誘導
斉藤が目覚めたのは、次の日の朝6時だった。
会社への出社時間は8時30分だったのでいつもより早起きだった。それにはもちろん理由がある。マキからのメールの確認だった。
斉藤は素早くメールを確認するが、メール受信は6件ある。だがマキからメールは来ていなかった。斉藤はため息まじりにひとつひとつメールを確認する。ほとんどが斉藤にとって迷惑メールの類だったが、またキャバクラ情報サイトからメールがきている。
「貴方のマキさんは、今日の昼間、新宿に行くでしょう」
と、天気予報のような文面できていた。斉藤はそのメールに驚いたがこれが本当なら素晴らしいサイトだとニンマリした。だが新宿は広い…。さすがにこれだけでは探しようがなかった。
と、再びメールが届く。
「午後3時、新宿ルミネの時計屋の確率が高いでしょう。」
斉藤はさすがにいぶかしんだ。こんな情報は、本人しか知らないはずだ。
「そ、そうか…」
彼ははピンときた。この情報はきっと、マキ本人が流しているんだと。
となるとこの情報は、マキを指名している客全てに送られているんだろうか…それとも…
もしかしたら、自分だけに送るようマキが設定したのかもしれない。斉藤は少し考えた末に(今日は会社を休もう。)と思い立った。
少し安堵感が彼を包む。
(マキからメールが来ないのは…恥ずかしいからだ。だから遠回しにサイトを使って俺に連絡してきたんだな)
斉藤はそれで全てが繋がったと思った。再び、携帯を開きマキの写真を探す。そこには、他の客が撮ったと思われるマキの可愛い笑顔の写真があった。
他の嬢と一緒に撮ったもの、客と一緒に撮ったもの、隠し撮りみたいのもの等、マキの写真はたくさんあった。斉藤はそれを一つ一つ自分の携帯に保存していく。
そしてそのひとつを携帯の待ち受けにした。斉藤は満足そうにその待ち受けをずっと見ていた。それはマキの笑顔のアップだった。
斉藤は結局、会社を風邪で休むことにした。有給を使ったので特に後ろめたいことはない。日頃まじめに働いているご褒美だと自分で納得する。なにせ今日は自分の人生を大きく左右する日かもしれないのだ。
斉藤は、シャワーを浴び昨日の晩御飯の残りのパンを食べるとそのまま新宿へ向かった。新宿へは、彼の家から30分ほどで着く。なんとか急行電車に乗り込み、新宿東南口の改札に着いたのは2時30分少し前だった。
斉藤はいつもより人の少ない駅構内をスタスタ歩き、ルミネへと向かった。エスカレータ前に着くと、店内案内の看板から素早く「時計屋」を探す。英語で書いてあって斉藤には店名が読めなかったがとりあえず5階へ早足で向かった。
と、メールの音が鳴る。2つ鳴った。
一つはキャバクラ情報サイトのもの、そしてもう一つは待ちに待ったマキからのメールだった。斉藤は当然にようにマキからきたメールを先に開く。
「こちらこそ、昨日はありがとうございました。楽しかったね!今日はお買い物にきているの。武さんもお仕事頑張ってね!」
斉藤は、嬉しかったが若干、不満も感じた。(自分の送った付き合うということについて何も触れてない…)
彼は舌打ちをしながらもう一つのメールを開く。
「貴方のマキは、突然のことで戸惑っています。ですが、ここで短気をおこしてはいけません。彼女は恥ずかしがっているだけです。彼女は時計を欲しがっているようです。プレゼントしてあげてはどうですか?」
斉藤は「おお」と声を上げた。そうか…そういうことか。
彼は胸をなでおろした。エスカレータを早足であがり5階につくと時計屋を探した。時計屋はすぐ見つかる。だが、いきなり時計屋で待っているのも不自然だと感じた斉藤は、隣の店で彼女がくるのを待つことにした。
と、またメールが鳴る
「女性へのプレゼントは、サプライズを演出することが大事です。店ではなく彼女のご自宅に届けましょう。」
斉藤は、そのメールを見て感嘆した。そうか…このサイトは女心をわかっているプロなんだと思った。
「ん?」
ふと、時計屋をみるとふと空気の違う空間に斉藤は気づいた。他の客や店員が褪せて見える。そしてそこには、ベージュのハーフコートにすらっとしたジーンズを履いたマキがちょうど店に入る瞬間だった。
斉藤は動けなかった。
店で見るよりもナチャラルメイクで、自然で可愛い。だが何よりキラキラとしたものがマキの周りに飛んでいるようだった。
マキは前かがみになり一生懸命時計を見ている様子だった。
(でももうすぐ自分はあの横に立って、毎日のように会うんだ…)
その姿を想像すると斉藤は、若干萎縮してしまう。だが、それは自分の運命なんだから逃れようのないものだと自分に言い聞かせる。
「はやく、マキと話したい…」
斉藤は彼女の横顔をみてそう思わずにはいられなかった。




