表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/104

エレノアの魔法修行

「というわけでね、私、絶対に身を守れるような魔法を極めようと思うの。」

優雅ではないと思ったからか、机の影で小さく拳を握るのは、エレノア・ガーラントだ。

そんな彼女を冷静な目で見つめる栗色の髪の少女は、

「どうしてやめるのでなくて極める方にいくのかしら?」

と首を傾げた。


放課後の王立女学校は非常に静かだ。生徒の多くがお茶会にドレス作りにとさっさと帰っていくので、わざわざ残っているのはエレノアや、先ほどの少女カーラのようなわずかな数の者達だ。

エレノアは休み中の失敗談を、カーラに話していた。

カーラは初等部からの同級生で、エレノアの親友だ。彼女の生家であるキャンベル家は代々王宮で様々な役職に就いており、家族と同じ道を志しているカーラも、この学校の中では特に熱心な生徒だった。互いの存在に気付くと二人は自然と一緒に行動することが増え、今に至る。


「それにしても、魔法にこだわるのね。」

カーラがこういうのは、別に非難でもなんでもない。貴族の令嬢としては魔法の話が合わせられるレベルで十分、王宮や大貴族のもとで働くにしても蝋燭に火がつけられる程度で事足りている。常識人のカーラはそれを指摘しているのだ。そう分かっているから、エレノアも素直に答える。

「うーん・・・母の影響かしら。うちの母、珍しく体質的に魔法が使えないらしいの。私も同じ体質じゃないといいけどって心配されていたから、使えてうれしいというか。」

それに、休み前に頑張ってとった成績を褒めてくれたし、と続けると、カーラは「相変わらずのファミリーコンプレックスね」と呆れながらも微笑んだ。

「それで、極めるための特別補講なのね。」

「ええ。」

この学校では専門性の高い魔法の授業は行われない。それで週に一度、王立学校から講師を招いて、カーラのような特殊な生徒のための特別授業を行うのだ。今年の生徒は4人おり、もともとエレノアはその対象ではなかったのだが、先生に頼み込んだところ成績良好につきということで許可された。ただし、くれぐれも浮ついた気持ちで向かわないようにと釘を刺されている。

緊張で冷たくなる指先を反対の掌で握り込んでいるエレノアに、カーラが大丈夫よ、と声をかける。

「ホールデン先生は実力者だけど、堅苦しい方ではないから。むしろ軟らかすぎて・・・そういう面では気をつけて、といった方が良いのかしら。」

どういう人なのだろうと首を傾げたところに、音をたてて扉が開かれた。

「やあ、お待たせ僕の生徒達。」

そういって笑った口元のきらりと光る歯、ハニーブロンドのウェーブのかかった長めの髪。入ってきたのはなんとも甘い印象を与える中年男だった。

「今日から一人生徒が増えるって聞いたけど・・・ああ。」

君か、と笑いかけられ、エレノアは急いで立ち上がり、礼をとった。

「エレノア・ガーラントと申します。未熟者ですが、御指導よろしくお願いいたします。」

エレノア・ガーラント、と呟くと、彼はエレノアの顔をまじまじと見つめ、それからにやっと笑った。

「やあやあこちらこそ。どうぞよろしくね、エレノアちゃん。」


すぐに生徒の進度に合わせた個別の授業が始まり、5人の少女の間をホールデンが順に回っていく。エレノアは指示があるまで教本を読んで待機だ。

「ね、軟らかいでしょ?」

自分の課題を終えてしまったカーラが小さな声で言い、エレノアも頷いた。どうりで「浮ついてはいけない」と釘を刺されたわけだ。実力や立場など事情はあるのだろうが、こんな甘い美男が女生徒ばかりの学校で授業をしていると皆が知れば、生徒が殺到して大変なことになりそうだ。

「さあて、待たせたね。僕はイアン・ホールデンだ。君の弟のハロルド君にもよろしくしているんだ。改めてよろしくね。」

エレノアは目を見開いた。

「弟にもご教授いただいていたのですね。不肖の姉でお恥ずかしいですわ。」

「あの猫かぶりのハロルド君が、今日はとっても面白い顔を見せてくれたから、気になっていたんだよね。」

猫かぶり、という言葉に再び目を見開く。屋敷の使用人達が素を見せようとしないハロルドをそっと見守っていることにも気付かないエレノアは、ハロルドの猫を見抜いている人間がいることを初めて知ったのだ。

「授業終わりに『さあ次はかわいい女の子達教えに行くぞ~。』って喜んでたら、すんごく驚いたような怒ったような顔したよ。お姉さんが心配だったのかな。まさか僕だって、大事な生徒に手は出さないのにねえ。」

にやにやと思い出し笑いをしながら言ったホールデンに、隣からカーラが「生徒のうちは、でしょう。」と呆れた声で突っ込む。彼女の姉や従姉妹もこの特別補講の出身者らしいので、ホールデンのことはよく知っているのだ。

「カーラちゃんたらばらさないでよ」

と機嫌良くウィンクしたホールデンは、驚いているエレノアにぴたりと視線を定めて言った。

「それじゃ、始めますか。」


イアン・ホールデンは優れた教師であり、魔法使いだった。

彼はまず、動揺したエレノアの集中力の乱れから彼女のイメージ作りの問題点を見抜き、修正させた。

残念ながらエレノアは、魔力の量が格別多いわけでないのに、複雑なイメージ構成も苦手だった。しかしホールデンは、一点に絞ったときの集中力は非常に高いという長所を見つけてくれた。それを生かし、単純だが実用性の高い護身の魔法に絞って教え、徹底的に強度を高めさせた。

まさかあの失敗がエレノアを奮起させホールデンに出会わせ、結果的に一芸に秀でた魔法の使い手にするとは、誰も想像しなかっただろう。

この日、問題点を指摘され続けてへこんでいたエレノアも、まだ当然、そんなことは知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ