

なんでかしら、とエレノアが首を傾げると、カーラがああ、と答えた。

「バイトね。魔法省が将来有望な人材を手伝いに駆り出して、青田刈りを狙っているのよ。王宮の文官や騎士団と人材の取り合いがあるから」

つまり勧誘されて、一種のバイトをしているということらしい。見ればハロルドは、ローブは着ていないが魔法省を表す腕章を付けている。

「へえ、ハロルドってやっぱり優秀なのね」

家族ながらエレノアは感心してしまう。

「今日は騎士団のパレードもあるから、どちらが優秀な学生を取り込むかで張り合うのよ。文官はともかく騎士団と魔法使いは折り合いが悪いの。両方国防に携わっている手前、相手より役立っていると示したいのよね。もちろん、魔法使いには医療や学術発展といった役割もあるのだけれど。・・・あ、私も見つけたわ」

そうした影の攻防が行われていることなど、エレノアは知りもしなかった。彼女が特に世情に疎いということもあるが、それを差し引いてもやはり、カーラが事情通なのだ。

「カーラって凄いわ。何でも知っているもの」

「何でもというわけじゃないわ。・・・あら」

そのとき、ハロルドがエレノアを見上げた。エレノアにはそう見えた。

しかし、エレノアは気のせいだと思った。何せここは建物の上階で下から見えにくい上に、本来エレノアがいるはずもない場所なのだから。

「気付いたみたいね」

そう言うカーラに、エレノアはまさか、と笑った。


ちなみにお忍びはアンの口から当然ウィリアムに報告され、エレノアは叱られた。

ウィリアムの説教、というよりも涙に、エレノアは心から反省した。しかし、カーラとあの場所でショーを見たことは何度考えても後悔しなかった。

祭りの3日目は主に一般市民による催しだ。広場では誰彼問わずダンスを踊り、屋台が最後の一仕事と声を張り上げる。

ウィリアムは罰として、エレノアにこの3日目の外出を禁止した。すでに2日目までを十分に満喫したエレノアもこれに異論はなく、この日は大人しく部屋に籠もった。ウィリアムは祭りの裏で行われている大人達の社交に出かけなくてはならず、ハロルドの方もいなかった。

シンシアと母へ手紙を書いたり茶を飲んだり、自分の部屋でのんびりと過ごしたエレノアだったが、夕飯の後、帰ってきていたハロルドに呼び止められた。

「何よ」

エレノアは少しつんとして言った。祭りの初日に彼に花をとられたことを、忘れてはいなかったのだ。

ハロルドはそんなエレノアの様子に少し困った顔をしたが、黙って何かを差し出した。

それは薄い紙包みだった。

「なあに?」

エレノアは、思わず受け取ってしまった包みを扱いかねてハロルドを見上げた。

ハロルドの真っ青で綺麗な目に、エレノアが映っている。彼がじっと見つめてくるので、エレノアはどこかおかしなところがあったろうかと思わず片手で髪を押さえた。

「・・・何なの?」

「昨日・・・まあ、いいや」

やっと口を開いたハロルドは、結局自分で首を振って言いかけた言葉を飲み込んでしまった。そして、さっさと歩き出しながら、エレノアの手の中を指さして言った。

「それ、返す」

返すも何も貸したものに覚えのないエレノアは、もう一度「だから何なの?」と呟いた。しかしハロルドはすでに遠ざかっており、返事は帰ってこなかった。

部屋に戻ったエレノアは、アンの勧めで包みを開いた。

薄紙から出てきたのは、一枚のハンカチーフだった。薄紫の絹地に、レースの縁飾りと小さな白い花の刺繍があしらわれている。滑らかな肌触りはそれなりに高価な品と思わせるが、問題はそんなことよりも。

「こんなもの、貸した覚えはないのだけど」

首を傾げるエレノアに、アンがため息をついた。

「もらっておけばよろしいのです。・・・きっと、花の代わりでしょうから」

アンの言葉に、エレノアはとられたスミレを思い出す。

つまりお詫びの印ということだろうかとエレノアは考え、綺麗なハンカチーフの刺繍をそっとなでた。

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