後編その2
「はーい、呼ばれて飛び出てきましたよー」
ガラガラと音をたてて窓を開けながら、マサキはにこにこ登場した。
窓枠に手を置いて項垂れてみれば、自分より頭1つ分背の低いマサキは手を伸ばして頭を撫でてくれた。
「話が合わない人の相手は大変だから。ムロちゃん、よく頑張ったね」
「ちょっと、萬崎さんはわたし(ヒロイン)のお助けキャラでしょ?! なんでそっちの味方してんの!!」
ああ、また意味不明な台詞が飛び出したよ。
何、そのお助けキャラって。
ゲームじゃあるまいし。
前下がりのボブショートの髪を揺らして、マサキは【億田香凛】の方に顔を向けた。
器用に右の眉をあげている。
…あー、イライラしてるな。
「なんで、って。じゃあ、なんであたしが億田さんを助けなきゃならないの? 顔見知り程度なのに」
【億田香凛】は、ぐっと言葉をつまらせた。
まあ、クラスも違うし、部活も違うし、共通の友人もいないし、選択教科すら被らない中で、仲良くなるってのは難しかろう。
「色々おかしいのよ!」
またも【億田香凛】は、わあわあと喚く。
「ホントなら入学式の日、迷子になったわたし(ヒロイン)をあなたが助けてくれるはずだったのに! そこから仲良くなるはずだったのに!! なのに、その場所にいても、あなたは全く現れないし!!!」
『入学式』と『迷子』…だ、と?!
後半の【億田香凛】の言葉は、まともに耳に入ってこなかった。
叩かれていない側の頬までもが熱くなってきた。
ちらりとマサキを横目で見たら、目があった。あってしまった。
瞬間、マサキの口元が歪んだのが見えた。
「あはははは。入学式の学校で迷子って、それ、ムロちゃんじゃん」
笑うんじゃなーい!!!
弾けるように笑うマサキは可愛いけど、可愛くないし。
うわー、うわー。
たいして広くもない学校で迷子とか……葬り去りたい黒歴史。
一通り笑ったあとで、マサキは目尻の涙を指で払う。
「入学式の日は、迷子のムロちゃんと学校探索してたよ。楽しかったよね」
「それもわたしのイベント……そこから邪魔してたの? あんたは!!!」
こえーよ、その目。
後ずさりしたいが、窓に壁に背をつけていて、後がない。体が硬直する。
「ムロちゃんに難癖つけるのやめようよ、億田さん。これ以上酷くするなら、今までの事とこの事を紙面に載せるよ?」
マサキの冷たい声が耳を打つ。
目には目を、歯には歯を、脅しには脅しを。
ハンムラビ法典、ここにあり。
「萬崎さん、七海先輩から言われてないの?」
【億田香凛】の低く唸るような声と睨み付ける眼に、ますます体が動かなくなる。
「ムロちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」
左腕にそっと手が触れる。
マサキが腕を絡ませてきた。
マサキを見れば、瞳が優しく弧を描いている。
あ、今度は胸が熱くなったきた。
そして、またマサキは、【億田香凛】に顔を向け、負けじと睨んで言い放った。
「言われてるよ、あなたを記事にするなって。でもね、ムロちゃんを守るためなら仕方ないよ。おかしいのはあなただし」
「そんなことしたら、七海先輩に嫌われるわよ! 好きなんでしょ? 先輩のこと」
衝撃が体を揺さぶった!!
えっ?! そうなの??
【億田香凛】とマサキと、視線が行ったり来たりとさまよった。
意地悪そうに笑う【億田香凛】に対して、マサキは呆れたようにため息をついて呟いた。
「この状態を見て、どうしたらその言葉が出てくるかな……まあ、いいか」
マサキの温もりが左腕から消えた。
って、うわっ!!!
「窓から身を乗り出さない、危ないって、おい! うわぁっ、何も言わずにズボンのポケット漁らない!!!」
「ムロちゃん、うるさい。あーもー、届かないし、出しにくいなあ。ムロちゃん、出して」
「はいはい」
ズボンに入っていたものを取り出して、マサキに手渡す。
【億田香凛】の顔色が変わる。
「何、それ?」
体勢と服の皺を整えて、マサキは表情を変えずに一息で言った。
「今のところは部長に止められてるから記事にはしないよ。でもね、これは保険。変なことをしたら、新聞に……ううん、新聞なんてまどろっこしいことしないからね。校内放送してやるから! 今後一切ムロちゃんに関わらないで。というわけで、ムロちゃん、行くよ!!」
来た、合図だ!
「はい!!!!」
「ムロちゃんは右、あたしは後ろ! よーい」
「ちょっ、何? あんたたち……」
ドン! の言葉を言うか言わないかのタイミングで、マサキが窓をピシャリとしめ、鍵をかけた。
さらに、勢いよくカーテンがひかれる。
それを合図に走り出す。
脇目などふるものか!
イザナギじゃあるまいし、後ろなんて振り向かない!! 振り向いたら怖いし!! ある意味、イザナミゾンビより話の通じない怖い者がいるわけだし!!!
「えっ、ちょっと。待って!」
待てと言われて待つ馬鹿はいない!
「待ちなさいよ!!!」
遠くに【億田香凛】の声を聞きながら、合流地点に向けて全力疾走。
ただ、前を向いて走った。
******
「意味わかんない人っているもんだね」
「怖かった、本当に怖かった」
学校から離れてもまた鳥肌たってるし。
ホラーとか、サスペンスとか嫌いなんだよね。
意味がわからない行動って怖すぎるんだけど!! 電波でストーカーとか、マジありえない。
思い出すと、自転車を押す手に力が入る。
「まあ、でもさ、これがあるからしばらくは大人しいんじゃない?」
マサキはポンポンと鞄を軽く叩いた。
ICレコーダー……すごいよな、これ。
怖くて、すこーしだけしか聞いてないけど、かなりはっきり声を拾っていた。
「レコーダーの内容は、すぐPCに落として、あたしとムロちゃんのスマホに転送するからね。あ、ムロちゃんの自宅のPCにも送っとくね」
保険には保険を、ってことだけど……。
どうかスマホとPCが呪われませんように。
「今のところは新聞にしないけどさ。ただ、今後何かがあって、【億田香凛】のことを書くなら、ムロちゃんも出さないとね」
「はっ? いや、出さなくていいでしょ?!」
「そうだなぁ、ムロちゃんを紙面に載せるなら」
「ちょっ、無視?!?」
マサキは右手の人差し指を下唇に当てて、可愛らしく笑う。
「“告白破壊者”って二つ名がいけそうだよね」
「そんな名前、つけないで……やめよう、HPはもうゼロだから」
そう言ってから二人で顔を見合わせて笑いあった。
そのあとは、たわいもない話をしつつのいつもの帰り道。
ただ……。
隣のマサキをちらっと見る。
気になるんだよね、どうしても。
【億田香凛】のあの言葉。
「マサキ……」
「ん? 何? 早く帰ろうよ」
立ち止まりしばしの迷い。
でも、意をけっして聞いてみた。
「マサキは七海先輩のことが好きなの?」
マサキは顔を嫌そうに歪めてから、ものすっごく深いため息と共に呟いた。
「どういう意味で?」
「えっ、いや、その」
「何て言えばいい? 先輩として好きだよ。尊敬……が一番近いかな?」
キッと鋭い視線でこちらを見た。
「確かに、七海先輩に憧れてたよ? 先輩っていいなって思ってたこともあった。でも、相手にされないというか、女とみてくれてないというか。どうしようもなくて落ち込んでいたとき、励ましてくれたのはムロちゃんだった。ムロちゃんがあたしに手を差し伸べてくれたの」
自転車を掴む自分の右手の上に、マサキの小さな手が重なる。
「だから、今一番好きなのはムロちゃん!! わかった?」
彼氏なんだから自信もってよ、とそう言いながら、マサキはそっぽを向いた。
おや、耳が赤いような……。
「うん、わかった」
顔がにやけるのが止められない。
「好きだよ、俺の一番もマサキだからね」
うっさい! とくるりと前を向き、マサキは速足で歩きはじめた。
******
こんなわけで、まあ、とりあえず。
毒を以て毒を制したわけで。
なんとか普通の学校生活が送れるようになりましたとさ。
「また、あんたなの……邪魔してんじゃないわよぉぉ!!」
聞こえない、聞こえなーい。
(蛇足)
《告白クラッシャー人物の名前由来》
ムロちゃん→無量谷 大数:
転生者? 何、それ、おいしいの? ってくらい、平々凡々とした男子高校生。結局最後まで本名が出なかったので、ここで出す。どうして出し忘れたのか……。ゲームでは、存在を匂わす程度で、登場していない。
無量(10の68乗)大数(10の72乗)からの名前。ちなみに無量大数(10の68乗)の説が一般的。
萬崎:
ゲーム内ではヒロインのお助けキャラで、新聞部部長・七海に憧れていた。ここでは、無量谷を世話する彼女となっている。
萬=万からの名前。
億田 香凛:
ゲームではヒロイン。ここでは、きちが……ではなく、変態変人変質者の一歩手前(?)の人物。乙女ゲー好き転生者。ゲーム内では“億”以上の数字キャラは出てこなかったので、彼女が一番(主人公)だった。
浄清 翼仁:
ゲームでは隠しキャラ。ここでは、別の進学校に通っている。ゲームシナリオに付き合う気がない転生者。転生前、姉から、このゲームのすばらしさ()を耳タコになるくらい聞かされていた模様。無量谷の最強(数字)パワーで、運命から逃れられた幸運者。
浄(10の-23乗)清(10の-22乗) Yocto(接頭語・10の-24乗)からの名前。ちなみに、清浄(10の-21乗)という説もある。
最初に思い付いた話は、数字に絡めてどうこう、という展開にするものだった。億より大きい数字だから、ヒロイン力より運命とやらを動かせる、という感じだったような。一番大きい数字の人が、主人公を主人公たらしめている。といった具合でコメディを目指していた……。
ヒーロー達は基本一桁台。
(例外は隠しキャラのヨクト)
ってことで、登場人物の名前に必ず数字が入っているのはその名残。