しらねーのかよ
橘が孤独の夕食を終え、サナの勤めるキャバクラについたのは夜の8時だった。
「いらっしゃいませ」店内に入ると入り口のボーイがうやうやしく話しかけてくる。橘は立ち止まって
「すいません。ベテランの娘がいいんだけど、いい娘いるかな?」
ときいた。この質問はなかなかキャバクラでは聞かない質問だ。言った本人の橘もボーイとともに戸惑ってしまったが
ボーイは、「あ、はい。あのご指名…ではなく?」一呼吸あとに答える。橘は、
「ベテランで綺麗な子なら、指名します」
と言った。初めての経験なのかボーイは困っている様子だったがとりあえず橘を席に案内する。橘はホッとしながらボーイの後に続き席についた。
とりあえず、ポケットからタバコを取り出し、火をつける。果たして自分の推察は当たっているだろうかと不安になる。いなければまさに無駄骨と無駄使いのダブルパンチだ。
「こんばんは〜、マリコです」
しばらくして、ボーイとともに女の子が橘の元にきた。ロングヘアの黒髪が似合う細身の美人だった。橘も「はじめまして」と返事をする。
マリコは席に座ると、ボーイに注文したウィスキーの水割りをつくる。その手際の良さは、確かにベテランぽい。
「あの、なんか不思議なご指名みたいだったみたいね。お客様、お名前は?」
マリコが微妙な表情で橘に話しかけた。まぁそうだろうよと橘は、思いながら「たちばなです」と名乗った。
「タチバナさんね。あ、でも指名にはなっていないので他の子がよかったらかまわないですから」
とマリコは前置きして言う。真田は、ごめんねと謝りながら話し始めた。もちろん、例のことは話の流れのなかで聞くつもりだった。
「マリコさんは、ここ長いん?」
「う〜ん、1年は経ってないかなぁ。このお店、人の入れ替えが多いみたい。」
橘は、微妙だなぁっと思いながらも話を続ける。
「1年くらい前なんけど、ユキっていう娘、しらん?」
「あはは、タチバナさんの思い出の人かな?ユキって名前、いっぱいいたからなぁ、何代前だろ」
マリコはすこし揶揄うように橘にいった。そうか、結構いるのか…橘はその落とし穴には気づかなかった。
「あ、でも私も聞いた話だけど、なんか結構前に店の単月の売り上げ記録を作った娘が、たしかユキって名前だったかな」
とマリコは急に面白い情報をくれた。橘は急に前のめりになり話を聞く。その娘が探しているユキかはわからないが…
「なんか、毎週のように新しい太い客が現れて大金を落としていったらしいよ。もう私にも紹介してほしいくらい」
マリコはそう言いながら笑う。なかなか面白い話だと真田は思った。
「その話って誰から聞いたの?」橘は、とりあえずその情報源をきく。もしボーイや店長ならすごく都合がいい。
だがマリコは店の先輩という。その子は当然やめたらしい。
「ここのお店ね、変わっててね。5ヶ月と10ヶ月で、ボーイも女の子も変わるんだって。まるっとね。珍しいでしょ?」
「えっ?それはどういう?」
橘にその情報は驚いた。確かに女の子が飛ぶ話はよくあるが、店のキャストやボーイがまるっと1年も経たずに変わるのはあまり聞かない。
「なんか、新鮮さを出したいっていう店長かオーナーの方針らしいけどね。だから私も来月系列店に移動するの…」
「じゃ、店長は長く店にいるんやな?」
「ううん。店長なんてみたことないな。ここはスタッフリーダーって人が仕切ってて、その人も5ヶ月前にきたって言ってたな。」
その話をきいて橘はうなった。この話…出来過ぎてないかと。
冷静に考えるとおかしい。この店はいつきても混んでいる。確かに人の入れ替えが成功してるかもしれないが、ついてくれたお客さん、働きやすさを考えればキャストを無理に変えるのは不自然だ。昨今はキャストとなる女の子を探すのも手間なはずだ。
(まさか…店もグルなのか?)橘はそう考えると合点がいった。
「タチバナさんは、ユキって娘を探してるの?」
マリコの言葉に橘は頷く。もちろんその理由はお互いの認識で大きくずれていると思うが…
「だとしたら難しいかもね。ほら、辞めちゃうともう全く音沙汰なしだし、女の子も過去を消したがるしね…」
確かにと橘は思う。ただ覚えてる人がいて、もしかしたら友達とかで今でも連絡をとっている子がいたらと思ったがこの店のシステムだと無理そうだ。
と、橘はあることに気づく。そういえば…確かマキ…いや、サナはいつからキャバ嬢をやっているのだろうか。前に真田から2年くらいと聞いたことがある。
と、するとおかしい。ユキと被っているはずだ。
「なぁ、今サァこの店にマキって娘、おるじゃん?」
「ん?ああ、あの綺麗で可愛い娘ね。髪がくるんってしてる子」
「そうそう。あの娘って、前からいるの?」
「あの娘は、結構新人よ。まだ2ヶ月くらいかな…」
橘は、ますます頭が混乱した。ということは、マキは別の店でキャバをやっていたということか…




