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 8:解毒薬『エレノオール』

 気がつくと、そこはテントの中だった。

 隣には見るからに顔色の悪そうなオッサンが脂汗をびっしりかいて眠っていて、眉根を苦痛に歪ませている。

 えっと……グスタフ隊長だっけ?

 ああ、この人が隣にいるってことは、俺はまだいちおう生きているのか。

 気絶して運ばれたのか。はあ……。

 てかヤバないか? この人。

 「毒」。

 なぜかわからんがそう直感した。そうだ、たぶんこれは、ポーションじゃ治らないヤツなのだ。

 オッサン……。

 カイゼル髭が立派だな。

 てか、なんか見おぼえあるな。

 ひょっとして、昨日、バーに来てたかも?

 じゃあ、お客さんかな……。

 どのみち、このオッサンはもう、長くはもたない。

 オカマの人がそばで突っ伏して肩を震わせている。ふと気づいたように顔を上げた。


「あらン、気がついたのねン、新入りさン。あら、アタシ泣いちゃって……ごめんなさいねン、みっともないとこ見せちゃって」

「アノ マドンナサン タイチョウ ドクッスカ?」

「ええ、そうよン。このヒトは、部下をかばって毒を浴びたの。まったく、おバカさンよねン。隊長としてあるまじき行動だわン……でも、そういうヒトなの」


 なるほど。よし……。

 やってられっか!

 バックレよう!!

 じゃなかった。

 待っててくれ、オッサン!

 俺は兜と鎧をその場で脱ぎ捨てる。


「ちょ、ちょっとアンタ!?」

 

 ビックリ顔のマドンナさんにbを返す。

 ポーション。頭痛薬。とくれば、毒消しだってあるはずだ。

 テントの外に顔を出し、隙を見て、ダッシュ!


「脱走兵ーーーーー!!」


 うわ、ソッコーで見つかった。しかしかまうものか!

 大通りを駆け抜ける。

 あれ?

 俺、足速くね?

 ものすごいスピードで景色が流れてくんだけど。

 あ、そーか。

 俺、オオカミだったっけ。

 いや、俺、すごくね?

 なんて自画自賛してたら、ほとんどバーに到着するかという寸前で、何かが足に絡みついてすっころんだ。

「グェア!」

 と思った直後、もう兵士たちに取り囲まれていた。

 ああ! あとちょっとなのに!


「確保!」

「確保しました!」


 犯人確保の寸劇みたいに取り押さえられる俺。

 いやいや、足速いって。足、速いって。そんなクソ重い鎧つけてるのに関係なしかw 兵士ハンパないな。

 続いてパカラパカラと馬の足音が聞こえる。

 はい、そーなんですね。例の青白の女騎士さんですね。再びご登場なんですね。

 そしてやおら、首筋に剣を突きつけられる。

 そして尿道を刺激する目で睨みつけられる。


「敵前逃亡行為は万死に値する……! 神妙にしろ」


 ひいいいいいい


「全人類のために、血の雨でもって償え」


 ちょっと待ってサーセン! まだ死にたくないんです!!!


「アワワ……アノ チガス チガイッス」


 ちょちょそんなに押しつけたら切れる切れる血ぃ出る


「グスタフ タイチョウノ ドク ナオスッス」


 刺さる刺さる死ぬ死ぬやめて


「ジブン ゲドクヤク ツクレッス」


 アアアアアアアアアアア



「おいヴィスタ、ウチの店の前で何やってんだ」


 声が聞こえた。

 思わず涙が出た。

 マジモンのヒーローがカンペキなヒーローのタイミングで登場した。

 そこに立っていたのは、頼もしい緑。

 輝かしい緑。

 緑色のリザードマン店長が、女騎士の肩をつかんでグイッてやってた。


「ん? おいおいヴィスタ、そいつはウチのバーテンダーだぞ。なんてことしてくれてんだ」


 店長にヴィスタと呼ばれた女騎士は怪訝そうな顔で店長を見やった。

「何……? おいベネク、こいつは無職なんだぞ?」


 ベネク……? ああ、店長の名前? 

 店長、そんな名前だったんだ。

 てか、二人はお知り合いなんですか?


「無職? 何を言ってるヴィスタ。サンタはれっきとしたウチのバーテンダーだ」

「そんなはずはない。では何か、私の『鑑定眼』が間違っているというのか?」

「そういうことか……。いいか、カンタンな話だヴィスタ。サンタはな、まだスキルパッケージを開封していないんだ」

「なっ……!?」


 ヴィスタさんが驚愕の表情で目を見開いていた。


「だから『鑑定』しても無職と出る。当然だ」

「なんだと!? ……あり得るのか、そんなこと?」

「信じられないかもしれないが、俺も昨日サンタが気絶してる間に『鑑定』で確認した。間違いない」


 なんかサーセン。

 えっ、ていうか何その気になる単語。スキル……なんだって?

 ヴィスタさんはしばらく無言で店長の目を見ていたが。

 やがて、ビュン、と音を立てて、ようやくそのエモノを鞘に収めてくれた。

 あー怖かった。

 刃物はアカンよ刃物は。

 軽くトラウマになりかけたわ。

 いや、なったわ確実に。

 っと、そうだ。

 こんなことをしている場合じゃなかった。


「アノ テンチョ サケ ツクッテイッスカ」

「ん? ああ、かまわんが……いったい何があったんだ? サンタ」

「エァ セツメイ アトッス イッコク アラソウッス」


 俺はバーの扉を開け、カウンターを抜け、のれんをくぐり、厨房に駆けこんだ。

 レシピ本を棚から引っぱり出して、索引を指でなぞる。

 解毒……解毒……解毒……

 って、そうだった! 索引は使えないんだった! なぜなら文字の並び順が意味不明だから!

 ぐああ、待って待って、まだ時間に余裕があった前回とは違い、今回は緊急事態なんだってばよ……!

 しかも場所の見当がつかないっていう。

 この全ページの中から、たまたま解毒薬のレシピが見つかる可能性ってどのくらいだ……?

 オーマイ。ひょっとして詰んだ?

 グスタフ隊長の命もろとも、俺の命も儚く散った?

 いやいやいや、待て。落ち着け。まだ絶望の感じがしないのは、どこかに希望が残っているからだ。そうだ、そういえば、前回の頭痛薬のレシピに「分類:薬酒」みたいなこと書いてなかったっけ? てことは、薬酒は薬酒でまとまって記されていたりはしないだろうか?

 そう思い見てみると……

 予感的中!

 折り目を付けておいた頭痛薬のレシピの前後はすべて「分類:薬酒」のレシピになっていた。ナイスだ。つまり解毒薬も薬酒だろうから、このへんをさがせばいいということになる。

 解毒……解毒……解毒……

 その文字だけを血眼でさがす。

 解毒……解毒……解毒……

 こんな俺にでも救える命があるなら……

 おっ!

 あった!

 あったぞ! 見つけた! マジよかった、奇跡!



====================

名称:エレノオール 分類:薬酒

効能:緑化系チオール種・クロオール種の解毒、または神経毒の中和

レアリティ:A-

必要素材:①ゴメンタール②ハロウスライム汁③黒曜水④ハナモゲラのヒゲ⑤キサンカの花粉⑥メッチャメチャのエラ

作り方:①50%+②25%+③25%→ステア(A)>④2g+⑤1g+⑥1g→混合(B)>A+B→ステア

備考:ハナモゲラのヒゲはよく乾燥したものを使用すること。キサンカの花粉の包皮は硬いので、軽く粉砕するように混合すること。

====================



 のれんをくぐってカウンターに舞い戻ると、そこには店長と腕組みしたヴィスタさんが並んで立っていた。

 よし、じゃあまた前と同じ作戦でいくか。


「アノ テンチョ ゴメンタール アルッスカ」

「おう、出してやる。待ってろ」


 そうして、店長に素材となる酒や必要な材料を一つ一つ聞いていっては、カウンターの上に集めていく。

 ヴィスタさんが腕組みをして直立不動のままこちらを睨みつけている気がするが、まあ気にしてる場合じゃないわな。

 そういう場合じゃない。

 そんなこんなで、今回もまた見事に全素材の揃う店。

 店長ホントに何気にすごくない? 「メッチャメチャのエラ」とか、それなんなわけ? なんに使うの。ああだから、そんなことはどうでもよくて。


「ア アト テンチョ ビン テ アルッスカ」

「おう、ビンな。あるぞ。もちろん」


 今回ばかりはカクテルグラスに注ぐわけにもいかないからな。

 ふーっ。

 目の前に出揃った材料を眺めて、深呼吸をひとつ。

 大丈夫。隊長の毒はちゃんと治る。

 心を込めて作れば。

 さっきメモした自分の字と睨めっこしながら、慎重に作業を進めていく。

 液体系をゆっくり掻き混ぜ、粉系を乳鉢でしっかり磨り潰す。

 そして、間違ってないか、何度も何度も確認する。

 そりゃまあ、ヘタかもしれんけど。

 ヘタかもしれんけど、だいじょうぶ、ちゃんとできたはず。

 ラストにビンに注ぎ、フタをする。


「ヴィスタサン コレ ゲドクヤクッス ハヤク グスタフサンニ!」


 ヴィスタさんは腕組みをしたまま怪訝な顔でこちらを見る。

 無言。

 しばらく無言で仁王立ちしていたが、


「シノブ!」

「ここに」


 ヴィスタさんの足元に、突然人が現れた。

 忍者かな? と思ったら、マジで忍者だった。

 いやいや、あり得る? そんなこと。


「これを至急グスタフの元へ」

「承知」


 そして現れたときと同様、突然消える忍者。

 店内に残る三人。

 ヴィスタさんが口を開く。


「……ベネク。解せんな。解せんことが二つある。まず一つ目。仮にそいつが無職ではなくバーテンダーだったとして、ではなぜ、昨夜は教会で寝ていたんだ?」

「なにっ!?」


 店長が目をまん丸にしてこちらを見た。

 店長、そんなふうに真正面から見つめられると目が横のほうに行っちゃうんで、なんか怖いんですよ……。


「サンタ、昨日はそのまま自分の家に帰ったんじゃなかったのか……?」

「サーセン」

「ひょっとして、サンタの家は、ないのか?」

「サス ナイッス」


 この世界の何が常識で何が地雷かぜんぜんワカラナイんですサーセン。

 店長はやがて、ゆっくりと溜め息を吐き出して、


「ああ……それならそうと早く言ってくれれば……まあ、いい。とにかくだヴィスタ。そういうわけだから、サンタはれっきとしたウチのバーテンダーで、今後いっさい手出しは無用だ。わかったな?」

「なあベネク。ひとつ勘違いをしているようだから、正しておこう。私はそいつを信用したわけではない。シノブからの報告が入り次第、きっちり首を切り落とさせてもらう。脱走は重罪だし、欺瞞も同様だ。例外は認めん。そんな呑気な考えで我々人類が魔族と張り合える道理はない。それは重々承知のことだろう、ベネク。……フン、本当は最初からわかりきっているのだ。グスタフは……助からない。部下をかばって真正面からワームの猛毒を浴びたのだ。これまで何人もの命を奪ってきた猛毒だ……解毒ポーションなど気休めにしかならん。本当は、わかりきっているのだ……」


「姫」


 そのとき、ふとまた忍者が現れた。

 続いてドタドタと店の扉が開き、兵士たちがなだれこんできた。


「軍団長! ヴィスタ軍団長!」

「報告いたします! グスタフ隊長の毒が……完治しました!」


 おお……?

 マジか……!

 マジすげえなこのレシピ本……。

 思わず俺の口から漏れる安堵のため息。

 よかったよかった……はああ……。


「なん……だと……?」


 ヴィスタさんは驚愕の目を見開いていた。

 兵士は、力強くうなずいた。


「な……ほ、本当に……?」


 ヴィスタさんの顔が、驚愕から、一瞬泣きそうな表情に変わった。と思ったらすぐキリッと引き締まった。その目が俺に向けられる。


「貴様……気休めの解毒ポーションではない、本物の解毒薬を、調合したというのか……!?」


 そこへ店長がグッと割って入った。


「やれやれ……。いいかヴィスタ。これでわかっただろう。というかそろそろいい加減認めろ。サンタはれっきとしたウチのバーテンダーで……」

「それはそれで、嘆かわしい!!」


 ヴィスタさんが吠えた。

 ……えーと。

 ……ええ?


「貴様、それだけ優れた能力を持っていながら、なぜ未だにスキルパッケージを開封していないのだ!? 私が解せんことの二つ目はそれだ! まったく、人類にとってなんという損失……大いなる過失……怠慢……人類の存亡を賭けた……、ええい! とにかく、来い! 今すぐスキルパッケージを開封するぞ!」


 ええ……なにそれ?

 ちょっ、店長?

 店長は俺の視線に気づくと、しゃーない、みたいな感じで首を振った。


「やれやれ……でもまあ、事のついでだ、サンタ。ちゃちゃっと開封して、そこのイシアタマを納得させてやってくれ」


 はあ……あの店長。

 開封してって、その、どこで?

 どうやって?



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