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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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81、いざ無限の彼方へ! 地下三千メートルへの道。




 わたしたちが挑もうとしている「地下三千メートルへのハッキング」というミッションは、物理的な距離以上に、精神的な果てしなさを感じさせるものだった。


 三千メートル。スカイツリーを何本も縦に重ねて、そのまま地中へ逆落としにしたような距離だ。そんな気の遠くなるような地下の底に、世界を終わらせる三十六機の巨大な掃除機が埋まっているらしい。

 お母さんの残したデバッグ作業の難易度は、どう考えても設定の数値を一つか二つ間違えているようにしか思えなかった。


 帝国の「中央魔導技術院」の端っこにある、薄暗くて無機質な石造りのドックの中。分厚い鉄のシャッターが下ろされたこの場所で、わたしたちはとりあえずの作戦会議を開くことにした。

 簡易テーブルの上には、セシールが先ほどのハッキング防衛のついでに帝国の回線からくすねてきた、技術院の地下構造らしき立体図が青白い光の線で浮かび上がっている。


「それで、セシール。地下三千メートルまで行く直通のエレベーターみたいなものはあるの。できれば冷暖房完備で、途中でクラシック音楽くらい流れるやつがいいんだけど」


 わたしはパイプ椅子に背中を預けながら、できるだけ期待値を下げて尋ねた。


「残念ながら、そのような甘えた設備は見当たりませんわ」


 セシールは割烹着の袖を整えながら、冷ややかな声で答えた。彼女の視線は光の立体図の複雑な線をなぞっている。


「この技術院の地下は、完全に層状のブロックで区切られています。最下層の『神の重機』が眠るエリアまでは、厳重なセキュリティゲートと、排気用の巨大な縦穴、そして作業用の螺旋階段が延々と続いているようです。直通のルートは存在しませんし、途中の層には帝国の研究施設や、軍の地下修練場が配置されているように見えますわね」


 要するに、誰にも見つからずに一番下まで行くのはほぼ不可能だということだ。ゲームなら途中にセーブポイントと回復アイテムを売っている行商人がいるはずだが、現実の敵陣にそんな親切なシステムはない。


「ふむ、ならば話は早い」


 部屋の隅で、怪しい薬品の小瓶を並べていたザキさんが、不気味な薄笑いを浮かべながら会話に割り込んできた。


「正規のルートが使えないのであれば、自ら道を切り拓けばよいだけのこと。我が最高傑作『サイレント・スプラウト』の種をこのドックの床に植え付け、魔素の誘導路を真下へと設定する。奴らは地殻を突き破りながら、まっすぐに地下三千メートルまでの直通トンネルを掘り進んでくれるはずだ。多少の振動と、施設が崩落する危険はあるが、誤差の範囲だろう」


 ザキさんの提案は、相変わらず倫理観と安全基準が完全に欠落している。さっきの移動中にトレーラーの中で起きた惨劇を忘れたのだろうか。あの成功率三割の狂ったもやしに命を預けるくらいなら、まだ果てしない螺旋階段を自分の足で歩いて降りる方がマシだ。


「ザキさん、そのプランは百パー却下。もし途中で地下水脈とか帝国の魔導回路をぶち抜いたら、わたしたちまで水と電気のミックスジュースになっちゃうかもしれないでしょ。それに、この上は技術院の本拠地なんだから、床を壊したら一瞬でバレるよ」


 わたしの妥当なツッコミに、ザキさんは「領主様は冒険心というものが足りない」と不満げに鼻を鳴らし、再び手元の小瓶を弄り始めた。


「しかし、領主様。正規の階段やダクトを使えば、間違いなく帝国の警備兵や技術者たちと遭遇します。隠密行動をとるにしても、我々のこの大所帯ではいささか目立ちすぎるのでは」


 壁際でずっと直立不動の姿勢を保っていたヴィルヘルム大尉が、もっともな懸念を口にした。彼の頭頂部の湿布から生えている一本のもやしは、先ほどから地下の方角を指し示しているのか、かすかに下を向いて揺れている。


「だからこそ、これの出番なのですわ」


 セシールが、光の立体図を消して、代わりに荷台の奥から大きな木箱を引っ張り出してきた。中には、自家製麺がぎっしりと詰まっている。


「敵と遭遇することを前提とするなら、遭遇した敵をすべて無力化、あるいは味方につければよいのです。エルサが強引に予算を通したこの移動式屋台設備。これを最大限に活用します」


 セシールの言葉に、わたしは嫌な予感を覚えた。


「まさか、地下三千メートルまで、ラーメンの出前をしながら行く気なの」


「出前ではありません。炊き出しケータリングですわ」


 セシールは魔導コンロの火力を上げ、大鍋の中で煮込まれている豚骨スープをゆっくりとかき混ぜ始めた。ドックの中に、暴力的なまでに食欲を刺激する脂とニンニクの匂いが充満していく。


「帝都の技術者や兵士たちは、慢性的な魔素過多と激務により、常にカロリーと休息を欲しているように見受けられます。夜更けにこの匂いを嗅げば、彼らの理性は容易く崩壊するはず。見張りがいればラーメンを差し出して買収し、研究者がいればラーメンで口を塞ぐ。我々は親善大使なのですから、技術交流の一環として夜食を振る舞うことに、何の不自然もありませんわ」


 セシールの計画は、あまりにも行き当たりばったりで、前世の文化祭の前日にクラスの出し物を急遽変更するようなノリだった。

 でも、ザキさんの『誤差の範囲』よりセシールの『何の不自然もありませんわ』の方が、この狂った状況下では妙に説得力を持って聞こえてしまう。人間は結局のところ、胃袋を掴まれたら逆らえない生き物なのかもしれない。


「よし、じゃあ方針は決まり。基本はルートを探りながら下へ向かう。敵に見つかったら、ラーメンを食べさせてその隙に進む。これでいこう」


 わたしが適当にまとめると、セシールは満足げに頷き、ザキさんは「麺の生地に私の開発した栄養剤を練り込もう」と余計なことを言い出し、大尉は「ラーメンによる懐柔作戦……まさに兵法の極意」と一人で納得していた。


 作戦会議はこれで終了し、あとは深夜の行動開始まで待機するだけとなった。




 しかし、わたしの中には、もう一つだけどうしても片付けておかなければならない懸念事項があった。

 わたしは、スープの灰汁取りをしているセシールと、麺の準備をしているザキさんから少し離れ、大尉の隣へと歩み寄った。


「ねえ、大尉」


 わたしは声を潜め、できるだけ軽いトーンで尋ねた。


「さっき、正門のところでブリギッテ少佐と話してたよね。あの後、彼女が『後であなたのその件について、二人だけで話し合いましょう』って言ってたけど。一体どんな嘘をついてごまかしたの。わたしが後で話を合わせられないと困るんだけど」


 大尉は、微動だにせずに前を向いたまま答えた。


「ご心配には及びません、領主様。私は千波領に迷惑がかからず、かつ彼女が納得する完璧なカバーストーリーを構築いたしました」


「だから、その内容を聞いてるの」


 わたしが少し強めに追及すると、大尉は少しだけ視線を泳がせ、頭の上の生体アンテナを動かした。彼は、前世でテストの点数を親に隠している小学生のように、どうにも歯切れが悪い。


「……少佐には、私が未開地の過酷な環境下で、未知の共生植物に寄生され、余命いくばくもない状態にあると伝えました」


 大尉の声は、驚くほど小さかった。


「寄生植物? それって、その頭のもやしのこと?」


「左様です。瀕死の私を千波領の方々が保護してくれた。この植物は命を少しずつ奪っているが、千波領の土壌の力で進行が遅れている。だから最後の任務として、親善護衛に戻ってきた……という設定です」


 わたしは深い頭痛を覚えて額を押さえた。


 なるほど、確かにこの設定なら、千波領の人間を「命の恩人」として扱えるから、ブリギッテ少佐がわたしたちに友好的だった理由にも頷ける。

 しかし、その嘘の根底にある動機が、あまりにも個人的で情けない。要するに彼は、かつての恋人と思われる女性の前で、自分の頭にもやしが生えているという不格好な現実を取り繕うために、「余命わずかな悲劇の戦士」という主人公を演じてしまったのだ。昼ドラの脚本家でも、ここまでの設定はボツにするだろう。


「大尉。あなた、昔は有能だったのかもしれないけど、そういう同情を引くためだけの嘘は、後でバレたとき一番悲惨なことになるよ」


 わたしがため息混じりに忠告したその時だった。

 ドックの重い鉄の扉の向こうから、乾いたノックの音が聞こえてきた。

 規則的で、迷いのない、軍人特有の硬いリズム。


 ドック内の空気が一瞬にして凍りついた。


 セシールがお玉を持ったまま動きを止め、ザキさんは小瓶を懐に隠した。大尉は、まるで石像のように完全に硬直している。

 深夜のゲストハウス。監視の目を盗んでやってくる人間など、一人しかいない。


「……ヴィルヘルム。私よ。約束通り、一人で来たわ」


 扉の向こうから聞こえたのは、間違いなくブリギッテ少佐の、少し抑えた声だった。

 やっぱり来た。大尉の残した時限爆弾の導火線に、火がついてしまったのだ。

 わたしは恨めしそうな視線を大尉に向けたが、彼はただ虚空を見つめて固まっているだけだった。頭の上のアンテナが、恐怖を感じているかのように激しく揺れている。



「どーするのよ、これ」


 大尉の頭のアンテナが、今夜はじめて真下を向いた。




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