環状を抱く夜 — 夜を裂く —
浅い夜。
だが、コアラにはそれで十分だった。
牙は研ぎ終わった。
古い鉄馬に、
新しい心臓が根付いた。
アクセルが床を蹴る。
針が跳ねる。
VTECの咆哮が、高架を撃つ。
ワンダーの影が、
夜を切り裂いた。
前方に、光が散らばっている。
野良の小僧たち。
色も、音も、若さもバラバラだ。
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コアラは口元で笑った。
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クラッチを叩く。
シフトが刺さる。
鉄馬が吠える。
小僧のテールが、
闇に吸い込まれていく。
一台、二台、
束になった若い光が音もなく抜かれる。
環状の夜に、
一瞬の風穴が空く。
——これだ。
肺が焼ける。
血が脈打つ。
胸の奥の棘が、
熱を放つ。
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速度計より速く、
噂が街を駆け抜ける。
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「誰だ?」
「なんだ、あのシビックは。」
「ワンダーが、あんな音を出すか。」
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深夜のピット。
バイク屋のシャッター裏。
解体屋の錆びた電話。
誰かが、
遠い昔の音を思い出す。
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——まさか。
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「コアラか……」
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古い煙草に火が灯る。
奥歯に残った笑いが、
小さく弾ける。
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かつての友だけが知っていた。
あの笑顔の奥に潜む獣を。
夜を楽しむ顔に隠した、
血の匂いを。
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——行くのか、コアラ。
誰かが立ち上がる。
眠っていた古い獣たちが、目を覚ました。
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環状の暗がりで、
化物の咆哮が牙を立てる。
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テールランプより速く、
噂が走る。
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夜がまた一つ、
獣に喰われた。