エレノアの祭り前2
睨み付けられたのはエレノアだった。彼女は驚いて目を見開いた。
「そうだな、たしかにたいしたことがない容姿の奴もいることだし」
エレノアの目がまん丸になり、涙が浮かぶ。すかさずカトレアが、彼女を守ろうとさらに一歩前へ出ようとした。
しかしカトレアが口を開く前に、誰かが言った。
「ニキビ面の狐に言われるほど酷くはないでしょう」
聞き慣れた声に、エレノアは振り向いた。
「ハロルド」
その場の目は、角を曲がって歩いてくる黒髪の少年に集中した。
「ガーラント・・・!お前、誰にものを言っているんだ」
ハロルドはそのままエレノアの横を通り過ぎ、少年達に対峙した。
「おや。貴方でしたか、ヘンリー・イングラム。失礼、ただの狐かと思いましたよ。僕は女性を侮蔑するものは紳士ではないと習っておりますので」
内容の酷さが聞き間違いかと思うような丁寧な言葉遣いで、けれど逃げることなく彼は言った。
「何様のつもりだ!この、子爵家風情が・・・」
「家格はこの場では関係ありませんね。僕は学校から、監督係を任されています」
その言葉に数人の取り巻きの顔色が悪くなったが、反対にヘンリーといわれた少年の顔は笑いの形にゆがんだ。
「そうか、この女はお前の姉か。道理でいけ好かないと思ったら」
戸惑っていた少女達に、再び殺気が戻る。
エレノアは、度重なる驚きに固まっていたが、ここではっと我に返った。
ハロルドにもハロルドの学校生活がある。そして、どうやらこのヘンリーはその中でも面倒な相手らしい。ならば、姉の自分が庇われてぼんやりしている場合ではないと思ったのだ。
「イングラム様とおっしゃるのですね」
エレノアは、ニキビ面の少年の前に歩み出た。
「弟のご学友の皆様に、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。エレノア・ガーラントと申します」
優雅に淑女の礼をとると、焦げ茶の髪がさらりと肩からこぼれる。
ハロルドの視線を感じながらも、エレノアは先ほど潤みかけた目のままで真っ直ぐにヘンリー・イングラムの目をみつめた。
少年ののどが、ごくりと鳴った。
「弟の言葉、私からもお詫び申し上げますわ。それに、地味なのは、自分でも分かっておりますもの・・・」
「いや、そんな・・・」
自分でけなしておいて何故か慌てた様子の少年に、エレノアはさらに続ける。
「いいえ、髪も、目も、こんなに地味な色ですし・・・。土みたいな色の髪だって言われてしまいましたの、ファレル殿下にも・・・」
そこでさっと少年達の顔色が変わったことに、さすがにエレノアも気付いて言葉を途切れさせた。
「あ、あの、レディに対して失礼なことをしました・・・僕たちはこれで・・・」
行くぞ、と仲間を引き連れてそそくさ去っていく姿に、エレノアは再び目を丸くした。
「合格点よ、エレノア」
振り向けば、カトレアが満足げに微笑んでいた。
「淑女の戦い方として、今のはかなり高得点」
「そうね、庇護欲をそそる初々しい態度で油断を誘って、後はさりげなく権力とのつながりを臭わせて潰す、と」
「私、そんなことをしてしまいました?」
いいのよ、とカーラが笑う。
「先に権力を振りかざしたのはあちらでしょう。ああいう手合いは、自分より上のものには弱いのよね」
「エレノア」
気まずげにかけられた声に、エレノアはハロルドへ向き直った。
「ハロルド、さっきはごめんなさい。貴方に敵対させるようなことになって・・・この後大丈夫?」
「いや、それはいい。隙は見せないから。それより、そっちは」
何のことだろうと首を傾げたエレノアに、ハロルドはもういい、とため息をつく。
そしてすっと身体の向きを変えると、他の少女達に向かって頭を下げた。
「皆さんのおつとめの邪魔を致しましたこと、生徒を代表して謝罪いたします。この件は報告致しますので、後日改めて学校としても謝罪をさせていただきたいと思います」
「謝罪を受け入れますわ。ただ、しっかり報告お願いしますわね」
カトレアが鷹揚にうなずくと、ハロルドは足早に少年等の後を追った。
「エレノア、今のは落第点よ」
カトレアの再びの評価に、周囲の少女が頷く。
「何がでしょう・・・」
なぜか声音の低いカトレアに、緊張気味にエレノアが聞き返すと、
「今のは、最高の笑顔でありがとう、でしょう?」
「そして貴方が庇ってくれたから大丈夫よ、と!」
少女達に拳を握って力説され、エレノアは、自分の淑女としての能力の低さを思い知らされたのだった。




