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エレノアと祭り1

王都は朝からざわめいていた。屋台を建てる音、宿を出て朝食を求める者の声、遠くから来た旅人の馬なのか、動物の声もする。

ガーラント家の朝もこの日はいつもより早かった。

ウィリアムにはガーラント子爵家の代表として祭事に参加する義務があるし、長女のエレノアは婚約者に誘われている。ハロルドは学校の友人と出かけるという。

慌ただしくウィリアムが朝食を食べて出て行くと、エレノアも着替えにゆく。

「アン、今日はどのドレスなの?」

「エレノア様ったら、普通はご自分でも考えたり注文を付けたりするものですよ」

丸投げ状態のエレノアに苦言を呈しながらも、うーんと唸るだけの彼女のため、アンはてきぱきと準備していく。

「こちらの水色が良いかと思います。コール様の目のお色にも少し近いですし」

そういうものかと頷いて、エレノアは素直に着せ付けられる。

「髪はどうなさいますか?」

エレノアはまだ社交界デビューもしていない学生なので、普段は髪を全て結い上げることはしない。それでも今日はコールにエスコートされて貴族席へ入るのだから、そろそろ首を出すかとアンは聞いたのだ。

エレノアは少し悩んだ後、首を振った。

「やめておくわ。せっかく大人の格好をするなら、デビューの日にしたいし」

それならば、父や母にも見てもらえる。エレノアの意見に、アンはそうですね、と微笑んで、上半分だけを編み込んでいく。所々に花を差し込んでいくのは、建国祭が土着の祭りと結びついて春の祭りとも呼ばれているためだ。

娘達はこの日、春を彩る花となり、国の発展と共に一年の豊饒を祈る。通りには花売りが溢れ、それを男達が貴賤の別無く買い求める。家族や親しい娘達の身を飾る花を贈るのだ。

エレノアの髪に編み込まれたスミレの花も、この朝ウィリアムから贈られたものだ。マメな父親は、毎年娘に花を手渡す。ちなみにマメでも優しくもないのか、ハロルドから花を贈られたことはない。

靴に小さな鞄、日傘を準備し、全ての身支度が調うと、エレノアはコールの到着を待つため談話室へ向かった。


「何かあったの?」

「いいえ、何も・・・」

コールに言われ、エレノアは慌てて扇を顔に翳した。せっかくコールが今日の装いを誉めてくれたのに、すぐにぼんやりするなんて、と自分を叱責する。

本当は、何もなかったわけではない。ハロルドのせいだ。

それはついさっき、出がけにすれ違ったときのこと。

「今年も花をくれないのね」と軽く責めたエレノアに、ハロルドはつかつかと近づいたかと思うと、おもむろに彼女の髪に手を伸ばした。そしてエレノアが驚いているすきに、髪からスミレを抜き取ったのだ。

花を贈らないどころかとって行くだなんて、とエレノアはたいそう憤慨した。

やがて二人を乗せた二頭立ての馬車が王宮前に作られた広場に到着する。

車止めは、たくさんの貴族の馬車でごった返していた。どうしても高位の貴族が優先されるため、コールとエレノアは少し離れたところで下りて歩くことにした。申し訳なさそうにそれで良いかと聞くコールに、エレノアが「脚は丈夫ですの」と答えると、彼は驚いた顔になったあと微笑した。


首尾よく貴族席の端に陣取ると、エレノアは広場を見渡した。

半円状の貴族席と一般席の反対側には、貴族各家の当主が参列する為の席が設けられている。その中央に通路があり、そこから国王が現れて中央の白い広場で祭事を行うのだという。エレノアにとって、初めて見る光景だ。

「こうしてみると、4分の3は貴族の席なのですね」

素朴な感想を述べたエレノアに、コールが教える。

「でも、10年前までは一般市民の席自体が無かったんだ。こうして市民も見守る形にしたのは、今の国王様なんだよ」

エレノアは一度だけの王との会話を思い出す。気さくなアイリーン王女の父親というのが頷ける、優しげな印象の人物だった。緊張するエレノアの手をとり、笑いかけてくれた。

「素晴らしい方ですわね」

「まあ、それが原因で反対派と揉めてもいるみたいだけど・・・」

そこで彼らの近くを他の貴族が通り掛かったため、二人は立ち上がって一礼する。子爵家の彼らよりも年と家格が上の人々だったのだ。知識として知っているものの、学校と家、親しい友人の家くらいしか知らないエレノアには、こうしたことも初めての体験だ。

本来ならば学校が社会の縮図となっていたのだろうが、今学校にはアイリーンがいる。彼女は王女として、見事に学校中を治めていた。それはただ自分の派閥を作り上げるということに収まらず、末端の貴族までが虐げられたり居心地の悪い思いをすることのないよう、自らも、味方にも目を配らせていた。エレノアは、それがたいそう難しい、珍しいことだとこの前気付いた。共に王立の名を冠するはずのハロルドの学校では、あのような輩が幅を利かせていることを知ったからだ。

そんなアイリーンだと知ればなおのこと、エレノアの守りたいという気持ちは募る。

さらに、アイリーンが狙われる理由の一端もコールの言葉で察することができた。

市民を優遇する現国王は、血統主義の貴族からは煙たがられる。第一王子の亡き母が伝統ある侯爵家の出なのに対し、アイリーンとファレルの母の実家は伯爵家の中でも魔法使いを多く排出して実力を示してきた。アイリーンとファレルは、彼女自身の思想を別としても、血統主義者にすれば実力主義の旗印に見えるのだ。

エレノアが学校の出来事などを話している間に、時間はあっという間に過ぎていった。気付けば会場は満席となり、定刻を告げるラッパが鳴らされた。

会場がしんと静まる。そこへ国王を先頭に、王妃、第一王子、第二王子、そしてアイリーンが入場した。

彼らは皆、白いマントをまとっている。

この地に初めて国の始祖が立ったとき、そこは深い雪に閉ざされていたという。王が建国を天に願うと、その声に答えるように雪が解け、大地は花と緑に覆われた。その雪を表すのが白いマントだ。

そして、

「天よ」

王は304年といわれる昔を再現し、杖を空へと掲げる。

「この地に我らの汗を流し、この地に我らの骨を埋める。そしてこの地を我らの子孫へ受け継ぐことを許し給え。我らの願いを、聞き届け給え」

宣言が終わると、天を差していた杖は力強く地面へと叩き下ろされる。

すると、真っ白だった広場に色とりどりの花が咲き乱れた。さらに、王と家族が白いマントを脱ぎ捨てると、その下から彼らの金の髪と華やかな衣装が現れた。

ほう、という無数の感嘆の声が一つになり、会場に響く。

朗らかに笑った王子や王女が手を振ると、今度は会場は歓声に包まれる。歓声にはそれぞれの名を呼びかける声も混ざったが、中でも「ファレル殿下!」という黄色い声が目立った。

エレノアはその中、アイリーンの姿に見惚れていた。

「なんて素晴らしいのでしょう」

頬を紅潮させてうっとりと言った婚約者に、コールはからかうように問う。

「一応聞くけど、アイリーン王女?」

「もちろんです!」

「本当に好きなんだね」

ためらわず頷くエレノアに、彼は少し妬けるな、と呟くと、小さな花束を差し出す。

「まあ・・・!」

エレノアの頬がぱっと染まった。

「せっかく一緒に来られるなら、ここで渡そうかと思ったんだ」

昨年もコールは花をくれたが、こうして祭りの会場に共に来て贈られるのはまた違った喜びがあった。エレノアは、花に顔をうずめるようにして、小さな声でありがとうと伝えた。


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