金貨千枚相当の魔石
家に帰る、人狼の亡骸はあのまま山に放置して来た。
すると家から一人の見知らぬ男が出て来たもので。
今我が家ではマリーとラプラスによる主従喧嘩が起こっている。
喧嘩している時点で、最早それは主従とは呼べない。
僕は二人の喧嘩を仲裁することもなく寝室で例の魔石を眺めていた。
確かに美しい輝きをしている。
「これ一つで金貨1000枚か……はは、つくづく世の中って」
両親と僕が費やした十六年に及ぶ苦心惨憺は何だったんだ?
人間社会で生きていると時々人生が馬鹿馬鹿しく思える。
「お前はこの世からいなくなれラプラス!」
「世界とは実に酷なものですねマリー、貴方みたいなエゴイストが賢者の系譜とは、神は我らを見捨ててしまったのでしょうか」
「悪魔が神の存在を拠り所にするな馬鹿野郎!」
マリーとラプラスの喧嘩はまだ続いているようだった。
そろそろ止めた方がいいかな? と思った時――――ッッ!!
姉さん、事件です。
我が家でのたまの喧嘩を放置していたら、家が倒壊しました。
原因は目下調査中と僕は奥さんから告げられて。
内心では彼女が元凶だと、僕は断定していました。
マリーは謝罪するように僕にキスをしまくった。
「ごめんなさい、ちゅ、これで許してけろ。でさイクト、例の話は考えてくれた?」
いや謝罪じゃないなこれ、単なる論点のすげ替えだ。
「まぁ、この際だし、君の話に乗るよ」
「あじゃーしゅ」
彼女達の魔術でも倒壊した家は直せない。
なら、このソウルドレインの魔石を売り払い元手を得て。
その資金で僕達は新たな商売を始めるべく動き出した。
「それはいいですが、私達今夜はどこに寝泊まりすれば宜しいのでしょうか」
「お前のせいだろ」
「貴方のせいですマリー」
とりあえず、僕は収穫し終えていた麦稈で即席のベッドを作っておいた。
◇
翌日、僕はマリーの移動魔術によって王都ナビアの商業区へとやって来た。
さすがはその名を世界に轟かせている王国の首都だ、人の賑わいようが違う。
辺りを見渡すと、所かしこに王都の衛兵らしき紺色を基調にした洒脱な制服を着た人物が居て、肩幅を利かせているようだ。今職質のようなものを受けている現場を通り過ぎた所。
「ジーナさん、いるー?」
先導していたマリーはメインストリートの一角にある鍛冶屋に入った。
「いらっしゃい、師匠でしたら連日の徹夜作業で、今も寝てると思います」
「えぇー、折角人が訪れたのに。私を誰だと思ってるんだね?」
マリーも例外に漏れず、王都の人間は肩幅を利かせるのがポリシーだと言うのか。
「えっと、確かマリーさんでしたよね?」
「そうだよ」
「貴方でしたら師匠も対応してくれると思いますので」
「それで?」
この鍛冶屋のお弟子さんらしき人は僕達に鍵を渡す。
「これ師匠の家の鍵になります」
「からの?」
「もういいだろうマリー、この人のいう事に従おう」
軽佻浮薄とする彼女も綺麗だけど、いささか心苦しい。
ジーナさん、だったか。
その人の家の所在だけ確かめた僕達は目的地を変更し、向かった。
「……何です? 先程から痛いほど視線を感じますよイクト」
「疑問だったんだよ。ラプラスはさっきの人をどうして誘惑しなかったのか」
そもそも昨日の喧嘩の際聞こえてしまった例の部分。
――悪魔が神の存在を拠り所にするな。
から推察すると、彼女の正体は悪魔ということになる。
「我々悪魔は同族を嫌う傾向にありますから」
「ラプラスは人間の男しか食わない、イクトも気を付けろ」
「じゃあ、さっきのお弟子さんも」
「あの方はジーナ様にそう呼ぶよう躾けられているだけの話でしょう」
悪魔、まさかその存在すらもこの世界に居るとはほんの少しだけ驚いた。
知的好奇心が嗅ぎたてられるぐらいには感嘆したけど。
悪魔と言えど、結局彼女達の姿形は人と同じじゃないか。
「じゃあこの世界には召喚獣とかいるのか?」
「伝説ではいるとされていますね……イクトはこの世界をよく存じ上げないようですし、何でしたら私が手取り足取りお教えしますよ――ベッドの中で」
「僕はそこまでチョロインじゃない」
「チョロインとは?」
「言い換えれば僕はそこまでチャラくない」
「チャラとは?」
言葉の壁って難しいから嫌いだ。
その後も使い魔について探りを入れていれば、直に目的地に辿り着いた。
そこは王都の居住区で、向かい合うアパートの窓は洗濯紐でつながれ。
沢山の洗濯物が通りに面して吊るされいてる。
僕はこういう異界の風景ながらもどこか懐古できる光景が好きだ。
「イクトはここで待っててくんろ」
「何故だマリー」
「ジーナさんのフェロモンはお前には刺激が強過ぎる」
そ、そうか。
なら彼女の言う通りにしよう。
そして待つこと十五分、僕はと言えば。
「君、見掛けない顔だけど」
「僕はエロゲ会社に勤務していたイクトと申しまして」
お約束と言えばいいのか、この近辺に張っていた衛兵に捕まっている。
「エロゲ? 何だそれは」
「あぁ、はぁ、エロゲと言うのはですね」
宜しい、王都の人間に僕からエロゲ談義を一興講じよう。
今頃マリー達は徹夜明けのジーナさんを説得している最中か。
僕の話を聞いていた男性兵は「そんなものがあるのか」「なるほど……世界は広いな」「悪趣味な代物だな」などと、慈悲深く達観したり、熱意が籠った眼差しを向けたり、露骨に嫌悪してたりと様々だった。
「お待たせー、モテモテじゃんイクト」
「君は、まさか賢者様のお孫さんの」
「そうです、私が変なマリーさんです」
その台詞を口にした彼女も凄いが、その意味を理解する衛兵も見所あるな。
「ラプラス、マリーは王都だと変人扱いなのか?」
衛兵に事情を説明しているマリ―を他所に、僕はラプラスに耳打ちしていた。
「十六歳で結婚、というのは王都だろうと尚早なのです。ことさら言えばマリーは世界を救ったとされる賢者の孫娘ですから」
「……マリーのご両親はここにいる?」
「居りますよ、ただマリーは会いたくない様子ですが」
「なら無理に面会しなくていいか」
「然様かと。どうせ会うのなら私の両親を紹介しますよ」
「君は僕を都合のいい男だとでも思っていないか」
と言えば、彼女は目を冷たく笑わせ、口端を吊り上げ陰湿な笑みを零す。
まるで悪魔のようだ。いや合ってる、彼女は悪魔でトゥルーなんだ。