第二話 雨降る時間にそれと出会った
(0/7)
学校という場所。好きな人も、嫌いな人も、いるだろう。ちなみに、ぼくは後者。オブラートに包んで、こんな場所消えてほしいと思う。
オブラートに包まないで言うとなると、■■■■■■■■■■■■、■■■■■■!
ぼくの心の中が、ぼそぼそとしている。湯煎中のチョコに、水が入ったときのようだ。
流石に言葉が悪すぎた。モザイク音が無いと、誰かが不快になりそうなことを言ってしまった。
一日のスタートを伝える光。通学路の路地が、その光を小分けにする。黄金色に輝く朝日が、とても綺麗だ。
軽く振り返ると、改札に向かって全力疾走している人がいる。えっちらおっちらランドセルを運ぶ子どももいる。
少し視線を上げると、電車が颯爽と走っている。電車がホームに停まると、人々が雪崩のように入っていく。電車が苦しそうだ。
金髪のかっこいいお姉さんも、クタクタなスーツを着たお兄さんも、頭上が電球みたいなおじさんも。みんな、電車に吸い込まれる。
そんな人間団子を横目に、ぼくは足を進める。まあ、駅の壁でほとんど想像だけど。
「はぁ」
何も考えなくても、喉の奥から息が出る。冬だったら、真っ白な息が見えたかもしれない。
残念ながら、今は春と、夏の間。梅雨と言う言葉を使う人もいるけど、雨はほぼ降らない。降るとしたら、神の怒りのような、ゲリラ豪雨くらいだ。
憂鬱なぼくの足は、鉛のようである。蜂蜜が足を掴んでいるようで、とにかく、重たい。
トコトコ、トコトコ。アスファルトを蹴る、ぼくの足音が音楽を奏でる。
トコトコ、トコトコ。目の前には、くすんだ白色の校舎が現れた。
(1/7)
校門をするりと抜ける。ヘルメットをせずに、自転車に乗ったことがばれて、先生に怒られる生徒がいる。
きちんとヘルメットをした生徒は、滑り込むように走っている。
ぼくのように、のんびり歩く人もいれば、友達と笑いながら歩く人もいる。
見上げるほど高い、柏の木がぼくらを見る。挨拶してくる先生よりも、よっぽど風格がある。緑色の葉が、応援するようにさわさわ揺れて、涼しい風が頬を撫でてくる。
タイル貼りの玄関に入り、小さな靴箱を開ける。いつも通り、新聞紙がたくさん入っている。
新聞紙を適当にまとめて、足元に置く。踵がぺちゃんこの上履きは、既に黒ずみが多い。丸い踵の感触を感じつつ、上履きを履く。軽くトントンとすると、つま先の方に足が寄り、嫌な感触が減る。
目の前の図書室は、すっからかんとしている。それでも、司書さんは椅子に座り、かわいい本たちを眺めつつ、仕事をしている。
先の遠い廊下には、まばらに人が歩いている。昔は食堂だった部屋に、ごくわずかな人が歩く。まあ、今は自習室だけど。
傷があったり、塗装が剝げていたり、時代の流れを感じる校舎。でも、こんな校舎も、二五年くらい前は、綺麗だったのかもしれない。今のぼくには、関係ないけど。
自動販売機は、飲み物を今も保存している。忠犬ハチ公みたいに、自分の元に人が来るのを待っている。
長い階段。デザイン性が考えられた階段は、「早く登れ」と急かしてくる感じがする。右足を、一段上に置く。左足を蹴り、一段上に乗る。今度は右足を、一段上に置く。また左足を蹴り、一段上に乗る。
これを繰り返して、四八段を登りきる。
箱が並ぶ陳列棚の拡大図のように、教室がたくさん並ぶ。
2Bと書かれた教室。併設されたスライドドアを開けた瞬間、ぼくの闘いは始まる。
ガラガラ。ドアの音が先走って、教室内を駆け回る。
「誰が来た?」とぼくに向けられた視線は、解剖中の何かを見るように、キンキンに冷えていて、暴力的だった。
その視線が消えるまで、すごく長かった。短く見積もって、一時間だろう。実際は、一秒無いくらいだった。
あぁ。今日も、始まった。
(2/7)
トイレの水道で、顔をバシャバシャと洗う。体育で汗をかいた、とか音楽で全力で演奏した、とかではない。
ただ単に、頬を染めた白色を落としているだけだ。メイクでもない。ただ単に、頬についた石灰を落としているだけだ。
誰もいない男子トイレで、水音だけが響き続けた。
顔を上げると、目の前の少年と目が合う。真っ黒な目は、光を吸い込み、ブラックホールのようだ。黒色の髪はそこそこ長くて、目に少しだけかかっている。
グレーのネクタイは、少し緩くて、疲れたサラリーマンみたいだ。黒に近い、紺色のブレザーも、出会ったときはかっこ良かったが、今は少しだけ、皺が目立っている。
顔をハンカチで拭いて、教室に戻る。ぼくの机では、たくさんの文字たちがお祭りをしている。祭りと言っても、血祭りだけど。
『バカ』
『アホ』
『クズ』
子どもたちが騒いでいる。
『さっさと消えろ』
『クラスにお前は要らない』
『視界に入るな』
保護者たちが見守っている。
『■ネ』
『シ■』
『■ネ』
『シ■』
『■ネ』
『シ■』
ぼくの視界が、回っていく。グルグル、グルグル。いつみても、嫌になる言葉が並んでいる。血祭りの生贄は、ぼくだった。
「あはは」
「それガチ?」
「うん」
「あはは。うける」
遠くで、誰かが笑っている。ぼくを笑っているのか、別のことで笑っているのかは、わからない。
でも、ぼくは、観客の前で、体ごと吊られている気がした。
(3/7)
靴箱の中の新聞紙や机上の落書きは、まだまだ序章にすぎなかった。タブレット用のペンを隠され、水をかけられる。お金を盗まれたり、集団リンチにも会った。
正直、ぼくも理由がわからない。理由がわかったら、こんな苦労はしない。
一つだけ、わかることがある。それは、ぼくがこのクラスの人たちに、忌み嫌われていることだけだ。
(4/7)
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
轟々とチャイムの音が鳴る。その音と同時に、ぼくは学校の門を、高速で出た。どうせ残っていても、いいことなんて無いから。
トコトコ、トコトコ。ぼくの足元には、分身がいて、どんどん下をついてくる。アスファルトの道には、たくさんのお店が連なる。商店街みたいなこの道は、昔からずっと、このままらしい。
アスファルトの下を歩くぼくの分身。その分身は、ぼくが歩くリズムを変えてもついてくる。
トコトコ、トコトコ。
トトコト、トトコト。
トコント、トコント。
濃い灰色の空の下、ぼくと分身の二重奏が、人知れずに行われる。
しばらく歩くと、ぼくらの演奏に、お客さんがやってきた。
はしゃぎ声に包まれる、「7」という文字が目立つコンビニ。
ジュージューいいながら、プレスされていくたい焼き。
ぼくはまだ入れない、すごく大きい音楽が流れるパチンコ。
鼻腔をくすぐる、香ばしさが漂うラーメン。
お客さんと思っていたら、知らない間に合奏になっていた。お客さんのいない、楽しい演奏会が、虚空の空に響いていた。
(5/7)
キキー。
金属と金属が擦れる音が、車内の無音を切り裂いた。 なんでこの電車は、今時になってもブレーキ音がするのだろうか。
変えようのないことの思考を捨て、エスカレーターを下る。改札からは、元気な音が鳴った。いつもなら右に曲がる道を、ぼくは左に曲がった。
目的は、ただ一つ。今朝から食べたいと思っていた、愛しのマカロンを買うことだった。
「ありがとうこございます!」
店員さんの明るい声と共に、待ちに待った袋を受け取る。中には、かわいらしいキャラクターが描かれた、色とりどりのマカロンが、我先にと、ぐちゃぐちゃな列を作っている。
「冷た!」
マカロンを観察していたら、背中を撃ち抜かれた。使われた弾丸は、キンキンに冷えた雫だ。きっとそこだけ、ブレザーが濡れただろう。
それが、雨だと気付くのは、一瞬のことだった。
(6/7)
「はぁ。はぁ」
空からは、シャワーのように水が降り注ぐ。その水がお湯だったらよかったな。全部が見事に、透明で、キンキンに冷えた水である。
「はぁ。はぁ」
ぼくの息遣いと、地面を叩く雨の音とに、世界が侵食されている。
こんなことなら、バスを使えばよかったな。ぼくの心の中には、小さな後悔が浮かんだ。
でも、急に雨が降ったら、走る手が最初に思いつくだろう。仕方のないことだ。ぼくは、自分に言い訳をした。
ぼくは他者から見たら、ケーキ屋の袋を片手に、息を切らしながら、雨から逃げる変人だろう。恥ずかしい。
ぼくの耳は、いつもより温度が高い。絶対、赤色に染まっている。
青色に光る会社名。その横には、白色に光る駅名の文字。ロータリーに生える巨大な木も、雫によって、背中を曲げたおじいちゃんのようだ。
「はぁ。はぁ」
どんなに走っても、家は見えてこない。水たまりを踏むと、パシャという音が鳴って楽しい。普段はだけど。 こんな雨をしのげない状態じゃ、ただ、進路を妨害するための、おじゃま虫だ。
青色の看板をもつカラオケが流れる。テニスコートをもつ公園が流れる。
雫によって、アスファルトはテカテカ光る。信号機も、黒光るキャンバスに色を落としている。排水溝には、川のように水が流れている。
「はぁ。はぁ」
ぼくは、ずっと、走り続けた。
(7/7)
「ただいま」
家で声を出す。反応は無い。まあ、お父さんは今日も働いているから、当然か。
どたどたどたどた。
いや、反応はあった。
「ワンワン!」
ぐちょんぐちょんで、重苦しい制服に、一匹の小さな犬が、突っ込んできた。
「ただいま、バニラ。よしよし、いい子だねー」
ぼくの家で飼っているポメラニアン。くりくりの目と、純白の毛並みが特徴的だ。名前がバニラになったのは、幼いぼくが提案した名前だから、とのことだ。
「あれ? なんか固いな」
バニラの前だからか、ぼくの声が増える。
そんなことより、玄関でしゃがむぼくの腹部。そこに、固い何かが当たっていた。薄い直方体みたいな形状をした、何かがあった。
異様な何かを回収する。バニラが嚙んでいたが、すぐに離してくれたので、後でご褒美をあげよう。ペットに甘いなんて言葉は、受け付けません。
バニラが嚙んでいたのは、銀色の箱だった。その中には、一枚の小さなゲームカセットが入っている。
そのカセットのタイトルは、『一人あそび』だった。
毎週金曜、午後21時30分を目標に、頑張って書いていきます!
応援していただけると、とっても嬉しいです!




