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第83話 容疑者(後編)

 備品室にはロフトが存在し、ウィリアムはそこに身を忍ばせることにした。

 万が一の場合に備えて、魅了魔法予防用の解毒剤を飲み、さらに『そよ風の守り』の魔法で自分を守る、徹底ぶりである。


 ウィリアムが忍び込んでしばらくして、セシリアがまず備品室に入って来た。

 彼女は包みから香炉を取り出し、香を焚き始める――それをロフトからウィリアムは見ていた。


――やはり、セシリアも『魅了の香』を持っていたのか!……いや、まだアレが『魅了の香』かどうかは分からない。そこもハッキリさせないと…。



 ウィリアムが見守る中、ついにセシリアに呼び出された団員――第二班所属の若い男だ――が備品室にやって来た。


「ずっと前から好きでした」


 頬を染めながら告白するセシリアを見て、その若い団員は少し戸惑った様子を見せた。

 女性から好意をよせられて喜ぶ男は多い。セシリアほどの美少女なら尚更(なおさら)だ。

 しかし、セシリアに返ってきたのは否定的な言葉だった。


「悪いけれど俺、彼女がいるから」


 それだけ言うと、団員はそのまま部屋を出て行こうとした。そんな彼にセシリアが追いすがる。

 彼女は団員の腕をギュッと抱きしめるような格好で、上目遣いで言った。


「どうしても、私じゃダメですか?」


 彼女のこの態度を可愛いととるか、見え透いていて嫌だととるか。

 それは人それぞれだろう。

 だが、当該の団員は――そして実はウィリアムも――後者だったようだ。


 団員は迷惑そうに顔をしかめた。


「俺は彼女を裏切る気ないから」

「どうしても?」

「しつこ……」


 そこで突然変化が起きる。


 ガクリと団員の頭が垂れたかと思うと、そのまま彼は直立不動になった。石像のように動かなくなる。

 明らかにおかしい挙動に、ウィリアムは息を呑んだ。


 やがて、団員が顔を上げた時、その目はとろんとしていて、焦点が合っていなかった。

 その様子を見て、セシリアは満足げに微笑む。


「恋人とは別れてくれるでしょう?」

「ああ、もちろんだ。俺には君だけだ」


――これがあの香の力か……っ!


 先ほどとは180度違う団員の態度を見て、ウィリアムはゾッとした。それと共に、強い嫌悪感を覚える。


 ウィリアムには生まれつき『魅了』の力があった。


 『魅了』は、他人の心を簡単に(ゆが)めることのできる。ウィリアムはその力を嫌っていた。

 魅了の力のせいで彼自身ずいぶん苦労してきたし、強制的に相手の心を奪ってしまうことへの罪悪感もあった。


 ウィリアムはどうにかして自身の魅了の力を押さえこもうと努力してきた。そのために、必死で黒魔法の修練を積んできたのである。


 そういう背景があるからか。


 魅了の力をいとも簡単に行使し、平気で他人の心を(もてあそ)ぶセシリアがウィリアムには不快で仕方なかった。


 彼女のような人間にこの力を持たせていたら、オルレア騎士団は滅茶苦茶になってしまうだろう。それだけは防がなくてはならない。

 そうウィリアムは考える。


――幸い、証拠は手に入った。すぐにレオン様とルネさんに報告しなければ……えっ!?


 瞬間、雷に打たれたような衝撃が体を走り抜けた。

 そして、ウィリアムは声を上げる暇もなく、気を失ってしまった。



 どさりと上から人が落ちてきて、危うくセシリアは悲鳴を上げそうになった。


「えっ、なに!?」


 戸惑っていると、またもう一人降ってくる――それは『竜の仮面の魔導士』だった。魔導士はきれいに床へ着地する。


 最初に落ちてきたのはウィリアムで、彼は気を失っていた。

 黒いローブを着ている彼の姿を見て、セシリアはウィリアムだと気付く。


「コイツ……。同じ班のダサ男……どうして?」


 『竜の仮面の魔導士』とウィリアムが備品室のロフトにいたことを、セシリアは全く気付かなかった。おまけに、未だ状況をよく理解できずにいる。

 そんなセシリアに、『竜の仮面の魔導士』が口を開いた。


「君って迂闊(うかつ)だよね~」


 魔導士は、くるくると右の人差し指の上で、器用に水晶玉を転がす。


「コレ、映像記録用の魔道具だよ。君がその男を魅了するところ、バッチリ撮られていた」

「えっ……」


 『竜の仮面の魔導士』の言葉を聞いて、サッとセシリアは青くなった。

 そんな彼女を、魔導士は辛辣(しんらつ)嘲笑(あざわら)う。


「間抜けだね。ボクがいたから良かったものを。いなければ、騎士団長にコレを提出されて、君は即、牢屋行きだったよ」

「う、うるさいわねっ!」


 フンと、鼻を鳴らしながら『竜の仮面の魔導士』はウィリアムを楽々と担ぎ上げる。


「ちょっと、その男どうするのよ!?」

「どうするって。色々知られたんだから、このままにはしておけないでしょう?まぁ、ボクの方で預かっておくよ。なぁに、上手くやるさ。使()()()が色々とありそうだしね」

「勝手なことしないで!さっさと始末し――」

「……あのさぁ?」


 軽い口調から一転。

 声が低くなった『竜の仮面の魔導士』に、セシリアはビクリと肩を震わせた。


「誰に向かってモノを言ってるの?ボクに命令できる立場だと思っているの?」

「……っ」


 怯えて何も言えなくなったセシリア。

 そんな彼女に『竜の仮面の魔導士』は背を向けた。


「じゃあ、これ以上ポカしないでね。無能サン」


 どこからともなく一陣の風が吹き抜け、あっという間に『竜の仮面の魔導士』とウィリアムがその場から消えてしまう。

 後にはセシリアと、彼女に魅了された団員だけが残された。


「なによっ!」


 腹立たしそうにセシリアは、激しく床を踏み鳴らした。




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