エレノアと祭り2~それぞれの一日目~
落ち着かないわ、とアイリーンは心の中で呟いた。
今日は祭りの初日、王族として行事に出席するのは当然だ。今さらそんなことで緊張するほど、アイリーンはやわではない。
彼女が落ち着かないのは、隣に立つ兄達のせいだった。
ああ、スリッパが欲しい。アイリーンは再び呟いた。
「この刀、軽すぎだろ」
「あー、眩しくって嫌になる」
二人の兄が、マントのフードでばれないのを良いことに無駄話をしている。
アイリーンは一人を筋肉馬鹿、もう一人を変態馬鹿と評価している。
筋肉馬鹿は今、祭事の為に佩いた装飾が多いだけの刀に不満を垂らしている。
変態馬鹿の方はというと、見えてしまう魔力のせいで人酔いを起こしている。
「毎年思うが、こんなマンネリな祭事は止めて御前試合でもやった方がずっといい」
「どっちにしろ俺は出たくない」
第一王子と第二王子が頼りないおかげで、アイリーンは頭痛薬と護衛を手放せない。そこにいつもならスリッパが加わるのだが。
「・・・二人とも、いい加減になさいませ」
低めの声で言うと、隣のファレルがおお怖いとわざとらしい声を出した。
「アイリーンは真面目だな。母上に似たのか?」
第一王子クインランが心底感心した声を出したので、アイリーンは毒気を抜かれた。
彼の母は前王妃でアイリーン達とは違うが、この言葉に他意がないことをアイリーンは知っている。クインランはアイリーンに筋肉馬鹿と言われながらも、彼女を可愛がっている。そしてことあるごとに、「アイリーンは賢い」と自分のことのように誇らしげに言うのだ。
クインランが悪い人物でないことは分かっている。それに、ファレルだって良いところもある、とアイリーンは思っている。
それでも、彼らがもう少ししっかりしてくれればという思いは消えず、アイリーンは白いフードの下でため息をついた。
王の言葉が終わり、白い上物を脱ぐときが来た。
「やっとか」
クインランがそう言ったので、彼に合図する必要はないなとアイリーンは考える。
「ファレル、準備は」
「わかっている」
どうせぼうっとしていただろうに、返事だけは偉そうに返ってきた。
彼らは揃ってマントを脱ぎ捨てる。
その瞬間、大満員の会場が、割れんばかりの歓声に包まれた。
貴族も、一般市民も、手を叩き声を上げている。祭りの熱気、春の喜び、祭事の興奮が、集まった人々の心を高揚させている。
兄はマンネリと評したが、アイリーンは皆で建国を祝うこの祭事が嫌いではない。特に10年前に父が市民席を設けてからは。300年続いてきたものを変えたことで、父はこの国の向かうべき方向を示しているのだとアイリーンは思っている。
それは険しい道だ。建国から長いときが経ち、貴族制度は形骸化し、硬直化してきている。そこに切り込むのに、クインランには外戚のしがらみが、ファレルには対人関係の適性が、邪魔をする。
ああ、味方が欲しい。アイリーンは今度は笑顔の下で呟く。
優雅に手を振りながら観客を眺めていた彼女の耳が、隣のファレルの呟きを拾った。
「お、あんなところにエレノア・ガーラントがいる」
エレノア、と聞いてアイリーンは反応した。
「どこに?」
もちろん行事の最中に一人の知り合いを気にするそぶりなど、周囲に気取られてはならない。ゆっくりと全体に手を振りながら、ファレルの視線の先を探す。
「茶色のところだよ。端の方、目立たない男と一緒だ」
魔力の見えない普通の視力では、残念ながら見分けることができなかった。
それにしても、とアイリーンは考える。この変態馬鹿は珍しいことに、本当に彼女の名を覚えていたらしい。
「エレノアは、私のものよ」
「お前が彼女を欲しがっているのは知っているよ」
笑顔で手を振りながら釘を刺したアイリーンに、ファレルも観客を魅了する笑みでそう言った。
王族による祭事が建国祭の始まりを告げると、神聖な空気は一変し、街中に祭りの騒がしさが戻ってくる。そこかしこで客引きのラッパが鳴らされ、大道芸人も歌を歌う。
毎年のエレノアは、それらを横目に馬車で大人しく家へ帰っていた。
だからコールから
「これからどうする?」
と声をかけられたときには、胸が高鳴った。さらに、
「君に街を歩かせる訳には行かないけど、もう少しくらい二人で祭りの雰囲気を楽しみたいな」
とコールが言うと、その『二人で』という響きにエレノアは酔いしれた。
二人が向かったのは王都の中央からほんの少し外れた、郊外の丘だった。
コールの手を借りて馬車から下りると、他にもちらほらと貴族の二人連れの姿がある。どうやらここは、庶民に混じって町歩きをすることのできない貴族の子弟達の、隠れたデートスポットになっているらしかった。
「まあ・・・!」
数歩歩みを進めたところで、エレノアは声を上げた。
春の花が咲き乱れる丘の上、眼下には王都の街並みが広がり、祭りの賑わいが一望できた。風向きによって、たまに音楽まで聞こえてくる。
細部は見えないが、旗や風船で飾られた通りにたくさんの店が並び、人が笑い歌いひしめき合っているのがエレノアには容易に想像できた。
「良い眺めですわね」
頬を紅潮させ、エレノアは街を見つめる。王都に来て5年が経つが、自分が住んでいる場所をこんな風に見たことはない。
「ほら、あそこが王宮で・・・あっちの丸い屋根がこの前行った劇場だよ」
「学校も見えますわ」
「ああ、本当だ。その少し左奥に、図書館がある」
コールとエレノアは、それからしばらくの間、飽きることなく街を眺めた。
準備のよいコールが侍従に買いに行かせていた人気店のサンドウィッチなどをつまみ、のんびりと過ごした後、二人は丘を後にした。
エレノアは帰宅後、アンに夢見心地にこう語った。
「今日は私、若い淑女が夢見る祭りの過ごし方を、まるまる体験した気がするわ」
カーラ・キャンベルはこの日、残念ながら王族の祭事を見ることができなかったが・・・彼女は大変機嫌よく、荷造りをして過ごした。
「さあ、これで・・・あとはエレノアが揃えば準備万端ね」
そうしてトランクを覗いて一人笑うカーラの姿は少々不気味だったが、キャンベル家ではいつものことだったので、全く気にする者はいなかった。




