第79話 竜の仮面の魔導士の思惑
「はあぁぁぁぁ~」
執務机に座った上司が盛大にため息を吐く――それをルネは見ていた。
「どうして、こうも次から次に問題が起きるんだ?何なんだ。あの『竜の仮面の魔導士』というのは……」
「ピエトロ商会の件に続いて、『魅了の香』。そして、今回の襲撃事件も……本当に次から次へ……ですね」
「いったい何が目的なんだ?」
レオンがそう問いたくなる気持ちもルネは分かった。
件の魔導士の意図がイマイチよく分からないのである。
ピエトロ商会の事件当時から、魔法等を提供する見返りに『竜の仮面の魔導士』は金銭を要求していた。それは一連の『魅了の香』の事件でも同じである。
だから、騎士団では単なる金目的の犯行という見方もあった。
ただ、捜査の過程で分かったのは、かの魔導士が手にした金銭は大金とは呼べないものだということだ。
『魅了の香』の件では、以前のピエトロ商会のときに比べて、見返りの金額は増えていたが、それでも『竜の仮面の魔導士』の実力を考えれば安い。
なにせ、あの魔導士は現代魔法よりも高度な古代魔法を巧みに操る凄腕である。その腕を借りたいという金持ち連中は多いはず。
悪事など働かなくとも他に引く手は数多で、もっと効率のよい金稼ぎの方法はいくらでもあると思われた。
では、目的が金銭ではないのか――そういう意見も出てくる。
どうして『竜の仮面の魔導士』はこの街で悪さを続けるのか。金目当てでないとすると……。
「この街……ひいてはこの領地に対する恨みでしょうか」
「怨恨か」
ルネの言葉にレオンも反応する。彼とて、その可能性は考えていたようだ。
「レオン様。サヴォイア公爵家はどうでしょう?公爵家は政治的に領主さまと対立していましたし、ピエトロ商会を潰された恨みもあります」
「一応、兄上が王都で公爵家の動向を探ってくれているが、それらしい動きはない。とても大人しいものだと聞いている」
レオンが言うには、ピエトロ商会という一番の資金源がなくなった痛手は大きく、サヴォイア公爵家に以前のような勢いはないらしい。
現に公爵の派閥からぞろぞろと人が抜けていき、求心力が衰えているという話だ。
サヴォイア公爵家を立て直すには、王位継承順位一位のイスが転がりこんでくるような幸運が必要だろう――なんて軽口を叩く者もいる。
ちなみに、現在の第一位は現王の息子である皇太子、第二位がその子息(王から見れば孫)だ。王弟であるサヴォイア公爵は王位継承順位第三位となっている。
「もちろん、可能性はゼロじゃないが、うちに嫌がらせをしている余裕はないと思う」
レオンはクローヴィス侯爵家の子息だ。
平民のルネよりも、貴族の政治情勢に詳しいレオンが「今回の件で、サヴォイア公爵家が裏で糸を引いているとは考えにくい」と言っている。ならばその通りだろう、とルネは納得した。
ということで、振出しに戻る。
いったい、『竜の仮面の魔導士』の目的は何なのだ、と。
「しかも、ジャンヌに好意を持っているなんて……厄介だぞ」
ジャンヌという単語を聞いて、ルネの視線が生温かいものに変わる。
この上司、本当にブレないな――とルネは思った。
「サミュエルのときといい、どうしてだ?よりにもよって厄介な連中ばかり彼女に寄ってくる」
そうのたまうレオンだが、「その最たる例は貴方なのではなかろうか」という考えが頭をよぎりつつ、賢い部下は口には出さない。
「もっとアプローチの方法を変えた方が良いのだろうか。押してダメなら引いてみろとも言うし……」
我々は『竜の仮面の魔導士』について話し合っていたのではないだろうか。
なんだか恋愛相談になりつつある会話に苦笑しつつ、ルネは自分の考えを述べた。
「恋の駆け引き的なことは、やらない方が賢明では?レオン様の性格に合っていませんし、何よりジャンヌさんはそういったものを面倒くさく思うタイプかと」
ルネから見ても、ジャンヌは恋愛に淡泊だ。いや、淡泊すぎるきらいがある。あそこまで恋愛に興味ない女性も珍しいだろう。
そんな相手と恋の駆け引きなんてやっていたら、話が一向に進まない。むしろ、レオンくらいストレートな態度だったからこそ、今の距離感まで近づけたのではないだろうか。
そういうルネの見立てである。
「そうかな?」
「そうですよ。自信を持ってください。誕生日プレゼントまでもらえたんですから。しかも、レオン様のためだけの特別性なのでしょう?」
「そうだ、そうだった」
うんうん、とレオンが頷き、自信を取り戻したところで、彼は話を戻した。
「『竜の仮面の魔導士』自体も頭が痛いが……一番の問題は、いったい誰がうちの団員にジャンヌとマリアを襲わせたのか、だ」
確かに、それはもっとも危惧するべき問題だった。
「『竜の仮面の魔導士』がジャンヌさんを助けたというのなら、別件なのでしょうか?」
「それはまだ分からない。ただ、『魅了の香』の事件が立て続けに起こっている中で、団員が洗脳されたんだ。まるっきり別件とも思えないぞ」
「犯人は……ジャンヌさんとマリアさんに恨みを持ち、なおかつ団員を洗脳できるような機会を設けられる人物……というわけですよね?」
「ああ。その可能性が高いな」
話ながら、ルネの中で先日騎士団本部で起こった一件が頭をよぎった。おそらく、レオンも同じことを考えているだろう。
ジャンヌの機転で、マリアの冤罪が晴らされた出来事である。
しかしそれは、黒幕として騎士団内部の人間を疑うことに等しく……
「とにかく、証拠集めが必要だな」
低い声でレオンはそう言った。
*
「ねぇ?アレはいったい、どういうつもりなの?」
「どうって……」
いつもとは違う、怒気を含んだ声音にセシリアは戸惑った。
彼女の目の前には今、オルレア騎士団が必死に行方を追っている問題の人物『竜の仮面の魔導士』がいる。
ここは街の郊外にある古びた屋敷。
人目の少ないこの場所で、セシリアは『竜の仮面の魔導士』とコンタクトをとっていた。
以前、マリアを罠にかけようとして失敗した件。
あの屈辱的な出来事をセシリアはもちろん忘れたわけではなかった。そもそも、ジャンヌに対して、マリアには私怨がある。
それでセシリアは、ジャンヌに復讐するため、彼女に熱を上げているという噂の騎士団長を奪ってやろうと考えた。
己の美貌なら何ら難しいことはないと、高を括っていたセシリアだったが、その思惑は見事外れることになる。
レオンはセシリアのアプローチに何の反応も示さなかったのだ。むしろ、軽蔑の目で見られている気さえする。
これではジャンヌの鼻を明かすことができないと、セシリアは悩む。
レオンのことは諦めて、ジャンヌの店の方に何か仕掛けるべきだろうか。例えば、ジャンヌの世間からの信用を失墜させるような何かを仕掛けに……。
そんなことを考えていた折、セシリアに声を掛けてきたのだが『竜の仮面の魔導士』だった。
『竜の仮面の魔導士』は言った。
自分の『魅了の香』なら相手を思うままにできる――と。
何という絶妙なタイミングなのだろう。
まるで悪魔に魅入られたように、セシリアはあっさりソレに手を伸ばす。
そして魔導士の言葉が大げさではなく、真実だとすぐに実感した。
かの人物からセシリアが受け取った『魅了の香』は、今街で出回っているものよりも一つ性能が上らしい。その効果は絶大で、簡単に標的を支配下におくことができた。
まさに、『竜の仮面の魔導士』はセシリアにとって理想的な協力者だった。
ただし、不可解なこともある。
かの魔導士は助力するにあたって、セシリアに一つ条件をつけてきたのだ。
それが――。
「君の異母姉であるジャンヌには手を出さないこと。ボクが手を貸す上で、それが約束だと言ったよね」
『竜の仮面の魔導士』は言った。その声に含まれた静かな怒りに、セシリアは内心寒気を覚える。
「私は何もしていないわ」
「へぇ、とぼけるんだ」
パチンと指を鳴らす音がした。
次の瞬間、セシリアは後方へ吹き飛ばされる。
「きゃぁっ!?」
そのままセシリアは強か背を壁に打ち付けられ、悲鳴を上げた。痛みに彼女がうずくまっていると、その髪を『竜の仮面の魔導士』が乱暴に掴む。
髪を引っ張られ、セシリアの顔が持ち上がった。
「君は騎士団の団員にジャンヌを襲わせたよね?」
「痛いっ、痛いわっ」
「質問に答えなよ。それとも、もっと痛い目に合わないと分からないの?その馬鹿な頭ではさ」
「や、やりました!約束を破ってごめんなさい!」
泣き叫ぶセシリア。
それを見て、面白くなさそうに鼻を鳴らすと、『竜の仮面の魔導士』は彼女から手を離した。
「あの騎士団のことはどうにでもすればいい。騎士団長を篭絡するのも君の自由だ。好きにすればいい――でも」
「ひっ!」
仮面の越しにも、突き刺さるような冷たい視線を感じ、セシリアはビクリと体を震わせる。
「ジャンヌには手を出すな。二度はないからね」
それだけ言うと、忽ち『竜の仮面の魔導士』の姿は消えてしまった。




