40話『巣窟』
鈴原藍は私の高校の数少ない友達だ。
図書室で本を読んでいる時にいろんな動物の本を読んでいて、おすすめを聞かれたのがきっかけだったのをよく覚えている。
だからこそ、今私が糸で縛られて天井から吊り下げられている状況に納得いかない。
「鈴原、お前今何やっているんだ?」
繭の中に踏み入れたショウがオレンジ色の蜂に乗ったランに尋ねている。
「何って、森に入って荒らしまわる人たちを追い出しているだけです。」
ランは冷たい声で返答する。
私の知っているランは動物好きな心優しい女子だったはずだ。
「ラン、本当に何があった……。」
「夏川さん、あなたは今人質です。私語は謹んでください。」
私の言葉を遮るようにランが声を荒げながら蜂の背中をポンポンと叩く。
背中を叩かれた蜂は下降していき、ランを糸で作られた床に降ろす。
「あなたたちの目的は何か、人質以外の人がお答えください。」
ランは各々武器を構える4人に向かって話しかける。
状況を察して口を開こうとしたが、人質以外だから私が答えることはできない。
「この繭を占領しにきた。」
カエデが特に疑問も思わなそうな勢いでランの質問に答える。
ランは頭を抑えて項垂れる。
カエデは建前とか一切使わず真正面から言う性格している。
それ自体はいいことだが、こう言う場面だとそれは逆効果だ。
「鈴原さんも帰ろ。ムカつくけど浅原なら迎え入れてくれるはずだし……。」
「もうここに来ないで。これ以上この繭を傷つけたくな……。」
ランはそう呟くと、腰につけていた鞭を握る。
「アンソルジャー達は4名の周りを囲んで。ヨウナシさんは遠距離から赤髪を狙って。」
ランが指示すると、4人の周囲を蟻たちが囲み奥にいた蜘蛛が脚で弓を作って枝を矢のように構える。
確か鞭はテイマーだけが使える武器で、生物を使役することが可能とは聞いていた。
白石の鞭が『竜系のモンスターを確実に使役する神器』だったから、恐らくランの鞭は『虫系のモンスターを確実に使役する神器』だろう。
「鈴原さん、私たちは戦いに来たわけじゃない。平和的に話し合えるなら話し合いたいんだけど……。」
「今日までに私の友達だった虫達の数は殆ど減った。1匹は頭部を爆発させられて丁寧に燃やされていたらしいの。何か知らない?」
ランの質問に、カエデが口を閉じる。
おそらく、数日前にカエデが戦って倒した巨大ムカデのことだろう。
「鈴原、俺たちは同級生に刃を向けたくない……。」
ショウが槍をカバンにくくりつけて両手をあげる。
「私はあなたたちを友達とは思ったことがない。」
「残念……。」
カエデは周囲を見回した後、剣を上に向ける。
「放たれろ。」
カエデの刃が発射されて天井の糸がボロボロと黒く焼けこげて落ちてくる。
「よくも繭を!かかれ!」
ランが鞭を振ると、あり達が飛びかかろうとしてきた。
しかし、上空から流れ込んでくる炎が4人を中心に降り注いできた。
天井を見ると、爆発で空いた穴からクロロンが顔を突っ込んで炎を吐いている。
そのクロロンの足元では冷や汗をかきながら覗き込んでいる。
「あのワイバーンは仲間じゃないの……。」
「ユダンスルナ、ヤツラニハホノオノ……。」
上空を飛んでいる蜂がランに注意し始めたところで、周囲の炎が渦を巻き始めた。
炎の渦は徐々に細くなっていき、カエデの掲げている剣の刃へと変化した。
「今の攻撃大丈夫だった?」
「ありがとう白石さん!みんなは虫たちをお願い。」
カエデは剣を構えて3人に話し、吊るされている私に顔を向ける。
「私はユリを助ける!」
そう言い終わるよりも早く、カエデは再び形成されつつあった蟻たちの壁を焼き斬ってランに向かって猛ダッシュで迫る。
唐突に走って迫ってくるカエデに驚いて、ランは固まって動けずにいた。
「スズハラ!」
私の近くを飛び回っていた蜂が急降下してランとカエデの間に入った。
蜂は腹部の先端から飛び出た太い針を向けると、触手が出てきてカエデに向かって伸びていく。
カエデは冷静に向かってくる先端の太い針を剣で弾いて近寄ってくる。
「ナニ!?」
蜂が戦いている横をカエデが通り過ぎて、ランに向かって走っていく。
蜂の針がカエデに向かって追尾していくが、それよりも早くカエデがランに近づく方が早い。
「ヨケロスズハラ!」
蜂が針とは別でカエデに向かって飛んでいく。
冷や汗をかきながら防ごうとするランの真横をカエデが通り抜けていく。
「え?」
呆然としているランを無視したカエデはそのまま走って繭の壁を走りで登り始めた。
「「「「「は?」」」」」
ランだけでなく、ランを守るように立ち回っている蜂と私を吊るした糸に止まっている蝶、蟻たちと戦っているショウとタツヤも信じられないと言いたげな声を上げる。
「放たれろ。」
壁を少し走り登ったカエデは私の吊るされていた糸に向かって剣の刃を撃ち出した。
何かを察した蝶は糸から脚を外してパタパタと距離を取った。
刃は私を吊るしている糸を切って蝶に向かって飛んでいく。
蝶が謎の粉を振り撒いて避けようとした瞬間、刃が爆発した。
衝撃で吹っ飛んだ私を落下中のカエデが抱えて無事着地した。
「ごめん、大丈夫だった?」
「助け方をもうちょっと考えて……。」
カエデはは巻き付いた糸を引きちぎりながら謝る。
3人の方を見ると、ショウが槍を振り回して次々と蟻を蹴散らしていく。
「2人ともこっちだ!」
ショウが同時に何匹もの蟻を薙ぎ払って、タツヤとサイアを連れて蟻の囲いを突破してきた。
全員合流できそうで安堵していると、ランを守っていた蜂がタツヤの背後に回った。
「タツヤ危ない!」
「え?」
疑問そうな表情を浮かべるタツヤの胴に蜂の伸ばした針が穴を開けた。
「タツヤ!」
ショウがタツヤを掴んで針から抜き出す。
針を腹部に戻した蜂は素早く上空へ飛ぶ。
「ユリ、タツヤの容態はどうなってる?」
寝転がせられたタツヤの傷を確認する。
刺された場所は脇腹で、内臓にもそこまで影響はなさそうだ。
急いでポーションを取り出して傷口にかけようとすると蜂が急降下して私に向かってきた。
「ソウハサセン!」
蜂は叫びながら私に針を向けて突撃してきたが、ショウが横から槍を突き出した。
蜂がすぐさま距離をとって回避する。
無事ポーションがかかったタツヤの腹部が徐々に内側から再生していく。
「ラン!ヤッカイナヤツハマカセロ!」
蜂はすぐさまショウにぶつかった後、ショウを連れて天井に空いた穴を通り抜けていった。
「ショウ!」
カエデが慌てて立ち上がった瞬間、私の真横をヒュンと風を切る音が聞こえてきた。
横を向くとカエデが剣を落として鼻を押さえていた。
「早川さん、悪いけど私たちの家とも言える繭に大穴を2箇所も開けて虫を大量に燃やしたのも許せない。」
ランは今までにない怒りの表情を浮かべて鞭を振り回す。
鼻から血を垂らしながらカエデが剣を取る。
「鈴原さん、あなたは人でしょ。なんで虫の味方をするの?」
「この子たちは私を助けてくれた……。その恩人たちを次々と殺されて気が済むと思っているの?」
ランがカエデに反論していると、さっきまで私を縛っていた糸に捕まっていた蝶が舞い降りてきた。
「フォロムさん、お手を煩わせてすみません。」
「モンダイナイ。ワタシモナカマヲコロサレ、サラニスミカヲコワスモノヲイキテカエスキハナイ。」
蝶はそう言うと大きく綺麗な水色の筋の入った黒い羽を開く。
「もう戦うしかないの……。」
「鼻に鞭入れられて許せないけど、ユリはランの説得をお願い。私たち3人はあのデカいだけの蝶々を倒す。」
「ごめん、俺まだ動けそうにない……。」
タツヤが脇腹を抑えながらカエデに謝る。」
多分、蜂の針に毒でもあったのだろう。
カエデとショウも解毒には回復用のポーションとは熱のポーションを使ったと言っていた以上、今は治らないだろう。
「わかった、私とサイア、それと白石とクロロンで相手してあげる!」
カエデは剣を蝶に向けながら宣言する。
蝶の触角が怒りを表すようにピクピク動く。
「イイデショウ……アナタタチトウエニイルリュウ、マトメテカカッテキテカマイマセン。」
蝶は再び上空へ舞うと、周囲を黒い粉塵が漂い始めた。
「ワタシハマオウグンカンブ『トケイバン』ジュウジノバンニン、ヨゾラノハゴロモ、フォロム・クロウフライデス。」
「幹部は聞いてないよ!?」
カエデたちは冷や汗をかきながら上空を飛ぶ蝶、フォロムを見上げていた。
私は鞭をビュンビュンと振り回して近づいてくるランの方を向いた。
「ユリちゃんが相手でも許さないよ!」
ランは今まで私といる時にしたことがない怒りの表情で睨みつけてくる。
図書室で話している時のあの笑顔からは程遠かった。
「ラン、いつものあなたに戻って……。」
私は杖をランに構えて一言呟いて、水球を生成し始めた。
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