孤独の狂気 — 初陣 —
環状の入口に立った。
夜の底を這う風が、銀髪をめくった。
下道の鉄くず共とは匂いが違う。
潮の匂いと、熱を含んだオイル。
いつか群れの中で嗅いだ、血が滲む環状の空気だ。
GPz900R。
銀色の形は、まだ荒削りだった。
それでいい。
走りながら牙を磨く。
深夜三時。
緩やかな風になって、流れるテールを見送る。
野良の獣が近づいてくる。
鼻先に残る排気の焦げた匂いが、銀の奥に火をくべた。
遠目に一台。
小ぶりなスポーツクーペが、孤独に灯りを撒いている。
派手な羽根と、派手なマフラー。
環状に蔓延る野良の若造。
——いい餌だ。
愛馬のアクセルを捻る。
夜が裂ける。
銀色の牙が輪に滑り出す。
相手はすぐ気付いた。
加速が小さく跳ねる。
牙を剥いた。
北浜。
橋の継ぎ目を舐めるように抜ける。
クーペは機敏だった。
低い回転で尻を振る。
だが直線で詰まる。
銀はブレーキを遅らせる。
鋼の塊を沈める。
タイヤが路面をかすかに鳴かせる。
——まだ足りねぇ。
息が漏れた。
旧い鉄はまだ重い。
だが、牙は確かに研がれている。
相手が振り返る。
一瞬の隙が、銀の奥の獣を刺した。
アクセルをひねる。
GPzが咆哮を上げる。
すれ違い様に視線がぶつかる。
若造の目が揺れる。
野良の牙が折れる音が、排気に溶けた。
輪の先で、クーペは小さく消えた。
銀はミラーを一度も見なかった。
マシンを緩やかな風に乗せて、タバコに火をつける。
肺の奥がまだ熱を吐きたがっている。
——一匹じゃ足りねぇ。
輪の上には獣が減りすぎた。
番犬の仕業だろう。
奴が腐った牙を全部狩った。
なら、腐っていない牙を呼べばいい。
夜の画面に光が滲む。
スマホの液晶に映るのは、匿名の闇。
誰でもいい。
速さだけあればいい。
この牙をもっと深く、輪に突き立てるために。
銀は口角をわずかに上げる。
——血の匂いを撒いてやる。
火の消えかけたタバコが、夜風に吹かれた。
輪の奥でまだ誰かが眠っている。
その夢に、爪痕を刻んでやる。
孤独の狂気が、
ネットの底へ静かに牙を沈めた。




