エレノアの祭り前
なんとかスランプを脱したエレノアは、今日も華麗に泥団子を積み上げる。
彼女が優雅に「団子」と唱えれば、あとはイメージ通りの大きさの魔力が団子状の固まりとなって現れる。団子が大中小と数十個積み上がった様子は何かの呪術を思わせるが、エレノアは積み上げたくなってしまうのだ。
そして極限まで高く積まれたそれは、当然ながら、
「危機!」
崩れるところを危機察知の練習中のカトレアによって指摘される。ただしカトレアは教えてくれるだけで団子を支えてはくれないので、消しそびれた団子達はたびたびエレノアに崩れかかる。
なぜ積むのかとカトレアに聞かれた彼女は、こう答えた。
「だって、これは私にとって亀なのよ」
エレノアのイメージは、以前カーラに見せられた亀の親子が重なって日向ぼっこをしている絵に影響されている。彼女の中ではすでに、亀ならば大中小と重なるべきなのだ。
「でも、これは丸いから・・・亀というより亀の卵ね」
「カーラちゃん、やめなさい。エレノアちゃん、遊ばれないの」
現れたホールデンの制止で、割れた泥団子を手にぼう然としたエレノアははっと正気に戻った。
だって可愛いんですもの、などと言っているカーラをこらこらともう一度たしなめると、今度は全員に聞こえる声で言う。
「今日はここまでにしよう」
「あら、少し早いのではありませんか」
首を傾げたカトレアを、ホールデンは申し訳なさそうに片手で拝んだ。
「ごめんねえ。この後、祭りの打合せがあるんだ」
王都の祭りといえば、初夏に行われる建国祭と秋の豊饒祭、そして冬の一番長い夜にある冬中祭だが、そのうち最も大きいのが建国祭だ。
建国祭はこの国の始祖がこの地に国をつくることを神に許された日とされており、三日間の祭りの間には王族による祭事や、騎士団のパレード、魔法省の魔法使いによるショーなど、様々な催しが行われる。国中から人が集まるため、学校もこの間はお休みになる。
「ホールデン先生は、今年もショーに出られるのよ」
カーラが心なしか誇らしげに言う。
イアン・ホールデンは王立学校、女学校の魔法学の教官も務めているが、実は魔法省所属の有能な魔法使いだ。そのことをエレノアはこの春知ったばかりである。他人の魔力の扱いを感じ取る繊細な能力をもつ彼は、そうして才能ある若者を魔法省へ勧誘する役割を担っているらしい。
昨年も一昨年も祭りには参加したエレノアだが、あまりの混雑に早々に帰ってしまった。
貴族の令嬢には屋台の食べ物を食べたりダンスに参加したりという楽しみ方はできず、馬車から遠目に祭事やパレードを眺めるだけだったのだ。もっとも、お忍びといった手もあるにはあるのだが、立派な令嬢たらんと気張っていた彼女にその選択肢は無かった。
「今年こそ、もっとお祭りを楽しみたいわ」
決意を込めて言ったエレノアに、カーラが聞く。
「エレノアは、コール様と行くの?」
「一日目の祭事を一緒に見ないかと言ってくださっているの。コール様が一緒なら今年は貴族席の後ろの方に座るのも良いかと思って」
「そうね、殿方がご一緒ならそれが良いわ」
王族の行う祭事は、半円状に作られた観覧席に座って見ることもできる。ただし、貴族席、一般席とあるそこは安全上も体面上も、デビュー前の若い令嬢が単身乗り込むべきところではない。エレノアもデビューの年を迎え、ようやくコールと共にならとウィリアムの了承を得た。
カーラは意中の人と行くわけにもいかず、両親も仕事とのことで祭事は馬車から見るという。
「その代わり、ショーは特等席で見られるように手配してあるの。エレノアもよかったら一緒にいかが?」
願ってもない申し出に、エレノアは一も二もなく頷いた。
こうしてますます建国祭が待ち遠しいものとなったが、彼女ら特別補講生には一つやってしまわなくてはならないことがあった。
「知らなかったわ。これって、私たちが準備するものだったのね」
エレノアの言葉に、年長の少女が振り返る。クラウディアという優しい少女だ。
「ああ、カーラとエレノアは今年からだものね」
彼女らは大量の国旗を手に、通行規制の敷かれた通りを歩いていた。これを今から、魔法を使って通りに取り付けていくのだ。
「私たち、大抵は王宮や魔法省で働くことを目指しているでしょう。だから、その練習のためにこうして祭りのお手伝いをするのよ」
肉体労働などしたことがなく、普段の移動も馬車が主な彼女らだ。せっかく魔法や学問を修めても、労働自体に馴染めなければ何にもならない。クラウディアによると、卒業までの2年間、何かしらの特別補講を受けている生徒はこうして祭り等の行事に駆り出されるのだという。
「王宮学校の生徒もそうよ。あちらも貴族のご子息で、中にはふんぞり返った使えない人間も混ざっているから・・・」
横から口を挟んだカーラの珍しく辛辣な言葉に、エレノアは首を傾げた。そこへ、
「危機、よ」
聞き慣れたカトレアの忠告に、少女達に緊張が走った。
カトレアの見つめる通りの向こうから、少年達が現れた。
「おい、あいつら」
こちらの存在に、向こうも気付いたようだった。
それにしても、話し方の何と品位のないことか。その上聞こえてきたのはこのような言葉だった。
「たしか、亀のエレノアだろ」
「あとはカーラ・キャンベルだっけ」
今年から参加する生徒の名を把握しているらしい。
自分の名が王女襲撃の一件でそれなりに知られていることなど露とも知らないエレノアは、彼らはよほど暇なのかと思った。嫌な言い方だとは思ったが、エレノア自身は自分の改良中の『亀』に不満はない。そのため、少年達のこの言葉に何を感じることもなかった。ただ、周囲の少女達は静かに殺気立った。
極めつけに、彼らはこう言ったのだ。
「女のくせに働こうだなんて、よっぽど容姿に自信がないんだろうな!」
今度こそ、地味な容姿を気にしているエレノアはしっかりと傷付いた。彼女の歩みが緩んだことを感じとったカトレア達は、なお殺気を濃くする。
そして十分に両者の距離が詰まったところで、カトレアは歩みを止めて優雅に腰を折った。彼女に続いて残りの少女達も、手に旗を持ったまま優雅にお辞儀する。
「ご機嫌よう、皆様。おつとめご苦労様でございます」
「ご機嫌よう・・・レディ」
殺気をまとったカトレアは、普段にまして美しかった。彼女の動きに合わせて豪奢な黒い巻き毛が揺れる。にやにや笑っていた少年達もその美しさに気圧されたように身じろぎした。
「私たち、本日は女の身でおつとめをまかされて、大役に震えておりますの。皆様はどのようなお役目を?」
カトレアの隣で、カーラも普段の二割り増し可愛らしい声で言う。
「さぞかし素晴らしいお役目なのでしょうね、なにせ立派な殿方ですもの」
少年達はもごもごと返事を濁す。彼らは、任された仕事場を離れてさぼりに来たのだ。そうでなければわざわざ女学校の生徒と遭遇するような場所に現れる訳がなく、それをカトレア達は揶揄しているのだとようやくエレノアも理解した。
「容姿にも皆様ほど自信がありませんもの、こんな時くらいは私もお役に立たなくては」
と言ったクラウディアはたいそう美しく、ニキビ面の少年達を前にそれは明らかな皮肉だった。
それに中央のリーダー格の少年が、かっと顔を真っ赤にした。貧相なほどとがった顔の彼は、彼らの中でも際だって身なりがよく、相当の家格と見える。
そのプライドを傷つけられた少年は、何とか一矢報いねば気が収まらないと思ったのだろうか、少女達を見渡し、もっとも弱そうな者に目を付けた。




