環状に舞う狩人 — 狩りの準備 —
親鳥は一人、昼の環状を流していた。
北浜を抜ける短いストレート。
アクセルを踏むたび、峠の癖が邪魔をする。
ドリフトで流せば良かったコーナーが、ここでは牙をむく。
最高速が遠い。
足が甘い。
もっと沈め、もっと固く、もっと速く。
ミラーに、散った小さな羽の影が滲む。
ピヨは、ここをものにしたのか。
あの小さな翼で、誰よりも華麗に飛んだらしい。
——長く生きていれば。
一瞬だけ浮かんだ言葉を、アクセルの奥に沈めた。
環状を降りると、古豪の工場へ向かう。
年季の入ったシャッターをくぐると、
油の匂いと鉄の音が、昔と変わらず出迎えた。
「……まだやってんのか。」
リフトの下から声が転がる。
銀髪混じりの頭が顔を出した。
「昼間っから輪を流してんだって?
峠上がりが、何を学べる。」
親鳥は答えず、煙草に火をつけた。
吸い込む煙が、胸の奥をざらつかせる。
「足が甘い。」
「知ってる。」
古豪は工具を投げた。
スパナがコンクリを叩く音が響く。
「もうちょい締める。あと5ミリ下げろ。
ダンパー固めて、腹擦ってでも粘らせろ。」
「……頼む。」
「金になんのか?」
「ならん。」
古豪は鼻で笑った。
「ならいい。俺も、昔の借りがある。」
タバコを指先で潰すと、親鳥の胸に小さな羽が滲んだ。
昼の熱が抜けていく。
夜には、バーの奥でグラスを磨く。
湿ったジャズが、客の影を曖昧に溶かす。
カウンターに座ったのは、かつて群れを流した面々。
「なあ、まだ走れるのか。」
声をかけると、誰もすぐには頷かない。
整備士になった奴、スーツに変わった奴、指先に油の匂いを残す奴。
「……走れるもんか。」
「家族もいるしな。」
「環状はもう、遠い。」
親鳥は黙って、酒を注ぐ。
「——蛇がいる。」
一言だけ、夜に落とす。
誰かが息を呑む音がした。
「みかじめか。」
「ピヨの、仇だ。」
静かな沈黙。
グラスに溶けた氷が、小さく鳴った。
「……一晩だけなら。」
「工具は残してある。」
「やるだけやるさ。」
親鳥は目を伏せたまま、小さく頷く。
焦らない。
狩人は群れを戻す。
じわりと輪に羽を広げ、蛇が鼻を利かせるのを待つ。
胸の奥で、小さな羽がまだ鳴いている。
——次は、貴様が喰われる番だ。
夜の奥に、乾いた炎が滲んだ。




