第7話 とうとう、忠雄は気付いた
それからの数カ月間、忠雄は美春と一緒に何処へ行っても数々の男達の姿に出逢うことになった。
京都国立美術館へ出向くと、其処で特別展のフランス絵画をじっと見ている男に声を懸けられたし、日曜日の午後にレストランでランチを食べて四条通りに出ると、南座の前に立っている男が笑顔で美春にウインクした。
手袋を買いに入った百貨店でも美春は弾ける笑顔で忠雄の見知らぬ男に応えた。
師匠の越路純子に逢う為に東京へ出張する美春を京都駅に送って行くと、新幹線のホームに男の姿が在った。
「あら、あなたも東京へ行くの?」
「否、僕は名古屋までだよ」
「そう、じゃ、一時間ほど一緒ね」
美春はさも嬉しげに、腕を取り合わんばかりにして車中へ消えて行った。
忠雄はもう言葉にならないほど悲惨な心境に陥った。
宇治川の三十石船でクルージングに興じ、梅小路公園で水族館やショッピングを楽しんだ後、アートとイートの京都駅ビルをそぞろ歩いていると、その何処の行き先にも見知らぬ男が姿を現した。
西陣で伝統的な下町文化を体感し、昔ながらの京都の風情を愉しんでいると、またまた男が声を懸けたし、二条城は歴史の宝庫であるのに何一つとして忠雄は愉しめなかった。そうして、美春と話す度に忠雄はがっかりして泣けて来そうになるのだった。
忠雄は、最初の頃の浮き立つばかりの昂揚の後、次第に満たされない苛立たしさに襲われ始め、美春に没入して自己を喪失してしまう陶酔は忠雄の精気を麻痺させるように作用した。
とうとう、忠雄は気付いた。
美春の周りには顔ぶれこそ異なるものの常に十人余りの男たちが取り巻いていて、彼女を中心に回転している。忠雄もその中の一人に過ぎないということに気付いた。
程無くして忠雄の脳裏に、ふと、自分は美春を完全に自分のものにすることは出来ないかも知れない、という考えが思い浮かび、それは容易に承服出来ることでは無かったが、忠雄は自分で自分に納得させようと必死に努めた。
そして、忠雄は、是ではいけない、こんな風にばかり考えてはいけない、と思いを切り替えようとした。美春の美と煌めきと輝きの魅惑と蠱惑の方面だけを追おうとした。
が、又しても、例の上原忠雄が後ろから引っ張るようにして、こう言った。
「其方へ行ってはいけない!彼女を追ってはいけない!」
尚も追おうとする忠雄の袖を掴んで更に言った。
「其方へ行けば惑乱して溺れ死ぬだけだぞ!お前!」
言われて忠雄は猜疑心と共に思った。
実際のところ、恋愛にかけては、男は幾つになっても素人だな。そこへ行くと、やはり女の方が長けていて無節操なのかも・・・と。
やがて、忠雄には、美春の貌がすっかり色褪せているように見え出した。彩も艶も無く、男をぞくっとさせるあの魅惑のときめきも輝きも煌めきも消え失せているように思えた。
すると、上原忠雄の声が忠雄の耳元で囁いた。
「ちと苦薬が効き過ぎたか、な・・・」




