環状に舞う狩人 — 集う夜 —
鉄の音が、夜の奥でくぐもって響いた。
工場の奥に散らばる獣たちが、ひとりずつ姿を現す。
180SX、シルビア、FD、R34。
誰も新車なんかじゃない。
塗装の剥がれと、手の跡と、無理矢理延命させたタービンの音だけが、こいつらの名刺だ。
「随分集めたな。」
R34の主が、火花の散る作業台に腰を預けた。
親鳥は黙って煙草に火をつける。
あの夜以来、肺の奥は、ずっと錆の味が燻っている。
「……まだ呼ぶ。」
親鳥の短い声に、FDの若い顔が苦笑した。
「相変わらず口が重い。」
「喋って速くなるならな。」
180SXの男が、にやりと笑ってレンチを放る。
カン、と乾いた鉄の音。
その奥で、獣たちの目だけが昔のままだった。
誰も走りを降りきれなかった。
家庭を持っても、店をやっても、どこかでオイルの匂いが抜けなかった。
一台ずつ、工具の音が止む。
ボンネットを閉じる手が、そっと鉄を撫でる。
それはまるで、もう一度、生を受ける儀式だった。
「環状を流すだけか?」
FDが尋ねた。
親鳥は黙ったまま灰を落とす。
「……匂いを嗅がせるだけだ。」
「奴らに?」
「ああ。」
静かな答えが、鉄より重く落ちた。
仲間たちの目が鋭くなる。
それぞれが、あの夜、ピヨを喰った蛇の噂を噛み締めた。
親鳥は小さな鍵を握っていた。
潰れた翼——カプチーノの名残。
鉄くずの中から拾って帰った小さな鍵は、まだ冷たい。
「お前の教えたヒヨッコ、速かったらしいな。」
R34の主がぼそりと言った。
誰も茶化さない。
180SXの指先が、そっと親鳥の肩を叩いた。
「——走ろう。」
その言葉だけで充分だった。
群れはゆっくりと夜へ出た。
アスファルトを踏むタイヤが、湿った環状に匂いを落とす。
加速はしない。
今日は牙を隠す。
存在を示すだけの夜。
だが、親鳥の胸の奥では、針が微かに滲んでいた。
アクセルを踏み込むたび、ピヨの走りが過る。
峠の粘りでは追いつけない流れ。
群れとなら届く。
「……飛んだんだな、お前は。」
メーターを見つめて呟いた声は、ミラーの奥で消えた。
背後に並ぶ獣たちが、ブローオフを短く咬んだ。
誰も言葉を交わさない。
ただ鉄とオイルの匂いが夜を裂いていく。
走り終えた路肩で、FDが煙草に火をつけた。
「胃が冷えた。」
180SXが肩を揺らして笑った。
「まだ、走れるわ。」
R34はミラー越しに親鳥を見て、唇を噛んだ。
「次は——」
親鳥の目だけが笑わなかった。
「次は貴様が、喰われる番だ。」
湿った夜に、獣たちの息が潜んだ。
環状はまだ、牙を隠したままだった。




