第2話 身分と魔力の世界
ハーディンたちの姿が見えなくなるまで、俺たちは食堂から距離を取った。しばらくして戻ると、さっきまで満席だったテーブルにも空きができている。
ようやく、まともに食事ができそうだ。
「……はあ」
椅子に腰を下ろした瞬間、ようやく力が抜けた。
「しかし初日からこれかよ」
ダンが苦々しく吐き捨てる。
「あのハーディンって奴もそうだけど、上の連中は本当に感じ悪いな」
「……ああ」
俺も頷く。
さっきの一件はただの小競り合いじゃない。
(確実に、目をつけられた)
しかも相手は中級貴族。俺たちより遥かに立場的は上。
「……しばらくは目立つ行動は避けた方がいいな」
自分に言い聞かせるように呟く。
――が。
ちらりとネオンを見るが、こいつは何事もなかったかのように椅子に座っていた。
(……本当に分かってるのか?)
「アゾート」
マールが少しだけ小さな声で言った。
「さっきは、助けてくれてありがとう」
「気にするな」
短く答える。
だが視線は、彼女の手首に向いていた。
さっき掴まれていた場所が、うっすら赤くなっている。
(……くそ!)
「でも、またあいつらに会ったら――」
マールが笑みを浮かべる。少し無理をしている笑顔だったが。
「それより、午後の見学に遅れちゃう。早く食べよ?」
その言葉に、ダンが大きく頷く。
「だな。腹減って死にそうだ」
胸の奥のざらつきは消えなかったが、無理やり空気を戻すように俺たちは食事を始めた。
午後は施設見学。
ボロンブラーク騎士学園は、魔法研究の設備が充実していることで知られている。
(……ここが俺の本命)
俺がこの学園を選んだ理由の一つだ。
最初に案内されたのは図書館。膨大な魔導書と、魔法考古学の文献が並んでいる。
(ここなら……見つかるかもしれない)
俺には探しているものがある。まだ誰にも言っていないが、俺には目的があった。
「すげえな……」
ダンが素直に感嘆の声を漏らす。
「全部読めるのか、これ」
「許可があればな」
そう答えつつも、視線は棚の奥へ向いていた。
――その時。
「…………」
妙な視線を感じる。
振り向くが、誰もいない。
(……気のせいか?)
いや、違う。
さっきからずっと、誰かに見られている。
理由は分からないが――
(今日、目をつけられたのは確かだ)
嫌な予感が、じわじわと広がっていく。
「次は魔法訓練棟です」
案内役の声が響き、俺たちは再び歩き出した。
だがその間も、背中のざわつきは消えなかった。
施設見学を終えた俺たちが次に向かったのは、部室棟だった。
最後は部活見学らしい。
「みんな、入りたい部活は決まってるのか?」
俺が訊ねると、ダンとマールは顔を見合わせる。
「いや、特には」
「まだ考え中かなー」
初日だし、そんなものだろう。
だから俺は、あらかじめ決めていたことを口にした。
「俺とネオンは、ダンジョン部に入るつもりだ」
「「ダンジョン部?」」
二人の声が揃った。
「ダンジョンって、あの……冒険者が潜る洞窟のことか?」
「そうだ」
ダンが少し眉をひそめる。
「貴族がわざわざ行くような場所じゃないだろ」
その反応はもっともだ。
この学園の生徒は基本的に貴族。危険を冒して金を稼ぐ必要なんてない。
だから、ダンジョンに潜る生徒はほとんどいない――普通なら。
「でも、ダンジョンには古代の遺物が眠ってることもある」
ぽつりと続ける。
「それに実戦経験も積める。学園の訓練より役に立つかもしれない」
ダンが腕を組む。
「……確かに、面白そうではあるな」
マールも少し身を乗り出してきた。
「でも危なくないの?」
「危ないに決まってるだろ」
即答した。だからこそ価値がある――それに。
「先輩に誘われてるんだ」
「先輩?」
ダンが首をかしげる。
「ああ。一つ上の」
言いかけて、少しだけ言葉を切った。
思い出す……あの人のことを。
(……会うのは久しぶりだな)
「知り合いがいるなら安心か」
ダンが笑う。
「それに、どうせなら普通じゃないことやった方が楽しそうだ」
「賛成ー!」
マールも元気よく手を上げた。
「私、ちょっとワクワクしてきたかも!」
◇
部室棟の三階。俺たちはダンジョン部の部室の前に立っていた。
軽くノックして中に入ると、黒髪ロングに眼鏡の女子生徒が顔を上げた。
「見学ね。私は二年のサーシャ・ベッセル。よろしく」
淡々とした口調だが、手際よく俺たちを中へ通す。部室は思ったより広く、地図や装備が整然と並んでいた。
(……ガチだな、ここ)
遊び半分の部活じゃない。
「当部では全員がギルド登録をして、実際にクエストやダンジョンに挑みます」
サーシャの説明は簡潔だった。冒険の危険性も、初心者が守るべきルールも、すべて淡々と説明して行く。
――その時、ガチャりと扉が開いた。
「来たわね」
サーシャが振り向くと、三人の部員が入ってきた。
中央に立つ男は、いかにも強そうな雰囲気をまとっている。
「部長のウォルフだ。来週、新入生歓迎でダンジョンに行く。参加するなら覚悟しとけ」
短いが、それだけで分かる。
この人は強い。
「二年のキースだ。前も後ろもやる。まずは属性を教えてくれ」
流れるように自己紹介が進み、俺たちも名前と魔法属性を答える。
魔法属性
ダン・アーク 水
マール・ポアソン 光
アゾート・フェルーム 火、土
ネオン・フェルーム 火、土
「フェルーム……それって」
サーシャの声が、わずかに変わる。そして。
「自己紹介がまだでしたね」
最後の一人が、一歩前に出た。
長い白銀の髪。赤い瞳。
その姿を見た瞬間、空気が変わった。
「二年のセレーネ・フェルームです。ダンジョン部へようこそ」
柔らかな笑み。
だが、その奥にあるものは――圧だ。
(……相変わらずだな)
立っているだけで周りの空気を支配する、フェルーム本家の長女。
そして――次期フェルーム家当主だ。
俺たちフェルーム家は、騎士爵ながら強力な火属性魔力を持つ武闘派集団。その当主は一族最強の魔力を持つ者しかなれない。
それもあって、セレーネは上位貴族を押しのけて学年トップクラスの実力を誇っており、容姿にも恵まれ男女ともにファンが多いと聞く。
「セレン姉様、久しぶり」
ネオンは姉のことをセレン姉様と呼ぶ。俺もセレーネに軽く目くばせをした。
「……姉様って」
ダンとマールが同時に固まるが、当然の反応だ。
「アゾートもネオンも、入学おめでとう」
セレーネは微笑んだまま、俺を見る。
だがネオンを見る目が鋭い。
「……ずいぶん面白いことをしてるみたいね、ネオン」
「うっ……」
サーシャもネオンを見て、不思議そうな顔をする。
「あなたアゾートの弟なのに、セレーネそっくりね」
「ギクッ!」
「一族だからそういうこともあるか。それで入部するの?」
「「もちろんです」」
「俺も入部しようと思います」
「私もお世話になります」
俺たちに続いて、ダンとマールも入部が決まった。
その帰り際。
セレーネがそっと近づいてきた。
「ねえネオン。男子で入学して本当に大丈夫なの?」
「問題ないよ」
ネオンが即答する。
「……まさか男子寮に入るつもり?」
「アゾートは、この私が守ってあげる」
「はあ?」
一瞬、空気が止まった。
「何も安心できないんだけど!」
セレーネの語気が強くなる。
「もしアゾートに手を出したら――」
「二人とも声が大きい……帰るぞネオン」
慌てて割って入るが、周りに聞かれたらまずい。
セレーネに軽く手を振って、ダンたちを追いかけた。
「おい、何を話してたんだよ……」
ダンが俺に尋ねるが、
「気にするな」
そう答えつつ、前を向く。
まだ、二人には言ってないが――
(そのうちバレるか)
フェルーム家次期当主、セレーネ。
そして。
――俺の婚約者だ。




