22 結婚式
ヨハン王太子殿下は彼らを見送ると私に微笑んでくださった。
殿下の厳しい表情しか知らなかったのでこうしてみると王族特有の見目麗しさを堪能できた。
「ふむ。リチャードが選んだのは正しかったようだ。これからもよろしく。リリエラ嬢、いや公爵夫人か」
「は、はい。勿体無いお言葉でございます」
ヨハン王太子殿下は事情をご存じの様子だった。もしかしたら特別許可証は王太子殿下にお願いしたのかもね。
王太子殿下は満足した様子で側近の方と会場の中心へと戻られた。
リチャード様が騒動を知って慌てたように私のところにやってきた。
「王太子殿下がまた何か仰ったのか?」
どうやら先ほどの雰囲気を感じ取っていたみたい。
私はリチャード様を安心させるように微笑んだ。
「いいえ、ラピーニャ伯爵夫人に嫌味を言われていたところを助けていただきました」
「ラピーニャ夫人が……、彼女とはもう全く関係ないのにいい加減にしろ。伯爵には厳重抗議しておく」
「あれくらい気にしておりません。だけどヨハン王太子殿下からラピーニャ伯爵にはかなり厳しいお言葉がありました」
私がそう話すとリチャード様も安心なさったようだった。
「本当にあんな女性と結婚せずに君と結婚出来て良かったよ。こうなると婚約者に次々と去られて幸いだったかもしれないな」
「まあ、リチャード。そんなにお褒めいただいても何もご用意できませんわよ」
「ふっ。君が私の妻としていてくれるだけで十分ご褒美だよ」
そう言うとちゅっと頬に口づけをされたのよ。舞踏会の会場の端の方だけど人目はありますの。
「り、リチャード。このような人前で」
「じゃあ、人のいないところでゆっくり……」
リチャード様は口の端をにやりと笑って私を連れ出そうとしたのよ!
「もう! リチャードったら!」
「くくっ。さあ、少し踊ろう。リリエラ」
リチャード様はそうおっしゃると私をエスコートしてダンスの輪に入った。
今では私もなんとか踊りも上手くなったと思う。準備や執務の合間に頑張ったのよ。
曲に合わせて二人で踊りだす。
「上手くなったね」
「リチャードのお陰ですわ。それに……」
「それに?」
「り、リチャードのリードが上手いのよ」
何だか恥ずかしくなってしまった。王宮の舞踏会で踊るのなんて初めてだもの。
「う、うん」
リチャード様も私の恥ずかしそうなのが移ったのか、そういうとお互い黙り込んで踊りを続けた。
心地良くリズムに乗って、まるで二人だけのように思ってしまうほどに集中していた。
くるりくるりと二人で回って踊るの。
気が付けば二人で次の曲もそのつい次の曲も踊ってしまった。
踊り終わると周囲から拍手が聞こえてきた。
「まあ、なんて息がぴったりなのでしょう」
「お似合いだわ」
そんな声を掛けられて私とリチャード様は顔を見合わせて笑った。
初めての王宮舞踏会は成功だったと感じた。
ただ、お父様やサイモンは来ていなかった。
もう財政は落ち着いてきているはずなのだけど。
結局、私は伯爵家の執事のハモンドに泣きつかれて、伯爵家の執務のことも手助けをしてしまった。
だって、マーゴや領民を路頭に迷わす訳にもいかないもの。
お父様達はしかたがないけれど。
だから、いくつか助言と段取りをしておいた。
お父様も婚約式から執務に戻るようになったとハモンドから聞いている。
ただ執務のブランクがあって、たどたどしい様子みたい。
弟のサイモンは……、部屋に閉じこもっているらしい。
残念ながら、ロエさんはサイモン以外ともお付き合いしていたらしく、なんと複数名を同時進行だった。
ある意味凄いわ。
結局、最後は裕福な子爵令息の妻の座に収まったという。曰く、『名門でも貧乏で堅苦しいより、裕福で気楽な方が絶対お得』だそうな。親しくなったご夫人方から伝え聞いたの。
いつか誰かに刺されそうよね。
まあ、私にはもう関係ないし。そういう生き方もあるわよね。
そんなことを考えながら私達は心地よい疲れに身をゆだねながら公爵家へと戻ったのだった。
それからあっという間に結婚式の日を迎えた。
準備だけで目が回る忙しさだった。婚約式から休む暇はなかったわね。
まあ、伯爵家のあの凶作のときよりマシだけど。
ウエディングドレスも何とか用意できた。リチャードがあれこれと付け加えたから仕上がりが遅くなってしまったわ。
「若奥様。お美しいです」
「そうね。何とか間に合って良かったわ。おかしくないかしら?」
「よくお似合いですよ」
「もう、若くはないからね……」
「そんなこと仰ってないで、自信を持ってください」
ふふと笑う侍女に私は良い人が来てくれたと思った。
「ありがとう。これからもよろしくね」
侍女や使用人達がにこやかな笑みを返してくれた。
あれから公爵家の運営も何とか持ち直して資産も元のようになっている。
だって、政争の際の被害者だから王家に請求させてもらったのよ。
リチャードやエバンスは恐れ多いなんて尻込みしていたけれどサンドストーン公爵家は巻き込まれた被害者だと思うわ。
お金に意地汚いなんて言われても貧乏伯爵家で慣れているから私はそんな汚名くらい恥ずかしくもないし。
「やあ、花嫁は準備ができたようだね」
部屋にやってきたリチャード様はそうして部屋の前で立ち止まっていた。
リチャード様も真新しい白いタキシードがとても良くお似合いで素敵だった。
――つい見惚れてしまいそう。
「どうなさいましたか?」
「まずい。君が美しくて誰にも見せたくなくなったよ」
「まああ! リチャードったら」
私も真っ赤になって言い返すと周囲からはくすくすと穏やかな笑い声が聞こえる。
「王太子殿下のご臨席があるのですよ。お待たせしてはいけませんわ。急いで教会へまいりませんと」
「そんな急ぐことはないよ」
子どもみたいに拗ねるリチャード様の手を引っ張って馬車に乗り込んだ。
晴れ渡った青空がまるで二人を祝福するかのように冴え渡っていた。
教会には、そう私はシスター・メアリーの教会で挙げたいと申し出た。
だって、私達を結び付けてくれたところだもの。
王都の端の教会だけど何とかお許しを得ることができて王太子殿下のご臨席も賜ることができた。
教会ではシスター・メアリーが私達を出迎えてくれた。
「リリエラ様!」
「シスター・メアリー!」
「おめでとうございます。ああ、とてもお美しいですわ。リリエラ様。今は亡きお母様も天国でお喜びでしょう」
涙ぐむシスター・メアリーの言葉に私は何も言えなくなってしまった。
人前でなければ号泣していたかもしれない。
「シスター・メアリーには何とお礼を申し上げたら良いのか……。シスター・メアリーがいらっしゃらなければ、今のこの幸せは手に入らなかったでしょう」
シスター・メアリーは静かに微笑みを浮かべてくださった。
それはマーゴと似た微笑みだった。
お母様を亡くして寂しかったけれどこうして親身になってくださる方々がいらしたから、私は頑張ってこられた気がする。
そして、これからは――、
私は一緒に歩むことになる。その方を見上げた。
公爵家の威信をかけて作られたドレスと対になる白いタキシードにマントを翻して格好良くて頼りになる旦那様。
「リチャード、良く似合いますわ。とても素敵です。白いマントにタキシード姿が……」
「惚れ直した?」
リチャードに悪戯っぽく耳元で囁かれてしまった。
くすぐったくてふふと笑い声がでてしまう。
――きっとこうして、どこまでも二人で歩いていくのよね。
王都の端の教会で王太子殿下も参列されて、私達は大事な人達に見守られて恙なく式を挙げることができた。
青い空と白い雲の下、澄み切った空気と柔らかな日差しが降り注ぐそんな日に。
「嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される」
了
今回もいろいろと酷い設定でしたが最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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