第33話 町ブラ~シアーヌ編~
ルカの工房を出た俺は、シアーヌの町を歩きながら、武器を扱っている店を探していた。
新しい弓が完成するまでには、まだ時間がかかる。
その間、何もせずに待っているのももったいない。まずは、この世界で使われている弓がどんなものなのか、自分の目で確かめておきたかった。
『弓なら、さっきの店にもあっただろう』
『ああ。ただ、もう少し種類を見ておきたい』
『どれも似たようなものではないのか?』
『見た目が似ていても、使い心地まで同じとは限らないさ』
肩に乗ったネロに答えながら、俺は通りを見回した。
しばらく歩くと、剣や槍と一緒に弓を並べている武具屋が見つかった。
店先には、いくつもの弓が立てかけられている。
その中から、手頃な大きさのものを手に取ってみた。
まず目につくのは、その短さだ。
俺が慣れ親しんできた和弓は、全長が2メートルを超える。上下の長さが異なる独特の形状で、構え方にも引き方にも、それに合わせた身体の使い方がある。
一方、こちらの弓は全体的に短い。
弓の両端が大きく反り返っており、木材だけで作られたものとも違う。複数の素材を組み合わせた複合弓のようだ。
短い弓でありながら、十分な威力を生み出せるよう工夫されているのだろう。馬上で使うことや、持ち運びやすさも考えられているのかもしれない。
もちろん、見た目だけで性能を判断することはできない。
俺は店主に断ってから、試しに弓を構えさせてもらった。
弦を引く。
思っていたよりも、引き始めに力が必要だった。
それでも、途中からは滑らかに引き込める。
なるほど。形状だけでなく、力のかかり方も違うらしい。
いつもの感覚で引こうとすると、肩や腕に余計な力が入る。
意識して力を抜き、改めて構え直した。
……やはり、違う。
道具が変われば、身体の使い方も変わる。
頭では理解していても、身体に染みついた動きは簡単には変わらないものだ。
俺は弓を戻し、別の弓も手に取ってみた。
引きやすいものもあれば、手に馴染まないものもある。
握りの形状、弦を引いたときの感触、弓全体の重さ。
少しずつ違いを確かめていくうちに、何となく傾向が見えてきた。
この世界の弓は、俺が知っている和弓とは設計思想そのものが違うのかもしれない。
もちろん、どちらが優れているという話ではない。
使う場所も、扱う人間も、求められる性能も違う。道具は、それを使う環境に合わせて形を変えるものだ。
修理の仕事をしていた頃も、同じようなことを考えたものだった。
構造を理解し、何が必要なのかを考え、目的に合った方法を選ぶ。
結局、世界が変わっても、やるべきことの根本は変わらないらしい。
ただし、知識があることと、実際に現場で使いこなせることは別の話だ。
俺は店主に礼を言い、店を後にした。
その後も何軒か店を回り、弓を見せてもらった。
形状や素材に違いはあるものの、やはり短く反りの強い弓が多い。
俺がルカと作ろうとしている弓も、こちらの弓の利点を参考にしながら、扱いやすさと持ち運びやすさを両立させるつもりだった。
元の世界で使っていた弓を、そのまま再現するわけにはいかない。
材料も違えば、加工技術も違う。それに、旅をすることを考えれば、あまり大きな弓は不便だ。
ならば、今の環境で作れるベストなものを作る。
そして、完成した弓に合わせて、自分の技術を調整していけばいい。
『ずいぶん真剣に見て回っているな』
『せっかく作るんだ。完成した後に使いこなせないんじゃ、意味がないからな』
『作ればすぐに使えるものではないのか?』
『道具は、作って終わりじゃない。使い方を体で覚える必要があるんだ』
『ふむ。食事も、食材を手に入れただけでは腹は膨れないからな』
『……お前の場合、食材を手に入れたら俺に調理させるだろ』
『適材適所というやつだ』
ネロは当然のように言い切った。
こいつは本当に、都合のいい言葉を覚えるのが早い。
俺は小さく息を吐き、町の外れにある練習場にも足を運んでみた。
そこでは、何人かの男たちが弓を射ていた。
的までの距離は、俺が昔経験してきた距離とは異なる。
射手たちはそれぞれの弓を構え、慣れた動作で矢を放っていた。
弦の音が響き、矢が的へと飛んでいく。
俺はしばらく、その様子を観察した。
構え方も、引き方も、人によって少しずつ違う。
それでも、無駄な動きが少ない者ほど、安定して矢を飛ばしているように見えた。
やはり、練習量の差なのだろう。
俺だって、弓にまったく触れたことがないわけではない。
祖父に教わり、その後も定期的に弓に触れて練習していた時期があった。
基本的な構えや、弓を引く感覚は身体に残っている。
だが、それはあくまでも、慣れ親しんだ弓を使う場合の話だ。
実際に狩りをした経験はないし、生き物を相手に矢を放ったこともない。
ましてや、こちらの世界で使われている弓は、形状も力のかかり方も違う。
以前の経験が役に立つ部分はあるだろう。
だが、それだけで十分だと思うほど、俺は自分の腕を過信していなかった。
仮に、今すぐ弓を手に入れられたとしても、すぐに戦闘で使えるとは限らない。
狙った場所へ矢を飛ばせること。
必要なときに、落ち着いて弓を構えられること。
そして、相手が動いている状況でも、適切に判断できること。
どれも、実際に経験を積まなければ身につかない。
俺は練習場を眺めながら、頭の中で課題を整理した。
まずは、完成した弓の扱いに慣れること。
次に、狙った場所へ矢を飛ばせるようになること。
その先に、狩りや戦闘で使うための技術がある。
急いで身につけようとしても、簡単にできるものではないだろう。
それでも、やらなければ始まらない。
『どうした、サク。難しい顔をしているぞ』
『これから覚えることが多いなと思ってな』
『ならば、1つずつ覚えればいい』
『……ずいぶん簡単に言うな』
『おまえは、いつもそうしているだろう?』
俺は少しだけ目を見開いた。
ネロの言うとおりだった。
知らないことがあれば調べる。
わからないことがあれば、仕組みを考える。
うまくいかなければ、原因を探してやり直す。
これまでだって、そうやって問題を解決してきた。
この世界だからといって、急に別のやり方が必要になるわけでもない。
『……そうだな。まずは、できることからだ』
『うむ。では、そろそろ食事のことも考えるべきではないか?』
『お前はそればっかりだな』
『腹が減っては、考え事もできぬ』
『さっきまでずいぶん立派なことを言っていたのに』
『それとこれとは別だ』
俺は苦笑しながら、練習場を後にした。
設計を考えること。
実際に作ること。
そして、使いこなせるようになること。
どれも一足飛びにはいかない。
焦っても仕方がない。今できることを、1つずつ積み重ねていこう。
俺はルカの工房で見た、作業台の上の部品を思い出した。
まだ弓の全体像は見えていない。
だが、少しずつ形になっているのは確かだった。
『完成が楽しみだな、サク』
『ああ。まずは使えるものに仕上げてもらわないとな』
『そして、使いこなせるように練習か』
『そういうことだ』
弓が完成しても、それで終わりじゃない。
道具を作ることと、その道具を自分のものにすること。
その両方が必要なのだ。
俺は宿へ戻りながら、完成した弓を手にする日のことを考えた。
まずは、弓が完成するのを待とう。
練習を始めるのは、それからだ。




