4-2
「−−−−−−−っ!」
声にならなかった。
お腹に包丁が刺さったまま、グロリアが僕の足元に倒れこむ。
「俺……何を?」
我に戻ったのか、目の前の惨劇に友成くんの顔が恐怖で歪んでいく。
悪魔はもう友成くんの心から去ってしまったんだろうか。
「知らない。俺は何も知らないよ。そんな目で俺を見るなよ、筒井」
僕はどんな目で友成くんを見ていたんだろうか。
恐怖?
軽蔑?
憎しみ?
それとも、哀れみ?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
友成くんは絶叫して走っていった。
僕には追い掛ける勇気はなかった。
「カツ……ヒコ」
「グロリアっ!」
僕はグロリアをそっと抱き起こした。包丁は胃の辺りに深々と刺さっていた。
けど、彼女の体から血は流れていなかった。
「彼を許してあげてね。悪魔から助けてあげることができなかった……私のせいだから」
「今はそんなことどうでもいいよ! すぐに病院に」
グロリアは首を横に振った。
「いいの。私はミカエルさまの元に戻るだけだから……」
「そんな」
「悲しい顔しないで。ちょっと間だけだから」
グロリアの白い肌がだんだん青白くなっていく。僕は涙があふれて止まらなかった。
言わなきゃ。泣いてるヒマなんてないんだ。
「グロリア……僕医者になるって決めたんだよ。母さんたちとも仲直りできた。全部グロリアのおかげだよ。ありがとう……」
グロリアが伸ばしてきた手で僕の涙をぬぐう。
「やっと見れた、カツヒコの笑顔……」
「僕の?」
「カツヒコいつも泣きそうな顔ばかりしてたんだもん。だから、笑ってほしかったの」
声音が弱くなっていく。
「グロリア、グロリア!」
「ステキだよ……カツヒコの、笑顔」
グロリアの笑顔が薄らいでいく。
「グロリアっ!」
グロリアの体は光に包まれて……消えていった。
残った包丁だけが虚しく地面に落ちる。
もうグロリアはいない。
「グロリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
僕は声が枯れるまでその場でずっと泣いていた。
彼女は落ちこぼれなんかじゃなかった。
僕にとってかけがえのない人だった。
僕に夢を与えてくれた……天使。
一週間後。
友成くんは市内の山奥で発見された。変死体となって。
当時は『某中学校生徒実母殺害の果て、山中で自殺』などとメディアで騒がれ、学校へはマスコミがやってきて大騒ぎになっていたけど、それも何ヵ月も続きはしなかった。
事件は人々の記憶の中から消えていった。
でも、僕は一生忘れることはできない。自分の弱さに負けて、初めてできた友達を助けることができなかったんだから。




