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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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60、1秒でも早く聞く




 戦争が終わった後の後片付けほど、人間の本性が露わになる瞬間はないと思う。


 つい先ほどまで命のやり取りをして、人類の尊厳だの国家の誇りだのを懸けて争っていたというのに、火蓋が切られてから数時間もすれば、いまや誰がどの鉄クズの所有権を主張するかで揉めているのだから。もし真面目な平和主義者がこの光景を見たら、人間の強欲さに絶望して寝込んでしまうに違いない。


 泥の海に沈んで完全に沈黙した帝国軍の無人戦車群を前に、最も生き生きとしているのは、やはりと言うべきか、行商人ガメッチだった。

 彼は上等な服が泥まみれになるのも厭わず、破壊された装甲車の表面を撫で回し、装甲の厚さを測り、使えそうな部品を素早い手つきで選別している。その眼球の動きは、今日一番の回転数に達していた。


「いやあ、千波様。こいつはとんでもないお宝の山ですよ。装甲の質は鉄の旦那の足元にも及びませんが、それでもこの量の金属です。溶かして農機具にするもよし、そのまま防壁の補強に使うもよし。あっしに任せていただければ、最高のレートで捌いてみせますぜ」


 彼は満面の笑みでそう言い放った。


 戦闘中は荷馬車の陰で小さくなって震えていたくせに、安全が確認された途端にこれだ。資本主義の権化たる商人の生命力には、心底恐れ入る。


 一方、そんな逞しい商人とは対照的に、魂の抜け殻のようになっているのが、帝国軍の指揮官だった。


 わたしが長巻を突きつけて降伏させたあのエリート将校である。


 彼は現在、村の中央広場に置かれた急造の木のテーブルの前に、後ろ手で縛られた状態で座らされている。立派だった軍服は泥と油で汚れ、自尊心はチハたんの圧倒的な性能差によって粉微塵に粉砕されていた。


「さてと」


 わたしは、彼を挟んで向かい側の席に腰を下ろした。


 横には、護衛役としてタゴサックさんが腕を組んで立っている。少し離れた場所では、ザキが愛用の鍬の手入れをしながら、こちらの様子を冷ややかな視線で窺っていた。


 テーブルの上には、木彫りのカップが二つ置かれている。中に入っているのは、ガメッチから安値で買い叩いた出所不明の茶葉を煮出した液体だ。お世辞にも上品とは言えない、渋みと苦味が凝縮された野草の煮汁といった代物である。


「尋問という名の、お茶会を始めましょうか」


 わたしがそう言うと、将校は忌々しそうに顔を背けた。


「……殺せ。旧式の機械に敗北し、亜人どもの捕虜になるなど、帝国軍人として最大の恥辱だ」


 彼は唇を噛み締め、いかにも軍人らしい強がりを口にする。

 だが、その声には先ほどまでの傲慢な響きは微塵もなかった。声帯が微かに震えているのがわかる。本当は死にたくないのだ。人間なのだから当然である。


「殺さないよ。あんたたちの血で村の土を汚したくないし。それに、聞きたいことが山ほどあるからね」


 わたしは木彫りのカップを彼の方へ滑らせた。


「とりあえず、喉を潤したら? 毒なんて入ってないから。ただ、とてつもなく不味いけど」


 将校は疑わしそうな目を向けたが、極度の緊張と長時間の戦闘で水分を欲していたのだろう。縛られた手の代わりに、わたしがカップを口元に運んでやると、彼は顔をしかめながらもその渋い液体を喉に流し込んだ。


 苦味に顔が大きく歪むのが見て取れたが、文句は言わなかった。


「で、お名前は?」


「……ヴィルヘルムだ。帝国軍第四機甲探索大隊、大尉」


「そう、ヴィルヘルムさん。単刀直入に聞くけど、あなたたち帝国軍の目的は何? どうしてこんな辺境の森まで、大層な軍隊を引き連れてやってきたの」


 ヴィルヘルムは少しの間、沈黙を守っていた。軍事機密を漏らすまいとする最後の抵抗だろう。だが、背後で控えているチハたんの巨大な砲塔が、無言の圧力をかけてわずかに角度を下げたのを見ると、彼は観念したように息を吐き出した。


「……目的は、天空の神の遺跡から発せられた『神託』の確保だ」


 またその言葉だ。


 先遣隊の接触時にも彼はそう言った。


「天空の神の遺跡って、星のこと? それとも人工衛星的な何か?」


 わたしの質問に、ヴィルヘルムは眉をひそめた。人工衛星という概念が理解できていないらしい。


「我々帝国の始祖は、太古の昔、空から降り立った女神によって生きる術を授けられたと伝えられている。瘴気に満ちたこの世界で人類が生き残るために、女神は自らの使徒である魔導神機を与え給うた。我々はその神機を複製し、改良し、科学という名の物理法則を極めることで、あの忌まわしい聖王国の魔法主義に対抗してきたのだ」


 彼の語る歴史観は、ひどく歪んでいた。

 神聖大八洲おおやしま魔導帝国という大仰な名前を冠していながら、彼らのやっていることは内燃機関と火薬の塊を走らせることだ。そして、それを「女神の加護」だの「神機の複製」だのと宗教的なオブラートに包んで崇拝している。


「現在、天空の彼方には、女神が残した超文明の遺跡が休眠状態で存在している。我々はその遺跡との極めて限定的な接続を維持し、帝国の技術の根幹としてきた。……だが数週間前、その遺跡から、歴史上類を見ない強力な信号が発せられたのだ。それが、この辺境の森を指し示していた」


 数週間前。

 それは間違いなく、聖女セシールがこの村に攻めてきて、わたしが彼女の暴走を物理的な抱擁で止めたあの夜のことだ。


 あの時、チハたんは『EVE』という単一の文字列だけが含まれた信号を受信したと言っていた。


「その信号の相手がわたしだって言いたいの?」


「わからない。だが、あの信号は明らかに何らかの女神の意思を含んでいた。もし聖王国の連中が先にその神託を掌握すれば、我が帝国は遅れを取ることになるかもしれん。だからこそ、最新鋭の部隊を派遣して調査と確保に乗り出したというわけだ」


 彼にとっては、あれが最新鋭なのだ。

 わたしはため息をつきそうになるのを堪えた。


『千波。彼の発言と、先ほど当機が傍受した帝国軍の通信ログ、および当機の内部データベースを照合した結果、いくつか興味深い推論が導き出されました』


 不意に、チハたんの電子音声がわたしの脳内に直接語りかけてきた。


「推論って、何?」


 わたしは声に出さず、意識の中だけで問い返す。


『まず前提として、彼らの技術体系は当機の母国である神聖大八洲魔導帝国と同系列のものです。使用されている部品の規格番号から推測するに、帝国暦八五〇年製のモデルと思われます』


「えっと、チハたんは帝国暦五九七年製だよね。じゃあ、やっぱりあいつらは未来の帝国軍ってこと?」


『それが不可解なのです。彼らの歴史観では現在が帝国暦八五五年とのことですが、当機の記録している歴史の連続性と合致しません。彼らは太古の昔に一度世界が滅びかけたと言っていますが、当機の時代にそのような記録はありません』


「どういうこと?」


『仮説ですが。ここは当機の存在した星系とは別の星です。天空にあるという遺跡は、おそらく帝国が外宇宙へ向けて送り出した深宇宙探査船、あるいは移民母船でしょう。彼らはその移住者の末裔である可能性が高いです』


 なるほど。地球から火星へ移住した人たちが、地球の年号をリセットして独自の歴史を歩み始めたようなものか。途中で文明が崩壊するような大災害があって、過去の記憶が神話へとすり替わってしまったのだろう。


『そして、最も重要な懸念事項があります。それは、この星に満ちている魔素の正体についてです』


「魔素の正体?」


『当機の母国には、自然界に魔素が存在していました。しかし、この星の魔素は、当機の知るものと波長が微妙に異なります。あまりにも環境を調整する機能に特化しすぎているのです』


 チハたんの声は、淡々とした分析の体裁を保ちながらも、どこか探求心に満ちた熱を帯びていた。


『当機の製造された五九七年当時、帝国では他惑星の環境を改造するテラフォーミングの手段として、魔素の性質を模倣したナノマシンの開発実験が行われていました。当機の分析機能ではまだ完全な証明はできませんが、この星の魔素は、その人工魔素である可能性が高いと推測します』


 その言葉に、わたしの思考が一瞬停止した。


 魔法だの精霊だのと言っていたものの正体が、ナノマシン?

 ここはファンタジーの異世界ではなく、遠い未来の、あるいは全く別の宇宙の、SF的な植民星だったというのか。


『もし魔素が人工的な環境調整システムだとしたら、あのえんやこらさんズと呼ばれる存在の辻褄も合います。彼らは精霊などではなく、環境の異常を修復し、人工魔素を回収して循環させるための補修保全AIの群知能なのでしょう』


 あの意味不明なテンションで踊り狂っていた光の粒たちが、実はお掃除ロボットの超進化版だったとは。言われてみれば、彼らは常に魔素の濃い場所に集まり、何かを処理しているような素振りを見せていた。


『以上のデータから総合すると、天空の遺跡とは休眠状態にある移民母船。彼らの言う女神とは、そのマザーコンピューター。人間たちは開拓団の子孫。そして獣人たちは、おそらくこの星の過酷な環境に適応して生存していた原住民、あるいは環境に合わせて造られた存在……ということになります』


 なんというSF的なバックボーンだろうか。

 神様からの授かりものだと信じていた魔法や奇跡が、すべて科学の産物だったなんて。


 そして、帝国は数千年の時間を経て、オリジナルの技術の原理を完全に喪失してしまったのだ。天空の母船から一方的に与えられたブラックボックスの部品を不器用に継ぎ接ぎし、劣化コピーを繰り返すことで、なんとか兵器の形を保っているに過ぎない。だからこそ、二百五十年も前のチハたんの方が、彼らの「最新鋭」を圧倒できたのだ。


「……なるほどね。大体わかったよ」


 わたしが小さく呟くと、少し離れた場所で鍬の手入れをしていたザキの手が、不自然な角度でピタリと止まった。


 彼は鋭い聴覚で、ヴィルヘルムの供述をすべて聞いていたはずだ。そして、チハたんとの脳内通信の具体的な内容はわからなくとも、わたしの反応から大まかな文脈を察し取ったのだろう。


「おい、捕虜」


 ザキが、冷たく低い声でヴィルヘルムに呼びかけた。


「貴様らの崇める神機とやらが、空の上の遺跡から与えられたものだと言うなら……教会の崇める『女神』もまた、その遺跡の産物だと言うのか」


 ヴィルヘルムは、見慣れぬ農民の姿をした男から突然凄まれて、身を固くした。


「そ、そんなことは言っていない。我々の神機は科学の結晶であり、教会の連中が信じている偶像とは根本から異なる」


「違うな」


 ザキは鍬を地面に突き刺し、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

 その金色の瞳には、これまで彼を縛り付けていた強固な信仰の残骸が、音を立てて崩れ落ちていくような深い絶望と混乱が渦巻いていた。


「……聖女セシールは、自らを『女神のシステム』の一部だと言った。彼女の放つ奇跡は、祈りではなく、世界の法則を書き換える演算の結果だった」


 ザキは、まるで自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「帝国の言う空の遺跡。教会の言う女神。どちらも、遥か上空に浮かぶ『何か』の副産物に過ぎないのではないか。俺たちが何千年も血を流して争ってきた信仰の正体は、ただの……ただの、冷たい機械の命令だったとでも言うのか」


 彼の言葉は、悲痛な響きを帯びていた。


 無理もない。

 自分が信じ、すべてを捧げ、時に残酷な決断を下してきた根拠が、神の愛などではなく、ただのプログラムのバグか何かだったとしたら。その喪失感は、想像を絶するものだろう。


 わたしは、かける言葉を見つけられなかった。


 ただ、ザキが自らの頭を抱え、苦悩に顔を歪めるのを見守るしかなかった。


「……土だ」


 やがて、ザキは絞り出すような声で呟いた。


「土だけは、機械ではない。この泥の感触だけが、俺たちに残された本物だ」


 彼は再び背を向け、畑の方へとふらふらと歩いていった。

 彼の中で、かつての異端審問官としてのアイデンティティが完全に死に絶え、一人の農民としての自我だけが最後の命綱となっているようだった。それはあまりにも痛々しく、同時に、極めて人間らしい防衛本能だと思えた。


 わたしは、視線を空へと向けた。

 青い空の向こう側に、目には見えないけれど、巨大な宇宙船が浮かんでいる。


『EVE』という名前のマザーシップ。


 この世界を管理し、同時にこの世界の混乱の元凶となっている存在。


 不思議な感覚だった。

 本来なら、そんな得体の知れない巨大なシステムに対して、恐怖や嫌悪感を抱くのが普通だろう。


 だが、わたしの胸の奥底には、それとは全く別の感情が湧き上がっていた。

 薄気味悪さと同時に感じる、微かな郷愁。


 どこかで嗅いだことのある匂いのように。ずっと昔に聞いた子守唄のように。


 あの冷たい宇宙空間に浮かぶ鉄の塊が、なぜだかわたしのことを待っているような、そんな錯覚。

 なぜわたしは、この世界に呼ばれたのだろう。


 事故で死にかけたはずのわたしが、なぜチハたんとリンクし、魔素の身体を与えられ、そしてEVEからの信号を受信する羽目になったのか。


 単なる偶然の異世界転生にしては、ピースが綺麗に噛み合いすぎている。


『千波。論理的な証拠が不足した状態で結論を急ぐのは、思考の袋小路に陥る原因となります。現在の優先課題は、目の前の捕虜の処遇です』


 チハたんの冷静なツッコミで、わたしは我に返った。


「……そうだね。いくら考えても、今は答えが出ないし」


 わたしは立ち上がり、ヴィルヘルムを見下ろした。


「尋問は終わり。大体の事情はわかったよ」


「どうするつもりだ。俺を殺すか」


「だから殺さないってば」


 わたしは肩をすくめた。


「あんたたちには、自力で国に帰ってもらう。もちろん、装甲車も武器も、通信機も全部置いていってもらうけどね。ガメッチが良い値段で買い取ってくれるらしいから」


「なんだと……!? 丸腰で、この危険な森を抜けろと言うのか!」


「大丈夫、あなたたちならできるよ。だって、最新鋭の帝国軍人でしょ?」


 わたしは最高の作り笑いを浮かべてみせた。

 彼らがこの後、道なき道を歩き、魔獣に怯えながらどれほどの苦労をして帰還するかは知ったことではない。殺さないだけ慈悲深いと思ってほしいものだ。


 それに、村にはもう余分な食糧はない。捕虜を養う余裕など、スローライフを目指す貧乏な開拓村には存在しないのだ。



 夕刻。

 身ぐるみ剥がされ、文字通り軍服の下着姿一丁にされた帝国軍の兵士たちが、涙目で森の奥へと追い出されていくのを、村人たちと共に見送った。


 ガメッチは大量の鉄クズと武器の山を前にして、口元から涎を垂らさんばかりの笑顔を浮かべている。これで当分、村の財政は安泰だろう。


 だが、問題は山積みだ。

 狂信的な教義を振りかざす聖王国。

 劣化していく技術を武力で押し付ける帝国。

 そして、空の彼方で休眠している正体不明のシステム「EVE」。


 そのすべての勢力から、この小さな千波領は、明確なターゲットとしてロックオンされてしまった。

 静かに暮らしたかっただけなのに、どうしてこうも世界の中心に立たされてしまうのか。


「……また面倒なことになったね」


 わたしが夜空を見上げてぼやくと、隣に立っていたタマモばあちゃんが、優しく微笑んだ。


「今更ですじゃ。ここには、泥にまみれても笑うことをやめない精霊様と、頼もしい鉄の守護神がいるのですから。どんな嵐が来ようと、わしらはこの場所を耕し続けるだけです」


「精霊様じゃないってば。ただの千波だよ」


 わたしは苦笑しながら、冷え込んできた夜気の中でチハたんの装甲に背中を預けた。


 硬くて冷たい鋼鉄の感触が、今はひどく頼もしい。


「神様でも、帝国でも、宇宙船でも、かかってくればいいよ。わたしたちの泥臭い日常は、絶対に誰にも渡さないから」


 夜空に浮かぶ二つの太陽の残照が消え、無数の星が瞬き始める。

 その星々の中に、一つだけ不自然に瞬かない光があることに、わたしは気づいていた。


 世界で最も危険で、世界で最もやかましい独立国。

 その明日の天気は、きっとまた波乱含みだ。


 だが、それでも。

 朝になれば、わたしたちはまたパンケーキを焼き、土を耕し、大声で笑うのだ。


 それが、わたしたちの戦い方なのだから。




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