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第9話 迷子

 店の裏手にある薬草畑、そこにあるベンチに腰掛けて、私と幼馴染のアニーは遅い昼食をとっていた。

バゲットにハムとピクルスを挟んだだけの簡単なサンドイッチだが、なかなか美味しい。ちなみに、このバゲットはアニーが持って来てくれた。彼女の実家は街でも評判のパン屋なのだ。

 そんなサンドイッチを片手に、先ほどからアニーは少し不貞腐れたような顔で話をしていた。その内容は、まぁ……いわゆる『姑の愚痴』である。


「お義母さんが子供はまだかってうるさくて」

「あー、なるほど」


 アニーが結婚して、そろそろニ年くらいが経つ。新婚という時期も過ぎてしまったので、義両親もとやかく口出しし始めたのだろう。

 世間ではよくある光景だ。しかし、当事者としてはたまったものではない。


「子供が生まれないの、絶対私のせいだって思われているわ。だってお義母さん、夫には絶対に子供のことなんて言わないもの」


 これもよくあることだ。

 なぜか一般的に、不妊の原因は女側にあると思われている。

 個人的には、男性にも女性にもそれぞれに不妊の要素はあり得ると思う。だが、今の医学ではその辺りのところはよく分かっていない。


「もし、妊娠しても女の子だったら、次は男の跡取りを――とか言い出すのよ。絶対よ。あぁ~、気が滅入るぅ」

 ため息を吐きながら、アニーは尋ねてきた。

「ねぇ、ジャンヌ。子供ができやすくなる薬とかってないの?」

「そんなものがあったら、上流階級の人間がこぞって使ってるよ」


 この世界は基本的に男尊女卑だ。跡取りは当然のように男。

 女性が婿をとって家を継ぐこともあるが、兄弟がいる場合、家督相続の順位は男が上である。

 それは平民でも貴族でも、そして王族でも同じ。

 王家にいたっては、さらにそれが顕著で、未だこの国に女王が君臨したことはない。

 跡取り問題は、庶民でも嫁がプレッシャーに感じるほどだから、上流階級ならなおのこと。ものすごい重圧だろうと、容易に想像できる。


「アニーの夫……デニスはかばってくれないの?」

「お義母さん、夫の前では私に小言を言わないのよ。良い姑を演じてるわ」

「なら、お姑さんに影で嫌味を言われていること、デニスに相談してみたら?」


 私がそう言うと、アニーは困った顔をした。

 アニーのお姑というのは、つまりデニスにとっては実の母親。その悪口を言うようで、アニーは気が引けるのかもしれない。


「そうねぇ。耐えられなくなったら話してみるわ。まだ我慢できるから……でも……」

「ん?」

「お願い、ジャンヌ!あなたには、こうやって愚痴らせて。嫌な気分にさせて、ごめんだけれど!」

「別にいいよ。私で良ければ、いくらでも付き合う」


 すると、アニーは感極まったように私に抱き着いてきたのだった。



――と、アニーとそんなやり取りをしたのが、つい先日のこと。

 そして今、往来で私は困っていた。


 視線を落とせば、私のスカートを掴んで離さない幼い子供。

 彼は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、「ママぁ、パパぁ」と泣いている。

 つまり、迷子だ。

 子供の話題をしていたら、まさか子供を拾うとは。妙な偶然である。


 迷子の少年は見た目、二、三歳くらい。おそらくこの街の人間ではなく、観光客だろう。というのも、少年が『竜』のお面を身に着けているからだ。


 『竜』はクローヴィス侯爵家の紋章であり、またこの領地のシンボルでもあった。その所以(ゆえん)は、クローヴィス家の祖先が『竜人』だという伝承にある。

 『竜人』は大昔に存在したと言われる伝説の存在、半竜半人の種族で物凄い力を持っていた……とされている。

 ただ、『竜人』自体がおとぎ話のような存在だから、クローヴィス家にまつわる伝承も真偽のほどは分からない。


 けれども、その伝承は土地に深く根付いていて、領民にとって『竜』は親しみのあるものだった。

 観光客用には、さまざまな竜グッズがお土産として売られている。お面のほかに、竜のヌイグルミや竜を(かたど)ったクッキーなんかもあった。


 さて、話がそれてしまった。

 おそらく、この迷子の少年は両親とオルレアに観光に来て、そこで一人はぐれてしまったのだろう。

 私は泣きじゃくる少年の顔をハンカチで拭いてやりながら、彼に話しかけた。


「落ち着いて。お母さんとお父さん、一緒に探してあげるから」

「……っ」

「君、名前は?言える?」

「り、りゅっく」

「リュックか。偉いね」


 これからリュックの両親を探すわけだが、オルレアの街は広い。このまま当てもなく探しても、きっと見つからないだろう。

 それならば――と私は重い腰を上げた。


「とりあえず、オルレア騎士団本部へ行こうか?」



 ジャンヌ――遠くから私を呼ぶ声がして、私は一瞬迷った。このまま聞こえないフリをしようか、どうかと。

 けれども、それは所詮(しょせん)無駄な抵抗だ。

 さらに言えば今、彼の所属する組織に私は用がある。

 私は振り返った。


「こんにちは、レオン様」

 

 いつの間にか、レオンは私のすぐ近くまで来ていた。

 声を聞いたときはもっと距離があると思ったのに。いったい、どんなスピードで駆けつけてきたのか。

――と、深く考えるのは止めよう。


「こんな所で奇遇だな!買い物か何か……って、え?」

 この時になって、ようやく彼は私が抱っこしている少年に気付いたようである。

「その子は?」

 ジトリとした目で、レオンがリュックを見下ろす。そんな彼に怯えて、リュックがまたベソをかき始めた。

「ちょっと!レオン様!顔が、顔が怖いですよ」

「え、あ!その、すまない」


 レオンはハッとするが、もう遅い。リュックは怯え、私の胸に顔をうずめて泣き出す始末だ。


「……」

「レオン様!だから、顔!!」


 また怖い顔をするレオンを注意する。それから私は「この子は迷子です」と事情を彼に説明した。



「なるほど、よく分かった」

「それで、この子の親御さんを探して欲しくて騎士団本部に行こうとしていたんです」

「ああ、大丈夫だ。ちゃんと対応するぞ」


 ということは、私のミッションは終了だろうか。

 このままレオンにリュックを任せれば、(おの)ずと騎士団に迷子を預けることになる。

 ただ、それが現実に可能かどうかは別問題だった。


「リュック。このお兄さんが、君のお母さんとお父さんを探してくれるって。だから、お兄さんと一緒に行ってくれる?」

 私はそうリュックに尋ねた。彼はおそるおそるレオンを伺い、そして――

「いやぁあああああ!!!」

 ブンブンブン、大きく首を振って、あらん限りの声で鳴き始めた。

 リュックは断固拒否の意思表示をする。

 レオンはショックを受けた顔をするが、自業自得。先ほど、あんな風にリュックを怯えさせるからだ。


 私はため息を吐いた。

 どうやら、私も騎士団本部までついて行かなければならないらしい。



 私、リュック、レオン。三人並んで、オルレアの街のメインストリートを歩く。

 さすがに、抱っこし続けるのは腕がしびれてきたので、私はリュックを地面に下ろした。また迷子にならないよう手をつないで歩く。

 リュックはすでに泣き止んでいて、見知らぬ街並みを興味深そうにキョロキョロ眺めていた。あれからレオンが一生懸命あやしたこともあり、彼への苦手意識もいくらかマシになった様子である。


 さて、子供と歩くというのは思いのほか大変だった。

 ちゃんと手を繋いでいても、リュックは興味があるものを目にすると、手を振りほどいてそちらへ行こうとする。それを慌てて止める――ということを私は繰り返していた。

 世の親はさぞかし大変だろうと、思い知る。


 そんな私たちの様子を横目で見ていたレオンが、

「そうだ!」

 何かを思いついた様子で、彼はリュックを抱き上げた。

 そのまま、リュックを自らの肩に乗せる。いわゆる、肩車をしている状態だ。


 突然レオンに肩車され、視点が高くなったリュックだが、意外にも泣き出すことはなかった。それどころか少し興奮気味で、楽しそうにあちこちを見回している。

 確かにコレなら、手を繋がなくてもリュックがどこかへ行く心配はないし、私が楽だ。


「ありがとうございます」

「これくらい何てことはないぞ」


 レオンはニカッを笑うが、『何てこと』はあるだろう。貴族が平民の子を肩車するなんて聞いたこともない。

 こういう所が彼の美徳であり、人を惹きつけるのだろう――そう私は思った。



 騎士団本部の建物が見えてきた頃合いだった。

 突然、レオンに肩車されていたリュックが甲高い声を上げた。始めは一体何を言っているのか聞き取れなかったが、その中に「マッマッ」という単語を耳にする。

 驚いて辺りを見回すと、こちらに走って来る若い男女の姿が見えた。


「リュック!」

「ママァ!!」


 予想通り、彼らはリュックの両親だった。親の顔を見て安心したのか、リュックはまた泣き出し、母親に抱き着いている。


 父親から話を聞くと、やはりリュックたちは観光客だったらしい。そして、街の中を見て歩いているうちに親子ははぐれてしまったのだ。

 リュックを見失った両親は、中々子供を見つけられず、騎士団へ届け出に行こうとしていた。その矢先、レオンに肩車をされている我が子を見つけたという。

 レオンは背が高く目立つ。良い目印になったわけだ。


「ありがとうございます」

「それにしても、まさか騎士団長様に保護していただけるとは。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「いいや。気にしないでくれ。無事、再会できて良かったぞ」


 リュックの両親はそう言って、何度も頭を下げていた。それにレオンも笑顔で応じる。それから、両親は私の方に向き直った。


「彼女さんも、本当にありがとうございました。デートの途中にお邪魔してしまい、すみませんでした」

「……は?」


 私は目が点になった。

 誰が誰の『彼女』だ?デートって何のこと?

 あっけにとられていると、彼らはもう一度お礼を言ってその場から離れていく。

 

 爆弾発言を残して、リュックの両親は去って行った。こちらに手を振るリュックの姿がどんどん小さくなっていく。


「……そういう風に見えるんだな」

 ボソっと横で(つぶや)く声がした。

 ソッとそちらを伺うと、顔を赤く染めるレオンの姿があった。




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