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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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91、壮大なジェネレーションギャップ




 会議室を支配していたのは、圧倒的なまでの敗北感と、それを上回る強烈な満腹感だった。


 前世を思い返しても、ここまで「人間って単純だなあ」と思ったことはなかった。どんな偉い人でも、お腹いっぱいになればこんな顔になるらしい。


 つい数十分前まで、自分たちのことを神の代行者か何かだと信じて疑わず、眉間に深い皺を寄せて高圧的な視線を送ってきた帝国の最高幹部たちは今、一様に椅子の背もたれに深く体重を預けている。誰もが首元の装飾を緩め、完全に焦点の合っていない瞳で虚空を見つめていた。


 もう帝国の未来なんて考えている顔には見えない。完全に「眠い……」って顔だ。


 中でも最も劇的な変化を遂げたのは、テーブルの中央に陣取る皇帝ドッテンマイヤーだった。


 登場時の、修学旅行の夜に見回りに来る生活指導の体育教師のような威圧感は完全に消え失せている。今はもう、近所の定食屋でお昼ご飯を食べ終わって爪楊枝片手に「ふぅ……」ってしているおじさんにしか見えない。


 彼は分厚い手のひらで自身の豊満な腹部をゆっくりと撫で回しながら、満足げな吐息を漏らした。


「……見事な手並みであった。千波領のメイドよ。余はこれまでの人生で、これほどまでに己の肉体が歓喜の声を上げる食事を経験したことがない。宮廷料理長には気の毒だが、明日にでも彼を国境警備隊へ左遷せねばならんかもしれんな」


 冗談なのか本気なのか極めて判断に苦しむ発言だったが、隣で眼鏡のブリッジを押し上げている宰相のトライは、もはや反論する気力すら失っているようだった。皇帝自身も額に脂汗を浮かべていて、たぶんさっき食べた二度目の替え玉が、胃袋の中で絶賛ストライキを起こしているんだろう。そりゃ無理もない。


 わたしは小さく息を吐き出し、姿勢を正した。

 腹が満たされたからといって、無罪放免で帰してくれるような気の良い相手ではないことくらい、わたしにだってわかる。むしろ、お腹が満たされた今からが本番なんだろうなと思う。


 厄介なことに、彼らは未知の脅威であったはずのわたしたちに対して、さっきより距離が近くなったようにも見える。

 人は、同じ物を食べると、なんとなく仲間っぽい空気になるのかもしれない。


「さて、腹も存分に満ちたことであるし、退屈な技術交流とやらを再開しようではないか」


 皇帝が身を乗り出し、興味深げな視線を私に向けてくる。さっきまでの「得体の知れない化け物」を見るような警戒心は消えていて、代わりに、テーマパークで次のアトラクションをワクワクしながら待ってる子供みたいな目になっていた。


「ヨーゼフ。我が帝国が誇る魔導技術の粋を、この若き領主殿に見せてやるが良い」


 名指しされた技術主任のライブラさんは、慌てて背筋を伸ばすと、若い研究員に目配せをし、厳重に鍵の掛けられた金属製の保管箱をテーブルの上へと運ばせた。


 仰々しい手つきで箱が開けられる。

 中から現れたのは、黒ずんだ金属の塊だった。

 大きさは人間の頭ほどで、表面には幾何学的な溝が精緻に彫り込まれており、そこから無数の極細の銅線のようなものが血管のように飛び出している。一目見て、それが何か工業製品っぽいものだとは分かった。


 ただ、それが「神の遺物」っぽいかと言われると、うーん……全然そんな感じはしない。


 イメージは、パソコンパーツショップの奥の方にあるガラスケースに入っている、マニア向けのハイエンド基板。

 パソコン好きの人なら目を輝かせそうだけど、普通の人なら「古い機械だな」で終わりそうな見た目だった。


「ご覧いただきたい。これぞ、我が国が数世紀の時間を費やして解析を試みている、第一世代魔導神機の心臓部……『神核』のオリジナルパーツである」


 ライブラ主任の声は、推しの限定グッズを手に入れたオタクみたいに熱がこもっていた。彼はその薄汚れた金属塊を、まるで世界で最も美しい宝石でも扱うかのように愛おしげに見つめている。


「我々はこの神核から発せられる微弱な魔素の波長を読み解き、それを増幅し、現在の魔導機関の動力源として転用することに成功したのだ。これこそが、我が帝国が他国を圧倒する科学力を誇る証拠。古代の女神が残した、叡智の断片である」


 主任の演説が終わると同時に、帝国の官僚たちは一様に頷き、誇らしげに胸を張った。彼らにとっては、この金属の塊が帝国最強の証明アイテムみたいに見えているらしい。


 わたしはただ黙ってその金属塊を眺めていた。

 見た目の無骨さもさることながら、そこから発せられているという「神の叡智」の正体が純粋に気になったからだ。私は視線をわずかに落とし、意識の奥底でチハたんとリンクを繋いだ。


『対象物のスキャンを完了しました』


 チハたんの電子音声は、いつにも増して抑揚に欠け、冷徹な響きを持っていた。無駄な説明を省き、事実だけを端的に告げる。


『千波、断言します。あれは兵器の類ではありません』


「じゃあ、何なの。あれ」


 わたしは表情を崩さないよう細心の注意を払いながら、脳内で素早く問い返す。


『旧文明の大型軌道ステーション――マザーシップの生命維持設備を統括する制御中枢です。当時の最高技術の結晶ですが、現在は深刻なエラーにより完全に機能不全に陥っています』


 生命維持設備の制御中枢。


 なるほど、確かにとんでもない代物だ。惑星規模の命を預かるコンピューターなのだから、その処理能力や構造は、今の帝国の技術水準から見れば魔法や奇跡と区別がつかないだろう。

 そりゃ帝国の人から見たら神様の遺物みたいに見えても無理はない


『彼らが神の意思や叡智と呼んでいる微弱な波長の正体は、壊れた基板が再起動を試みては失敗を繰り返している、単なるエラー信号のループです。彼らはその故障ノイズを無理やり増幅させ、無駄なエネルギーを消費して動力を得ているに過ぎません。本来の用途から逸脱した、極めて非効率的かつ危険な行為です』


 チハたんの報告は、無慈悲なほどに簡潔だった。


 要するに、この帝国のエリートたちは、何百年もの間、壊滅的なバグを起こしている巨大宇宙船の空調や酸素循環の制御機器から漏れ出るショート音を「神の御言葉」だと信じ込み、それを基にして国家規模のインフラを構築してきたということだ。


 ……なんというか、笑っていいのか困る。本来は途方もなく素晴らしい技術の結晶なのに、使う側の知識が追いついていないせいで、ただの危険なノイズ発生装置に成り下がっている。真実を知ったら、ライブラ主任なんか寝込みそうだ。


 わたしが返答に窮していると、隣で優雅に食後の紅茶を傾けていたザキが、非常に意地の悪い角度で唇を歪めた。


「ほう。これが帝国の至宝ですか。なるほど、確かに見事な造形です。金属の組み合わせとしては悪くない」


 あ、ザキさん、完全に煽りにいってる。


「ただの壊れた金属の塊に過剰な意味を見出し、挙句の果てにはそれを信仰の対象にまで昇華させる。現在の用途が本来の目的と合致しているかどうかも確かめず、ただ漏れ出る力を崇め奉る。その涙ぐましいまでの想像力と現実逃避の精神には、元異端審問官として深く感銘を受けます。あなた方の脳内では、さぞかし都合の良い神様がエラー音に合わせて踊り狂っているのでしょうね」


 ザキさんの言い方は、いくらなんでもド直球すぎるというか、煽りスキルが高すぎて逆にヒヤヒヤする。


 帝国の官僚たちの顔色が、瞬時にラーメンの多幸感から激怒の赤へと染まる。ライブラ主任は立ち上がりかけ、その口から非難の言葉を放とうと息を吸い込んだ。


 だが、それを制したのは、他でもない皇帝バイオガだった。

 彼は片手を軽く挙げて部下たちを黙らせると、楽しげな視線をザキに向け、そしてわたしへと移した。


「聖王国の狂犬が、随分と吠えるではないか。だが、言葉の遊びだけで余の耳を楽しませることはできんぞ。貴様らが我が国の至宝をただのガラクタと呼ぶのであれば、それ相応の根拠……いや、貴様ら自身が隠し持つ力というものを、ここで明確に示してもらおうか」


 皇帝の言葉には、有無を言わせぬ絶対的な圧があった。

 地下で見せた力の正体を知りたくて仕方ない、そんな顔に見えた。


「聖王国の狂犬? かつてはそう呼ばれた事もありましたが、今は聖王国とも無縁のただの農夫ですが」


 ザキさんは皇帝の威に屈する事もなく平然と言い返した。


 わたしは小さくため息をついた。


 面倒くさいことこの上ない。前世の記憶で例えるなら、文化祭の準備中、ちょっとデザイン用ソフトが使えると口を滑らせた途端、クラスで一番声の大きい仕切り屋の女子に「じゃあクラスTシャツのデザイン、全部お願いね!」と発注書を押し付けられた時のアレだ。


 断ればクラスの輪を乱す裏切り者としてSNSの裏アカウントで袋叩きにされるし、真面目に作ったら作ったで「ここ、もうちょっと可愛くできない?」などと無給で無限の修正作業を要求される。どちらに転んでも地獄しか待っていない、学生特有の理不尽な強制力。目の前にいる大柄な皇帝の眼差しは、あの時のクラスメイトの圧力と全く同じ性質のものだった。


「……仕方ないですね」


 わたしは制服のポケットに手を入れた。

 そこには、チハたんが自身の機能の一部を切り離して作成した、手のひらサイズの携帯端末が入っている。見た目は前世のスマートフォンに似ているが、中身はこの世界のどの魔導具よりも高度な演算能力を秘めた化け物だ。


 わたしは端末を取り出し、テーブルの上、あの可哀想な生命維持装置の部品の隣に無造作に置いた。


 帝国側の視線が一斉にその小さな薄い板状の物体に突き刺さる。彼らにはそれが何なのか、まったく理解できていない様子だった。


 端末の黒い画面を、人差し指の腹で軽く一回だけ叩く。


『認証完了。視覚情報の限定的投影を開始します』


 脳内でチハたんの承認音が響くと同時に、端末の上空に淡い青色の光の粒子が集束し始めた。


 空中に青い光のツブツブが集まって、みるみるうちに立体的な形を作っていく。

 最新のVRゲームとか、そういうレベルじゃない。光の線が骨組みを作って、そこに本物そっくりの質感が塗られていく感じ。あまりにもリアルすぎて、映像じゃなくて、そこに本物の物体がポンと召喚されつつあるようにしか見えなかった。


 その瞬間、帝国側の研究員や官僚たちが、一斉に椅子から腰を浮かせ、叫び声を上げた。


「魔法陣の展開がない!」

「詠唱すらしていないぞ!」


「いかなる術式だ……ただ指で板に触れただけではないか!」


 驚いているのは結果じゃない。「なんでそんな起動の仕方なんだ」という顔だ。

 魔法陣も魔石も使っていない。それだけで十分衝撃だったらしい。


「光が、形を成している……」

「空間そのものに幻影を固定しているというのか。あり得ない、光の屈折率をどうやって制御している……」


 ライブラ主任が、震える手で自身の眼鏡を外し、目をこすった。それでも目の前の光景が消えないことを確認すると、力なく椅子に崩れ落ちた。

 やがて、光の粒子の集束が完了し、空中に完全な姿が映し出された。

 そこに投影されたのは、巨大な鋼鉄の塊だった。


 九七式中戦車、通称チハ。わたしのもう一つの身体であり、この世界における最強の物理的暴力の象徴。


 ホログラムの映像は、荒野を疾走するチハたんの姿を様々な角度から克明に捉えていた。


 キャタピラが泥を跳ね上げて進む無骨な車体。エンジンの振動まで伝わってきそうなリアルな映像の中で、チハたんの長い主砲が火を噴き、遠くの岩山を木っ端微塵に吹き飛ばす。

 ド迫力のアクション映画のハイライトシーンみたいな映像が、信じられないくらい綺麗な画質で空中に浮かんでいた。


 会議室は、水を打ったような完全な静寂に包まれた。


 彼らの目の前にあるのは、帝国の至宝のような「壊れた部品」の集合体ではない。

 帝国の人たちが「神の遺物」と呼んでいた部品なんかより、こっちのほうがずっと「完成品」に見えた。


 宰相のトライは、呼吸をすることすら忘れてしまったのか、顔色を土気色に変えて震えていた。

 おそらく彼らは、やっと気がついたんだと思う。自分たちが何百年もかけて、ありがたがって作ってきたシステムなんかより、ずっとヤバくて完成された力が、すでに目の前にあるんだってことに。


 ライブラ主任たちには、たぶん悪夢みたいな光景なんだろう。

 

「……これが、千波領の持つ『神機』の真の姿か」


 皇帝の極めて低い声が、静寂を破った。

 その目は、驚愕に見開かれていたが、部下たちのような恐怖や絶望に染まってはいなかった。むしろ、「面白そうなオモチャを見つけたぞ」って感じで目が爛々と輝いているように見えた。


「なるほど。我らが神核は、未完成の鍛冶場に転がる鋼塊。この獣は、すでに名工が鍛え上げた名剣というわけか」


 皇帝は豪快に膝を打ち、愉快そうに腹の底から喉を鳴らした。


 どうやら、わたしの適当なプレゼンテーションは、最悪の形で大成功を収めてしまったらしい。彼らのプライドを粉砕し、面倒な技術論争を終わらせて足早に帰国するつもりが、この戦闘狂の皇帝の心に、まったく別の厄介な火をつけてしまったようだ。


「千波領の若き領主よ。余は決めたぞ」


 皇帝は立ち上がり、わたしを真っ直ぐに見下ろした。その顔には、獰猛な肉食獣のような笑みが浮かんでいる。


「貴様らには、しばらくこの帝国の中央に滞在してもらう。我が国の蒙昧な技術者どもに、その真の神機のあり方というものを、基礎から叩き込んでやってほしい。もちろん、その間の待遇は最高クラスを保証する。毎日のあの『ラーメン』の提供を条件としてな」


 わたしは、視界がわずかに暗転するのを感じた。頭痛の種がまた一つ、しかもとびきり巨大なやつが土を割って発芽したのだ。


 技術指導などという名目でこの国に縛り付けられれば、どれほど面倒な政治的駆け引きに巻き込まれるか想像もつかない。前世のバイト先でマニュアル改善を提案したら、そのまま作成担当に任命されて無給残業になった時を思い出した。


 しかも、結局のところ皇帝の一番の目的は最新技術ではなく、ラーメンの安定供給なのだ。最高権力者という生き物は、どこまでいっても己の欲望に対して恐ろしいほど忠実らしい。


 隣でセシールが「あら、長期滞在となれば、豚骨の安定した仕入れルートを開拓しなければなりませんね。近隣の牧場を視察する手配を整えましょう」と、技術交流とは全く無関係な計算を始めているのを聞きながら、わたしは深く、本当に深くため息をついた。



 とりあえず、この馬鹿馬鹿しい会談の第一幕を乗り切ったことだけを心の拠り所にして、わたしはこの巨大な帝国での、胃薬がいくらあっても足りなくなりそうな長期滞在の始まりを、ひたすら静かに受け入れるしかなかった。窓の外では、帝国の人工的な太陽が、嘘くさいほどの眩しさで私たちを照らし出していた。




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