第78話 襲撃者たち(後編)
目の前の人物と私は会ったことがない。
それにも関わらず、その人物が誰なのかは明白だった。
これまで、幾度となくこの街を騒がしてきた――『竜の仮面の魔導士』。
私は思わず唾をのむ。ごくりと喉が鳴った。
いったい、どうして渦中の人物が私の目の前にいるのか。
私は混乱し、そのときハッと気づいた。
魔導士の足元に、男が転がっているのだ。
自分の凍った足を切り落としてまで、私に襲い掛かった男である。彼は意識を失ってしまったようで、血まみれのまま沈黙していた。
――もしかして『竜の仮面の魔導士』が助けてくれた?でも、どうして?
すると、『竜の仮面の魔導士』がゆっくりと近づいてきた。そのまま、私の目の前でしゃがみこみ、仮面越しにジッと見つめてくる。
緊張のあまり、鼓動が早くなる私をよそに、その魔導士は軽い調子で尋ねてきた。
「大丈夫?怪我してない?」
「えっ、あ。はい」
条件反射で頷いてしまう私。
『竜の仮面の魔導士』の顔は、ほとんどが仮面の下に隠れてしまっていた。唯一、露出しているのが目と口元だ。
その口角がきゅっと吊り上がる。
「良かったぁ」
魔導士が言う。
その心底良かったと思っているような口ぶりに、私はさらに混乱した
「アハハ!困ってるね、困ってる。君が何を考えているか当ててあげようか?」
「え?」
「今、騎士団が必死になって追っている悪人が、どうして自分を助けてくれるのか――ってところかな?それはねぇ……」
チュッ、と軽いリップ音。
気が付けば、『竜の仮面の魔導士』が私の手を取り、その甲に唇を落としていた。
ギョッとして私は自分の手を引っ込めると、魔導士はおかしそうに声を立てながら、こう続けた。
「ボクが君のこと、好きだから」
「……は?」
おそらくこの時、私は間抜け面を曝していただろう。
あまりにも突飛なことに頭の回転が追い付いていなかった。
――この人、今。なんて言った?
不意に『竜の仮面の魔導士』が顔を上げる。
「あーあ。誰かが通報したのかな。うるさいのがやって来るみたい」
「うるさいの?」
「残念だけれど、ボクはこれでお暇させてもらうよ」
「いや!ちょっと待っ――」
そのとき、びゅうと風が吹き抜けた。私は思わず目を閉じる。
「じゃあ、またね」
風の音と共に、そんな声が聞こえた気がした。
そして、再び私が目を開けた時、『竜の仮面の魔導士』の姿はどこにも見当たらなかった。
*
偶然にも、騒ぎを聞きつけた誰かが騎士団に通報してくれたようで、駆けつけた団員たちによってその場は収束した。
私たちを襲ってきた連中は、そのまま騎士団に連行される。また、私やマリアも事情を聞かれることになった。
てっきり取り調べ室にでも連れていかれるかと思ったが、私が通されたのは騎士団本部のレオンの執務室だった。そこでしばらく待たされる。
やがて、レオン、マリア、ルネの三人が部屋に入って来た。
「ジャンヌ!怪我はしていないと聞いているが、本当に大丈夫かい?後からどこか痛んだりしていないか?」
開口一番、レオンは私の体調を伺ってきた。
「いえ。私は大丈夫です」
「そうか」
レオンはホッとした様子をみせる。
「今回はうちの団員が本当に申し訳なかった」
「それで、あの方たちはどうなりましたか?」
私は急かすようにレオンに聞いた。
ずっと気がかりだったことである。特に、凍った足を自ら切断した団員は大怪我のはずだ。最悪、出血多量で死んでいてもおかしくない。
「大丈夫、死人は出てないわ。皆、適切な治療を受けてる。あのちぎれた足もちゃんと私がくっつけたし」
きっぱりとした口調でマリアが言う。
そう言えば以前、マリアは「ちぎれた腕もくっつけて、元通りにできる」と豪語していたことを私は思い出した。
「さすがですね」
「褒めても何も出ないわよ。ともかく、あの団員たちの怪我は気にしないで。あなたが反撃してくれなかったら、私たちは死んでいたわ」
「はい」
ひとまずホッとした私は、もう一つ気になっていることを質問した。
「それにしても、どうして私たちは襲われたのでしょうか?」
その質問に、レオンが深刻そうな表情で答える。
「『覚えていない』そうだ」
「えっ……」
「君とマリアをどうして襲ったのか、彼らは何も覚えていなかった。それどころか、事件前の記憶も曖昧らしい」
「となると……もしかして誰かに操られていたとか?」
元々、頭の中で考えていた可能性を私は口にする。
あの団員たちの焦点の合っていない目と尋常じゃない雰囲気。
そもそも、自分の足を切断してまで、こちらに攻撃をしかけるなんて正気の沙汰ではない。
「ウィリアムもその可能性を指摘していた。今、彼はあの団員たちが何らかの精神支配系の魔法を受けていなかったか――その痕跡を探してくれている」
「そうですか……」
精神支配系――つまり洗脳の魔法だ。
また、洗脳か。
それを聞いて、私が真っ先に思い浮かぶのは、例の『魅了の香』である。もしかして、今回の襲撃事件にも『魅了の香』が使われているのか?
ただ、ここで引っかかるのは『竜の仮面の魔導士』の存在だった。
件の人物は『魅了の香』をバラ撒いて街に混乱をもたらしている張本人だ。ということは……あの魔導士は自分で仕掛けておきながら、わざわざ私を助けたことになる。
これは矛盾した行動だった。この矛盾について私は考える。
――今回のことは、『竜の仮面の魔導士』の意図ではない?他に共犯者がいて、黒幕はそちら……?
そんな風に色々と私が頭を悩ませていると、
「ジャンヌ。例の『竜の仮面の魔導士』についても聞きたいんだが」
ピッタリのタイミングでレオンが聞いてきた。
「その人物が君を助けたというのは本当かい?」
「そうですね……。少なくとも私にはそのように見えました」
「『竜の仮面の魔導士』は君の知り合いなのか?」
「まさか。あんな人、記憶にないです。確かに背格好や髪色は師匠に似ていましたが、声が全然違いましたし……」
「なるほど。じゃあ、件の人物に告白される心当たりは?」
「えっ……」
私はぐるんと顔をマリアの方へ向けた。
「そんなことまで言ったんですか!?」
「そりゃ言うわよ。重要な手がかりじゃない」
それはそうだが……私はチラリとレオンの方を見る。
何故だろう。心なしか睨まれているような気がした。
「手にキスまでされたと聞いた」
「……向こうが勝手にしてきたんですよ」
「本当に心当たりは?」
「ありません」
夫から不貞を問い詰められる妻の気持ちとは、こんなものなのだろうか。
いや、レオンは夫どころか恋人ですらない。
つまり、私には問い詰められる理由などないのだ。
だから「私は悪くない」と声を大にして言って良いはず。良いはずなのだが……レオンの圧が強くて、私は思わず押し黙る。
私は思った。
理不尽!




