キャバ嬢としてのサナ
真田がサナの誕生日にと予約したディナーは、東京湾をめぐるディナークルーズだった。モノレールにのり、桟橋からスタートする約2時間のクルーズだ。
サナの誕生日を聞いたのはわずか2週間前だったため、真田は数少ない奥の手を使ってこのチケットを取っていた。桟橋の最寄駅から5分ほど歩くとクルーズ船が見えて来る。サナは「おお、すごい」となかなかご満悦の様子だった。
「なんか、こうちゃんと祝ってもらったことないから嬉しいな」
「ほんとかよ?」
「なんかさぁ、しんちゃんて誤解してるよね、わたしのこと!」
サナは意地悪な笑顔でそう言った。そして今日はその誤解をとくぞっと意気込んでいる。結局最初は、元気のなかった自分が元気になっていると、真田は思った。そうなのだ、結局サナといると元気になってしまう自分がいる。
「ほかの娘は知らないよ」と前置きした上で、船の出発を待つロビーでサナは話し始めた。
「私は、自分のことをキャバ嬢だなんて思ったことないの。テレビとかに出てる銀座の人みたいにプロ意識ないし、生活も地味。ただ仕事して淡々とこなしてるだけ。」
真田はとりあえず相槌をうつ。(あのマンションは…)と思ったが。
「お昼に起きて、NHKのニュース見て、昨日きてくれたお客さんにメールする。そして自炊するか、すきやのお持ち帰りを買ってきて家で食べる。そこから、シャワー浴びて身支度して、お客さんに店に来てきてメールか、電話する。うちの店は、髪をもらなくてもいいからそこは楽なんだけど…」
「そこから同伴だよな」
「そう。夕方に会うことが多いかな。マキのお客は…ほら、重い人が多いから店の外で会うのが重要なのよ。そうするとすごい喜んでくれるからさ。あ、私ね。そういう重いお客さんってさぁ、むしろ純粋だなぁって思うの。もちろん全然、手を出してこないし、なんか逆に大丈夫かなこの人って思っちゃう」
真田は初めてサナのキャバ嬢としての話を聞く気がした。そういえば、サナは店やお客に関してはいままで、自分にしてこなかった。
「キャバ嬢としてより、サナとしてお客さんを見ちゃうからダメなんだよね。ほら、しんちゃんみたいにただ若い子と楽しく時間を過ごしたいって人はもう適当で楽でいいけど、正直辛いときもある。だって私として存在意義がないでしょう?要は若くて綺麗な子なら誰でもいいんだから…でも重いお客さんは私じゃなきゃダメだって言ってくれる。」
「異議ありーーーー!!」
真田は思わず声をあげる。サナはそれを笑ってやり過ごす。
「はいはい。そういうことにしときましょう。もういいの。しんちゃんはお客さんじゃなくなったから。もうリカって娘もいなくなったんだから二度と店きちゃダメだよ。きたらその場で抹殺してあげる」
サナは目が笑っていない笑顔で返す。真田は無言…でいるしかできなかった。
リカは既に店を辞めてフランスに帰っている。
「私ね…ほんと普通の女の子なんだってば。ほんとに…ね…」
サナが下を向いてそう話したとき、船の出航のアナウンスが流れた。